いってらっしゃいと可愛いの玉突き事故
「ごちそうさまでした。それでお前らは、今日も地下洞窟へ行くんだよな?」
最後の鶏ハムを飲み込んだ俺は、先に食べ終えて身繕いの真っ最中のシャムエル様の尻尾を触りたくなるのを我慢しつつ尋ねた。
「おう。もちろん行くよ。せっかくだからもうちょい最下層の地底湖へ入りたい」
「あそこは楽しかったですよねえ」
笑ったハスフェルの言葉に、アーケル君達草原エルフ三兄弟が揃って頷いている。そしてその隣で笑いながら、これまた揃って何度も頷くリナさんとアルデアさん。
「俺は、従魔達と一緒に下層部を中心にガッツリ攻略しますよ」
苦笑いしつつそう言っているランドルさん。まあ、水の中では魔法が使えなかったら戦う術が無いもんなあ。気持ちは分かるぞ。
「了解、それじゃあ弁当は……また鉱夫飯でいいか?」
「お願いします!」
元気のいい綺麗に全員揃った返事が返ってきて、俺は飲んでいた残りの緑茶をもうちょっとで噴き出すところだったよ。
って事で、食べ終えた食器を片付けてから、全員に鉱夫飯を渡してやった。
「ええと、飲み物はどうする?」
「ああ、お茶の葉なら俺達も持っているから大丈夫だよ。さてと、それじゃあ行くとするか。ところでベリーは何処にいるんだ?」
立ち上がったハスフェルの呟きに、俺は思わずハスフェルを見る。
「あ、そうか。スライムのテイムをしてあげないと」
「おう、それがあったな。じゃあお前も入り口まで来るか?」
ううん、行ってもいいけど、戻る時のことを考えたら、俺的には、こっちへ来てもらうほうが楽でいいんだけどなあ。
頭の中でそんなことを考えていると、不意に蹄の音が聞こえて、驚いて全員揃って同じ方向を振り返る。
そこには、恐らく今日のテイム予定なんだろう大勢の雪スライム達と、笑顔のケンタウロス達が並んでいたよ。
「あはは、待ちきれなかったか。じゃあとりあえずサクッとテイムしちゃいましょう」
笑った俺の言葉に、ランドルさん達が笑顔で進み出てくれたのだった。
「はい、じゃあこれが最後の一匹ですね。お疲れ様でした〜〜〜!」
いつも通りにランドルさんとアーケル君とリナさんがまずはそれぞれ十匹ずつテイムしてあげて、俺が残りの二十匹を順番にテイムしてやる。
なんでも最近は、この新しくテイムした子達を連れたケンタウロスが、ベリーと一緒に地下洞窟探検のお供をしてくれるんだって。当然、最下層の下にある地底湖の中へ行く時も一緒だ。
そのおかげもあってリナさん一家とランドルさんも、今ではすっかりケンタウロス達と仲良くなっているらしい。
リナさん達は、草原エルフ独特の風習や伝統的な料理に始まり、彼らの知る草原エルフに関する様々な事をケンタウロス達に話しているらしい。
まあ、ケンタウロス達にとっても、普通なら知り得ない貴重な本人達からの話だって事で、嬉々として話を聞いては資料にまとめているんだって。
意外とアナログなんだなって思ってから、自分で自分に突っ込んだ。
そりゃあ当たり前だろうが! ってね。
だって、そもそもパソコンもスマフォもカメラも、それどころかタイプライターすら無いこの世界では、記録するイコール書き留めて資料にしてまとめる一択だ。それが昔は石板や羊皮紙で、今は紙になっただけ。一応、この世界にも印刷技術はあるみたいだけど、いわゆる木版画や銅版画がメインみたいだ。
「この世界って、英語と同じでアルファベットみたいな表音文字が使われているし、一応共通言語なんだから、使いまわせる金属で活字を作って版を組み立てる形にすれば、案外簡単に活版印刷とか出来る気がするけどなあ……」
