長老の質問って?
「よし、これで最後だな。それじゃあいってらっしゃい!」
俺の言葉に、居残り役の子達を除いた全員が嬉々としてケンタウロス達と一緒に出かけていったのだった。
どうやら、毎日の雪スライムをテイムするのはこっちのお城でする事にしてくれたらしく、食事を終えたところで待ってましたとばかりに現れた、ケンタウロス達の後ろに控えていた今日のテイム予定の雪スライム達を見て揃って大笑いになったのだった。
って事で、サクッといつものように俺が二十匹、リナさんとアーケル君とランドルさんが十匹ずつ、それぞれテイムしたところで今日のテイムの予定数は終了。
そのまま、連れ立って地下洞窟へ嬉々として出かけて行く一同を見送ったのだった。
留守番役は、いつもの寒いのが苦手な鱗チームと非戦闘員のアヴィとエリー以外は、料理担当のスライム達とソレイユとフォール、それからテンペストとファインの四匹だ。もちろんカッツェも留守番組だよ。
「なあ、添い寝役ならどうして四匹なんだ? 三匹じゃね?」
廊下を歩きながら、隣を歩くソレイユに尋ねる。
「ええ? 三匹の子達に添い寝するなら四匹必要でしょう? カッツェはニニちゃん担当だもん」
当然のようにそう言われて考える。
「あ、そうか! 四匹の間に三匹の子猫を挟むわけか! 成る程、それなら確かに四匹必要だな」
一対一で添い寝するんじゃあなくて、四匹がかりで三匹の添い寝をするわけか。
納得して頷きつつ、不意に思いついた考えに俺は大きなため息を吐いたよ。
ああ、どうしてこの世界にはカメラが無いんだ。持っていたらメモリーが全滅するまで、千枚単位で連写しているのに〜〜〜!
殺人毛玉を永遠に残せるのに〜〜〜!
ひとしきり脳内で叫んでから、扉の前で立ち止まって小さく笑って深呼吸をした俺だったよ。
「さて、何からするかね」
頭の中で、何を作るか考えながら部屋に戻る。
「キャウ! キャウ! キャウ! キャウ!」
「ピイ! ピイ! ピイ! ピイ!」
「フビャウ! フビャウ! フビャウ! フビャウ!」
部屋に入るなり聞こえてきた元気な子猫達の鳴き声に、俺の理性が音を立てて崩壊していく。
「ああ、やっぱり可愛い〜〜〜!」
両手を握って口元に当ててそう叫んだ直後に我に返って無言になる。
「うん、ランドルさんの事笑えないよな。俺も似たようなもんだ……でも別に良いよな! 俺は飼い主なんだからさ!」
謎理論で納得した俺はもうそこからは心置きなく、四匹に挟まれて転がっている子猫達を見ては一人で、
ひたすら可愛いを連発していたのだった。
「おやおや、ずいぶんと楽しそうですね。子猫達の成長具合も順調なようで安心しましたよ」
笑った長老の声が聞こえて、我に返った俺はとりあえず笑って誤魔化したよ。
「ええ、だってこんなに可愛いんだから仕方がないでしょう?」
開き直った俺の言葉に、長老とその後ろに二人いたケンタウロス達が吹き出して、誤魔化すみたいに揃って咳き込んでいたよ。
「ですがまあ、お気持ちはよく分かりますよ。確かにこれは可愛い」
なんとか復活したケンタウロスの一人が、そう言って何度も頷きながら産室を俺の後ろから覗き込んでる。
「でしょう! 可愛いですよね!」
思いっきり力説する俺を見て、また長老が吹き出していた。
超マッチョで眼光鋭いイケオジだけど、笑うと意外に可愛くなるのに気が付いて、なんだかおかしくなって俺も一緒になって笑ったよ。
「サクラ、まずは食パンを三本出して、いつも通りに全部八枚切りサイズに切ってくれるか」
まずは少なくなっているサンドイッチを作るために、キッチンの作業用のテーブルに食パンを取り出しながら長老を振り返る。
「ええと、俺はここで料理をしますけど、何か、俺に聞きたい事があるんですって?」
岩豚のトンカツを取り出してもらいながらそう尋ねると、長老が目を輝かせて大きく頷いた。
「はい、実は先日貴方が呟いておられた印刷技術についてお教えいただきたいのですが、それは可能でしょうか?」
予想外の言葉に俺の手が止まる。
「はあ? 印刷技術?」
無言でしばらく考えて思い出した。
「ああ、もしかして……活版印刷?」
「はい、それです! それは私も聞いた事がない言葉だったので、非常に印象に残っていたのです。それはどのような印刷技術なんでしょうか?」
そりゃあもう、食い付かんばかりの勢いで尋ねられてしまい、ドン引きする俺。
「さすがは賢者の精霊。知らない知識には貪欲ですねえ」
岩豚トンカツのための、やや甘めのつけダレを作りながら感心したようにそう呟く。
そこで俺は、活版印刷がどういうものかにはじまり、活字がどんなものなのかや、活字の組み立て方の詳しい説明を一からする羽目になったのだった。
え? どうして俺がそんな事を知っているのかって?
実はサラリーマン時代に休日に行ったイベントで、活版印刷の実演販売をやっていたんだよ。
そこで名刺をすぐに作れるって聞いて、ちょっと高かったけど個人の名刺を作ってもらったんだ。
その際に、そこの店主が嬉々として活版印刷の説明をしてくれたもんだから、まあこれも話題作りの一つになるかと思って真面目に聞いていたからだよ。
ちなみにその時に作ってもらった名刺は、あくまでも俺の名前と連絡先が印刷されているだけの簡単な名刺だったんだけど、活版印刷独特の凹み具合がなんとも良い感じでね。取引先にチラッと見せたら何故か大好評で皆さん欲しがったもんだから、結局手持ちが全部無くなって追加を作ってもらったんだっけ。
不意に懐かしい事を思い出して、ちょっとだけ涙目になった俺だったよ。
でも、なんだかんだ言っても、すっかりこっちの世界に馴染んでるよなあ。俺……。
まあ良いか。ニニもマックスもいるし、仲間もたくさん増えたしな!
こっちへ来てから知り合ったいろんな人の事を思い出して、さっきとは違う意味でまたちょっとだけ涙目になる俺だったよ。
べ、別に泣いてなんかないぞ。
これはソースの湯気が、ちょっと目に染みただけなんだからな!