道具屋にて
俺達が奥の部屋から出てロビーに到着すると、ロビーの端に置かれた椅子にクーヘンとギイが座って待っていてくれた。
彼らの前には空になったカップが置かれていて、クーヘンの背後では従魔達が揃って大人しく座っている。その従魔達の横に置かれた椅子に誰も座っていないのは、まあ仕方がないんだろう。
「お待たせしちゃって悪かったな」
俺の言葉に、二人がこっちを振り返る。
「おう、手続きは終わったのか?」
「うん、また色々と買い取ってもらったから、明日も来ないと駄目だけどな」
俺の言葉に、クーヘンが何か言いかけて口を噤んだように見えた。
「ん? どうかした?」
「いえ、何でもありません」
小さく首を振るクーヘンを見て、俺は首を傾げる。
何だろう。気の所為かもしれいないけど、今、何か言いたそうだったのにな?
「戻ったら、ジェムの整理をしないとな」
考えたけど、思い当たる事って言えばそれぐらいだ。
俺がそう言うと、クーヘンも苦笑いしながら頷いた。
「それなら、この後道具屋に行きたいんですが、よろしいでしょうか? ちょっと資金に余裕ができたので、収納袋を探そうと思って」
収納袋? それは普通の袋とは違うのか?
俺が首を傾げるのを見て、肩に座っていたシャムエル様が教えてくれた。
「ああ、少しだけど収納の能力が付与された袋の事だよ。まあだいたい、普通の袋の十倍から二十倍程度の物が入るんだよ。高級品だと、五十倍なんてのもあるね」
ほお、それは所謂マジックバッグって奴だな。成る程、そんなのもあるんだ。
「へえ、そんなのがあるんだ。じゃあ探しに行こうか。ちょうど俺も道具屋に行きたかったからさ」
「え? ケンは収納の能力が有るんですから、収納袋は要らないのでは?」
不思議そうにそう聞かれて、俺は笑って首を振った。
「ああ、違うよ。俺が欲しいのは、ジェムを割る為の道具さ。ハスフェルが持っているんだけど、一揃えあった方がいいかと思ってさ」
「ああ、確かに。余裕が有るなら、あれば便利な道具ですよね」
そんな話をしながら、この街に詳しいハスフェルとギイに良い道具屋を紹介して貰うために、俺達は揃って船舶ギルドを後にしたのだった。
のんびり歩いて街の中心部へ戻った俺達は、別の通りに入りハスフェル達お勧めの道具屋に来ていた。
「うわあ、すっげえ。道具が溢れてるよ」
思わず俺がそう言ったのも無理はないだろう。
店の外に出した大きなワゴンの中は、いろんな道具がこれでもかと言わんばかりに山積みになっている。おなじみの携帯コンロや鍋やフライパンは勿論、パーコレーターやポット、ヤカンに片手鍋。他にも、パッと見ただけでは何に使うのか分からない道具も山積みになっている。
だけど、店の正面に開いた扉の中は意外に綺麗に片付いていた。
「爺さん、いるかい?」
店に入ったハスフェルが奥に向かって声を掛けると、小柄な白髪の爺さんが出て来た。
「おお、ハスフェルじゃないか。久し振りだな。相変わらず元気そうで何よりだ」
「爺さんもな。相変わらずで安心したよ。客を連れて来てやったぞ」
後ろの俺達を見て胸を張る。
ハスフェル、なぜにそこでドヤ顔?