思わず小さな声でそう呟く。
その呟きに、耳の良いベリー達の目がきらりと光ったのに、その時の俺は気が付いていなかったよ。
「それじゃあ行ってきま〜〜す!」
「おう、気をつけてな! いってらっしゃい!」
ケンタウロス達と一緒に、満面の笑みで手を振るアーケル君達を見送った俺は、リビングを撤収して自室へ戻った。
「ただいま〜〜〜子猫達はどうしてる?」
部屋に戻った俺は、鞄をいつもの定位置へ置いてから、そそくさと産室へ向かった。
「おかえりご主人。チビちゃん達はさっきからご機嫌でミルクを飲んでいるわ」
笑ったニニの声に中を覗き込むと、横になったニニのお腹の横で、子猫達は今まさに三匹揃って絶賛ミルクタイムの真っ最中だった。
「ああ、リアルふみふみ〜〜〜! 可愛すぎる〜〜〜〜〜!」
俺の脳内で、理性が音を立てて崩れ落ちていったよ。
産室の前に置きっぱなしにしていた椅子に座った俺は、笑み崩れた顔のままで子猫達を見つめたまま放心していたのだった。
「いやあ、見ているだけで幸せな時間だったよ。早く一緒に遊びたいよ」
はち切れそうなくらいにパンパンになったお腹を上にした子猫達は、今は気持ちよく熟睡中だ。
ちなみに子猫達がミルクタイムの間中ずっと隣に控えていたカッツェは、飲み終えた子達をせっせと舐めてやり、しっかりゲップまでさせてから、一匹ずつ咥えて、なんと隣で巨大化したまま転がっていたティグのお腹に運び始めたのだ。
驚いて見ていると、三匹とも運び終えたカッツェは満足そうに喉を鳴らしながらニニをせっせと舐め始めた。
そしてこれまた満足そうに目を細めて、カッツェに舐められるがままなニニ。
だけどニニのご機嫌さを表すかのように、ニニの大きな前脚がずっとエアふみふみしてる〜〜!
突然の可愛さの追突事故に巻き込まれた俺が悶絶していると、不意に現れたシャムエル様が感心したように笑った。
「へえ、これは驚きだね。カッツェはどうやら育児に参加する子だったみたい。しかも、本来母性本能は無いはずの他のジェムモンスターの従魔達までが、子猫達の育児に参加するんだ。へえ、凄い」
「あれ、そうなんだ?」
驚く俺に笑ったシャムエル様が笑って頷く。
「そうだよ。でもまあそれならニニちゃんもゆっくり休めるだろうから良かったじゃない」
その言葉に慌ててニニを見ると、カッツェに舐められてご機嫌なまま、確かに今にも眠りそうになっている。
「そっか、ニニはお産って大役をこなしたところだもんな。しっかり休んで体力回復しないとな。お乳だって沢山出さなきゃあいけないんだもんな」
笑ってそう言い、そっと手を伸ばしてニニの首元を撫でてやる。
「子猫達の主食であるお乳はニニにしかあげられないけど、それ以外の部分なら他の子達やカッツェでも代理で務まるわけか」
「そうよ。子猫達が凍えないように、私達が交代で温めてあげる事にしたのよ。そうすれば、ニニちゃんだってその間はゆっくり休めるでしょう?」
得意げなティグの声に、猫族軍団をはじめ毛のある子達が全員揃って頷いている。
そして何故か同じく、うんうんと頷き合っているお空部隊の面々。ちなみにファルコも今回は参加しているみたいだ。
「そっか、従魔達も総出で子育てを手伝ってくれるのか。ありがとうな」
さっそく子猫達のお尻を舐め始めた猫族軍団を見て、笑った俺は側にいたマックスに抱きついたのだった。
ああ、マックスのむくむくも、やっぱり良きだなあ……。