留守番組の役割について
ぺしぺしぺしぺし……。
「う、うん……あれ?」
額を力一杯叩かれて不意に目を開いた俺は、目の前にあるマックスのむくむくな毛を見て考えた。
「ああ、そっか。マックスに抱きついて寛いでて、つい寝ちゃったのか」
誤魔化すようにそう呟いて何とか起き上がる。
「ようやくのお目覚めですね。シャムエル様が、先程からお腹が空いたってご立腹ですよ」
笑ったマックスの言葉に慌てて振り返ると、俺の右肩に座ったシャムエル様がうんうんと頷いている。
「いきなり静かになるから、死んだのかと思って慌てたのに、見たら気持ちよさそうにずっとグーグー寝てるし」
「あはは、確かに気持ちよく寝てたよ。ううん、昼寝で午前中が潰れちゃったな」
誤魔化すように笑いながらそう言って立ち上がる。
横になって俺のベッド代わりになってくれていたマックスも、起き上がって大きく伸びしている。
「さてと、それじゃあ腹ペコなシャムエル様には……やっぱりこれかな?」
笑って取り出したのは、自分で収納しているシャムエル様用のタマゴサンド三種盛りだ。
「ふおお〜〜〜タマゴサンド三種盛りいただきました〜〜〜!」
横っ飛びステップを踏みつつ歓喜のダンスを踊り始めるシャムエル様。そして当然のように即座に横に来て完コピして踊り始めるカリディア。
「お見事〜〜〜!」
笑って拍手をした俺は、これも自分で収納しているあの激うまブドウを一粒カリディアに渡してやった。
「ええと、俺は何を食べようかなあ」
跳ね飛んできたサクラが俺を見てソワソワしている。
「朝はおにぎりだったもんな。ええと、それじゃあ俺もパンがいいな。サクラ、惣菜パンを適当に出してくれるか。あ、それとホットコーヒーとコーンスープもお願い」
「はあい、ちょっと待ってね」
モゾモゾと動いたサクラが、お皿に山盛りにした惣菜パンの盛り合わせと、スープカップにしているお椀に入ったコーンスープとマイカップに入れたホットコーヒーを取り出してくれた。
「おお、お見事。もうスープや飲み物は器に入れた状態で出せるんだな」
「まだちょっと時間がかかるね。もっと頑張って早く出せるようにするね!」
ビヨンと伸びたサクラの言葉に、俺は笑って手を伸ばしてサクラを撫でてやった。
のんびりと食事を終えた俺は、もう一回子猫達の様子を見に行った。
またミルクタイムの真っ最中で、俺はまたしても顔面崩壊状態で子猫達の様子をずっと眺めていたのだった。
「駄目だこれ。冗談抜きで一日中でも見ていられるよ」
我に返った俺は、誤魔化すようにそう言って立ち上がり、部屋に併設されているキッチンへ向かった。
「さて、とりあえず飲み物をセットしておくか。どれもかなり減ってきたもんなあ」
激うまジュースもかなり減ってきているので、まずはそこからだ。
「そう言えば、お前ら今日は狩りに行かなかったんだな」
スライム達が切ってくれたリンゴを銅の鍋に入れながら、部屋で好きに寛いでいる俺の従魔達にそう話しかける。
「だって、ニニちゃんが元気になるまでは、皆でお手伝いして守ろうねって話したんです!」
「今日は全員残ったけど、さすがに全員は必要なかったみたいね。だから今後は、交代しながら狩りにも行くようにするつもりよ」
ソレイユとフォールの言葉に思わず作業をしていた俺の手が止まる。
「そっか、皆ありがとうな」
俺の言葉に、従魔達がそれぞれ得意そうに笑ったり喉を鳴らしたりしている
「まあ、子猫達がもう少し大きくなって来たら、ご主人を守る為の留守番組の人数を増やさないと駄目だろうけどね」
笑ったティグの言葉に、また鍋を持つ手が止まる。
「それって……」
「だって、ご主人は早く子猫達と遊びたいんでしょう? それなら、まずはあの子達に人間がどれくらい弱くてすぐに怪我をするのかを理解してもらわないとね。だからそこのところは様子を見ながらしっかり教えてあげるから、私達が大丈夫だって言うまでは、ご主人は勝手に子猫達に触っちゃ駄目なんだからね!」
何故かドヤ顔のティグにそう言われて、俺は抗議の声を上げる。
「ええ、そんな殺生な事言うなよ。触るくらいは許してくれよ〜〜!」
「まあ、今は良いわよ。まだ子猫達も全然自分で動けていないから、噛まれたり引っ掻かれたりする危険はないと思うわ」
「だけど、すぐに元気いっぱいになると思うから、そうなるとかなり危険だと思うわよ」
「そうね。少なくとも言葉が通じるようになるまでは、ご主人は子猫達が寝ている時以外は離れて見るくらいにしてもらわないとねえ」
ティグに続いて、マロンをはじめとした猫族軍団の子達が揃ってそう言い、マックスやビアンカ達までもが揃って頷いている。
「ええ、子猫ってそんなに危険なのか?」
従魔達の言葉に若干ビビりつつそう尋ねると、ソレイユとフォールが困ったように俺を見てから産室を見た。
「そうねえ……ご主人にわかる言い方をするなら……」
困ったようにそう言ったフォールを見て、何故かビアンカが進み出てきた。
「ご主人、野生の魔獣の子供なら、目が見えるようになって体がしっかりして自由に動けるようになってくると、動くもの全てが獲物に見えるんです。本能的に、目の前にある動くものを追いかけて捕まえ、噛み付いて狩りの練習をするの。だからつまり……」
そこで言葉を濁すビアンカの説明に、俺はもうこれ以上ないくらいにものすごく納得した。
「要するに、まだものの道理の解らない子猫にしてみれば、俺は思いっきり獲物サイズ……って事なんだよな?」
申し訳なさそうに揃って頷く従魔達を見て、俺はもう堪えきれずに吹き出したよ。
「分かった。もの凄くよく分かった。まだ俺も死にたくない。じゃあ、そこのところはお前達に任せるから、もう大丈夫になったら教えてくれよな。俺はそうなってから心置きなく子猫達と戯れる事にするよ」
笑った俺の言葉に、従魔達が揃って安堵したみたいに頷き合ってる。もしかして、そんなの嫌だと言って俺が駄々こねるとでも思っていたのか?
要するに、これってシャムエル様が言っていた話と同じ話なわけだ。確か、テイム出来るようになるまで二ヶ月くらいはかかるって言っていたから、その頃には言葉も通じてしっかりと話も出来て、俺は獲物じゃあ無いと理解してくれるって事だよな。
笑って火にかけた鍋を揺すり始めた俺を見て、従魔達もそれぞれ好きに寛ぎ始めたのだった。
ちなみに今は、セーブルとテンペストとファインが、それぞれ大型犬よりももう少し大きいくらいになっていて、バラけて寝ている三匹の子猫にそれぞれ添い寝している状態だ。
これまた猫族軍団の子達とはまた違った可愛さにあふれる光景で、そんなセーブル達に若干の嫉妬の炎を心の中で燃やしつつ、俺はせっせと鍋を揺すり続けていたのだった。