「おお、いらっしゃい。何かお探しのものがあれば遠慮なく聞いてくれよな」
にっこり笑った爺さんの言葉に、俺はクーヘンを振り返った。
「それならまずは、クーヘンの買い物だろう?」
一歩後ろに下がって、クーヘンを前に押し出してやる。
「あの、収納袋はありますでしょうか?」
その言葉に、爺さんは一瞬目を瞬かせたが、真顔になってクーヘンを見た。
「勿論有るぞ。予算は如何程だ?」
「出来れば、三十倍以上が欲しいんです。資金は有ります」
爺さんは、黙ってハスフェルを振り返り、彼が笑って頷いたのを見て爺さんも頷いた。
「ルーツ、すまんが店番を頼む。ちと奥で商談だ」
奥に声を掛けると、同じように小柄な青年が一人出てきた。
「了解。じゃあ右の部屋を使ってくれていいよ。左は昨日爺さんが散らかしたジェムの破片がまだそのままになってるからな」
「分かっとるわい。あとで片付けるよ」
笑いながらそう言い、爺さんはルーツと呼んだその青年の腕を叩いて俺達を振り返った。
「じゃあ、すまんが奥へ来てくれるか。収納袋は店には出さないからな」
成る程。単価の高いものは、奥の別室で個別に商談する訳か。まあ当然だよな。この世界では店のセキュリティなんて皆無だろうし。
俺達も何と無く一緒について行き、良いと言われたので従魔達まで一緒に来たものだから、広い部屋も何だか窮屈に感じたよ。
「しかし凄いな。これ程の従魔をテイムできる魔獣使いが二人も店に来てくれるなんて、本当に光栄だよ」
従魔達を怖がる様子も見せずに爺さんは笑ってそう言い、俺達を部屋に残して奥へ商品を探しに行った。
しばらく待っていると、大きな箱を抱えて戻って来た。
「収納袋なら、この辺りだな。こっちが二十五倍、こっちが三十倍、後、中古品だが四十倍ってのも有るぞ」
どれも、斜めがけのバッグになっている。見掛けの大きさはどれも殆ど変わらない。まあ普通よりもちょっと大きめの鞄程度だ。
「うわあ、四十倍が有るんだ……」
小さくそう呟いたクーヘンは、机に置かれたその四十倍だと言う鞄を手にした。
「ちなみにお幾らになりますか?」
「これなら、金貨120枚だよ。中古だからこの価格だ。新品なら150枚は下らないぞ」
「中古品だと何か問題が有るのか?」
ハスフェルに小さな声で質問すると、彼は苦笑いしながら肩ひもを指差した。
「服なら洗えば済むが、鞄はそうはいかないだろう? 有る程度は綺麗に出来るが、どうしても汗や汚れが染み付くからな。気にしない奴もいるが、中古品は絶対に嫌だと言う奴もいる。まあ性能自体は変わらないんだから、あとは個人の好みの問題だよ」
ああ、確かにリサイクル品って絶対嫌だって言う奴いたもんな。俺は気にしないけどクーヘンはどうなんだろう。
納得した俺は、クーヘンが買わないなら俺が買っても良いかなんて事を考えていた。
「構いません。じゃあこれにします」
だけど、クーヘンは満面の笑みで四十倍の鞄を抱きしめる。それを見て驚いたように目を瞬いた爺さんは、小さく吹き出した。
「おお、これは思い切りの良い奴がいたもんだ。だけどお若いの、ちょっと待ちなさい」
ニンマリと笑った爺さんは、鞄を抱えるクーヘンの腕を叩いた。
「新品は受け付けないが、中古品の場合は値段交渉の余地があるんだよ。どうするね? まあ、ハスフェルの紹介だからな。ちょっと位なら考えてやらん事もないぞ」
驚いたように爺さんを見つめたクーヘンは、鞄を見て、少し考えてから顔を上げた。
「じゃあそれなら他にも欲しい物があります。なので、一通りお願いして、最後に合計金額で交渉させて下さい」
吹き出した爺さんは、四十倍の収納袋だけを残して、他を一旦箱にしまった。
「了解だ。で、他には何がいるんだ?」
「ええと、携帯コンロが二つと小さめのヤカンと鍋、小さめのフライパンもお願いします。それから一人分の食器とカトラリーを一揃え。後は一人用のテントと、テントの中敷き用の敷布。あ、新しいフード付きの雨コートもお願いします」
爺さんは、手元の手帳のようなものに言われたものをどんどん書き込み、頷いてからまた部屋を出て行った。
残された俺達の間に、何とも言えない妙な沈黙が降りた。
何だかこれって……独り立ち用の道具一式に聞こえたのは、俺の気の所為なのか?