俺の疑問とシャムエル様
「あ、うっかり先に乾杯しちゃったけど、これは改めてちゃんとお礼を言っておくべきだよな」
三本目のビールの栓を抜きかけた俺は、慌ててそう呟いてからいつもの敷布を取り出して小さい机の上に広げた。
そこにアーケル君が用意してくれた俺一人分にしてはかなり多い山盛りの料理の入ったお皿を置き、もう一本ずつ追加の冷えた黒ビールと白ビールも自分の収納から取り出して並べた。
「ええ、作り置きで申し訳ないけど皆が用意してくれた今日の夕食です。どうぞお納めください。無事にニニのお産が終了しました。可愛い子猫がなんと三匹も生まれたよ。よかったらいつでも遊びに来てください。レオ、ニニのお産の際には裏でお世話になったってシャムエル様から聞きました。ニニと子猫達を守っていただきありがとうございました。ええ、もしお供えのお料理に何か希望があったら教えてください。あ、これって……ええと、ご希望のメニューはシャムエル様に伝言してください」
手を合わせて目を閉じた俺は、小さな声でそう言った。ここはしっかりお礼を言っておかないとな。
しばらくしてから目を開くといつもの収めの手が何故か二組現れていて、揃って俺の頭を何度も撫でてくれたあとに、いつものようにそれぞれの手が交互に料理を撫で回してから持ち上げ、ビールの瓶も同じようにしてから産室に一瞬で移動した。
そしてまずはニニを何度も撫でてくれた後、揃って子猫達をもの凄い勢いで撫で始めた。だけどニニのお腹に並んで熟睡状態の子猫達は、収めの手に好き勝手に撫でまくられても全くの無反応だ。
二組の収めの手が大はしゃぎしているのが分かり、俺も何だか嬉しくて涙が出てきた。
散々撫でまくってから満足したのか手を振って消えていく収めの手達を見送ってから、俺も食事を開始した。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャカジャカジャン!」
「おう、もちろんだよ。で、どれがいるんだ?」
笑った俺は、目の前に山盛りになっているお皿を見た。
リナさんに似たのか、普段は気配り出来る男なくせに妙なところが大雑把なアーケル君は、料理の取り分けには価値を見出していないタイプみたいだ。
盛り付け? そんなの、腹に入れば一緒じゃん! とか思っていそう。
若干失礼な事を考えつつ、山を適当に崩しながらシャムエル様の好きそうなのを色々と取り出して渡してやった。
まあ、主に肉とか肉とか肉とかなんですけど!
「はい、お待たせしました」
笑った俺は、シャムエル様の前に一応それなりに気を遣って盛り付けたお皿を置いてやる。
「ふああ、綺麗だね! どれも美味しそう! では、いっただっきま〜〜〜す!」
雄々しく宣言して、照り焼き肉に頭から突っ込んでいくシャムエル様。
「相変わらず豪快だなあ。ほうら、大事な尻尾が汚れるぞ」
いかにも仕方がないなあってふうにそう言いつつ、右手で食事をしながら左手で尻尾を掴んで、こっそりともふもふを満喫する俺だったよ。
「はあ、ごちそうさまでした。すっごく美味しかったよ」
手を合わせてからそう言って、跳ね飛んできたスライム達に汚れた食器を綺麗にしてもらう。
「いつもありがとうな」
笑ってそう言いスライム達を順番におにぎりにしてやる。
「きゃあ〜〜おにぎりされちゃった〜〜〜!」
「きゃあ〜〜それは大変〜〜〜!」
何やら嬉しそうな悲鳴を上げたスライム達が、キャーキャー言いながら足元を転がって遊んでる。何この可愛い子達は!
笑って手にしていたゼータを、キャーキャー言っているスライムの団体めがけて放り投げてやる。
ビリヤードよろしく弾けたスライム達が部屋中に転がっていく。そして嬉々としてそれを追いかけ始める猫族軍団。
またスライム達の嬉しそうな悲鳴が聞こえて、俺達は揃って吹き出したのだった。
その後は、ハスフェルが出してくれた吟醸酒をのんびりといただいた。
「あ、子猫達の名前、考えてやらないとな。ううん、それにしても冷静に考えたら、今はいいけど、あの子達が大きくなったら物理的にちょっとまずい事になりそうだなあ。ううん、どうするかなあ」
グラスを置いた俺は、足元にくっついて寛いでいる、リアル猫サイズになっている猫族軍団の面々を見た。
「ジェムモンスターのこいつらと違って、魔獣は身体の大きさが変えられないんだから、あの子達が全員ニニやカッツェくらいに大きくなったら、割と冗談じゃあすまない事態になりそうだ。ううん、これはどうするべきだ?」
つまみのナッツを口に放り込んだ俺は、それ以上の大問題に不意に気付いて更に慌てた。
「ああ! その前に、あの子猫達ってそもそもテイムも何もしてないけど、あのままで大丈夫なのか?」
確かテイムすると知能が上がるって聞いた覚えがある。だけど生まれたての子猫の場合はどうなんだ? 知能って上がるのか? いやそもそも、赤ちゃんの状態でテイムって……出来るのか?
突然気づいた大問題に割と真剣に考え込んだ俺は、おつまみのお皿の横でさっき俺があげたナッツを嬉々として齧っているシャムエル様を見た。
「なあ、シャムエル様。ちょっと聞いて良いか?」
一応小さな声でそう尋ねると、顔を上げたシャムエル様が不思議そうに俺の腕のすぐ横へ来てくれた。
「改まって何?」
俺を見上げるシャムエル様を見てから、ニニ達の入っている産室を指差す。
「生まれた子猫達ってテイムしていないけど、あれってそのままでも大丈夫なのか? 野生のリンクスの子猫の育ち具合は知らないから分からないけど、もしかしてそれなりに大きくなったら、俺も含めて人を襲ったり従魔達に襲い掛かったりしないか?」
俺の言葉に、シャムエル様の手からナッツが落ちる。
「ええと……」
完全に目が泳いでいるシャムエル様を見て、俺はこの質問をした事が間違っていなかったのを確信したよ。
「もしかして……何も考えてなかった?」
もふもふの毛まみれなのに青ざめているのがわかるレベルで焦った様子のシャムエル様は、俺の質問にあからさまに視線を逸らした。
「もしかして……何も考えてなかった?」
もう一回、同じ事を尋ねた俺の質問に、こっちを見ずにソッポを向くシャムエル様。これは確定だな。
「相変わらず大雑把が過ぎるぞ〜〜〜!」
叫んだ俺は、悪くないと思う。