リナさんの経験談
「相変わらず大雑把が過ぎるぞ〜〜〜!」
俺の叫びに誤魔化すみたいにそっぽを向いていたシャムエル様が、更に誤魔化すように尻尾をバンバンと振り回す。
「ん? どうなんだよう?」
面白がった俺が、指でもふもふ尻尾を追いかけて突っついてから尻尾の先を掴んでやると、慌てたみたいに尻尾を取り返したシャムエル様は、一つため息を吐いてから俺を見上げた。
「確かにそうだね。じゃあちょっと色々と調整してきます!」
右手を敬礼っぽく挙げたシャムエル様は、そう言うなり一瞬で消えてしまった。
「ええと……」
いなくなった机を見てから、ハスフェルを見る。
俺の視線に気付いて笑ったハスフェルは、手にしていたお酒をグイッと飲み干してから顔の前で手を振った。
『気にするな。多分これで何らかの対策をしてくれるさ。お前が言わなかったら俺が指摘していたところだよ』
『あ、やっぱり放置したらまずかった?』
『そうだな。かなりまずかったと思うぞ』
その言葉に俺も苦笑いしつつうんうんと頷いたよ。どうなったかは、戻ってきてから詳しく教えてもらおう。
「子猫の名前、どうしようかと思ってるんだよなあ」
自分の分の吟醸酒を一口飲んだ俺は、話題を変えるためにそう言ってハスフェル達を見る。その言葉に、リナさん一家とランドルさんも顔を上げて驚いたようにこっちを見た。
「お前の従魔が産んだ子なんだから、お前が好きにつけてやればいいだろう?」
ハスフェルに当然とばかりにそう言われて、俺はまた産室の方を見る。
「まあそうなんだけど、名前なんて全然考えていなかったよ。何が良いかなあ」
ハスフェルが空になったグラスにおかわりの吟醸酒を入れてくれたので、慌ててグラスに手を添えながらそう言って笑った。
すると、グラスを持ったリナさんが満面の笑みで俺を見て口を開いた。
「頑張って考えてあげてくださいね。それから生まれて間もない子猫は、まだ目も見えませんしこちらの言葉も全くと言ってもいい程に通じません。目が開くまでは、あまり迂闊に近寄らない方が良いですよ。子猫の爪も牙もかなり鋭利ですし力加減を知りませんから。本気で痛いですし、生身の部分だとかなり危険ですよ」
そう言って、右手の指を立てて左の腕を噛むみたいに掴んで見せる。
「ああそうか! リナさんが以前育てたルルちゃんって、育児放棄された子だったって言ってましたよね。よかったらその辺りの事、詳しく教えていただけませんか」
俺の言葉に頷いたリナさんが、にっこりと笑って産室を見た。
「もちろん喜んで。以前もお話ししたと思いますが、昔私の従魔だったリンクスのルルは、育児放棄された子で、見つけた時には衰弱して死にかけていました」
そう言って一つため息を吐いた彼女は、手にしていたグラスのお酒をグイッと一息で飲み干した。隣に座っていたアルデアさんが、即座におかわりのお酒を入れてくれる。あれはウイスキー、もちろんストレート……。
「今日、ニニちゃんの子を見せてもらって確信したんですけれど、あの時のルルも本当に生まれたばかりだったみたいですね。大きさといい、鳴き声といい、まさにあのまんまでした」
懐かしむようにそう言って目を閉じたリナさんが、また一つため息を吐いてから側にいる今のルルちゃんを見た。
「あの子はかなり弱っていたので、目が開くまで二十日近くかかりました。ですが目がしっかり見えるようになるまでそこから更に二十日ほどかかりましたね。その頃になると、私の事を親だと思ったらしく、お腹が空くと指を吸ったり体をこうやって揉んだりし始めましたよ」
笑ってそう言いながら、両手を広げて前後に動かしてみせる。いわゆるフミフミと呼ばれる子猫がお乳を飲むときにする仕草だ。大人の猫も、柔らかい毛布なんかだとよくやっているアレ。可愛いよなあ。俺もそれをする猫を見ているのが大好きだよ。あの子猫達にフミフミされたらもう……。
思考が脱線しそうになって、慌てて首を振って我に返る。
「明らかに言葉が通じるくらいに賢くなるまで数ヶ月ほどでしたね。私がルルを自分の従魔としてテイムしたのはルルが一才になった頃でしたが、生後数ヶ月程度で私の言葉はほぼ通じていましたね。その時にテイムしていた従魔はスライムとホーンラビットだけでしたが、あの子達は明らかに私よりも先にルルと言葉が通じていました。今から考えれば、子猫を引き取った時点で、既に私はルルを確保した状態になっていたんだと思います」
リナさんの言葉に俺は目を輝かせる。
「って事は、もしかしてあの子猫達はもう俺が確保した状態になっている?」
一気にテンションが上がってそう質問すると、リナさんが笑いながらも頷いた。
「おそらくですが、そうだと思いますよ。でも、さすがにまだ生まれたばかりの子猫には言葉は通じないと思いますから、テイムは無理だと思いますけど」
笑って顔の間で手を振りつつそう言ったリナさんは、俺の周りに集まっている従魔達を見た。
「言葉が通じているかどうかは、他の従魔達に聞いてみればいいと思いますね。それで通じるようになれば、改めてケンさんがテイムしてあげればいいと思いますけど……?」
「そうか! それなら今は待つだけだな。貴重な経験談をありがとうございます! よしよし、それならやっぱりまずは名前だな。ううん、何にしようかなあ」
嬉しそうに笑ってそう言った俺は、割と真剣に子猫達の名前を考え始めたのだった。