大騒動の三匹目!
「キャウ! キャウ! キャウ!」
「ピイ! ピイ! ピイ!」
「うああ〜〜! 可愛すぎる〜〜〜!」
俺の腕の中で元気よく鳴きながらモゾモゾと暴れる薄茶の虎柄の子猫。
まあ、子猫とはいっても余裕で中型犬サイズなんだけどさ。
「ほら、お前もニニのおっぱい貰っておいで」
両手でしっかりと捕まえて、横になっているニニのお腹のところへ連れていってやる。
「キャウ! キャウ! キャウ!」
相変わらず元気いっぱいの虎猫はモゾモゾと豪快に動き回った後、不意に目の前のおっぱいの存在に気が付いたみたいで夢中になって吸い始めた。
ちなみに、一匹目の子もピイピイと鳴きながら絶賛ミルクタイム中だ。
「よし、次はまだかな……?」
小屋に入っていた俺は、なんとなくそう呟いてベリー達の方を見た。
そして、目に入ったベリーの表情を見て固まってしまった。
ベリーも長老も、全く笑っていない。
二人揃ってそれはそれは真剣な顔でニニの方へ手を差し伸べて必死になって何かしている。
俺の立っている側からは、二人の手元が見えないので何をしているのかは分からない位置なんだけど、今現在彼らが見ているのはお産の真っ最中のニニなわけで、それであの表情って……。
「なあ、どうかしたのか?」
答えを聞きたくない。だけど聞かずにはいられなくてごく小さな声でそう尋ねる。
俺の様子が一変したのに気づいたらしい小屋の外の面々も一斉に黙る。
「ううん、まだ危険と言うほどではないんですが……出て来ないんですよ。最後の子が」
遠慮がちなベリーのその言葉に、一瞬息が詰まる。
「ええ、それって……」
「まだ、そこまで危険というわけではありません。もう少し様子を見ます。ですが、いざとなったら無理矢理にでも引き出します。ニニちゃん。もうちょっとだけ頑張ってくださいね」
聞いた事が無いくらいの真剣なベリーの声に、指先がすうっと冷たくなるのが分かった。
「ニニ、ニニ、頑張れ。頑張れ……」
俺が泣いてどうする。
湧き上がる見えない不安と恐怖。震える指先。それを誤魔化すみたいに俺は手を伸ばして横になったままのニニを何度も呼びかけながら力一杯撫でてやった。
だって、今の俺に出来る事なんて、どう考えてもこれしかなかったんだよ。
なので俺は、ただただ時折ニニの大きな頭を抱きしめてやりながら、ずっとひたすら撫で続けていたのだった。
「ご主人、そろそろ危険なので小屋の外へ出ていてください」
どれくらいの時間が経ったんだろう。カッツェが俺の横へ顔を寄せてきて、俺の身体を押しのけるようにしながらそう言った。
「え、危険って……?」
「そろそろ始まるみたいです。ちょっと苦しそうなのでご主人は危険ですから下がっていてください」
戸惑う俺に構わず、もう一度頭突きをして俺を押し退けたカッツェは、ニニの顔のすぐ横にきてくっついて座った。
これで、ニニのお腹に潜り込んでいる子猫達もニニの爪と牙からカッツェの大きな体で守られているのに気が付き、俺はまた出てきた涙を必死で飲み込んだ。
「うん、じゃあここは任せるからな」
言いたい事は一杯あるけど、ここはニニが頑張ってくれるのを信じるしかない。
カッツェも腕を伸ばして撫でてやってから、俺は後ろ向きにゆっくりと下がってそのまま小屋から外へ出た。
今のニニは、口を開けて苦しそうにハアハアと大きな息をしている。
そして時折ビクって感じに跳ねてもがき始めた。
最初の子が生まれた時みたいだ。
「ニニ、頑張れ! 生まれてきてる子猫も頑張れ!」
握った拳が震えているのが分かって、何度も声に出して応援する。
「頑張れニニちゃん!」
「頑張れ!」
「頑張れ〜〜〜!」
「創造神様! どうかお守りください!」
アーケル君達の声に続き、リナさんの祈るような声が聞こえて我に返った俺は、慌てて周囲を見回した。
シャムエル様がいない。
『なあ、シャムエル様! どこにいるんだよ!』
焦った俺は、必死で念話で呼びかけた。
『今ちょっと手が離せないの!』
突然、シャムエル様の初めて聞くような大声が聞こえて、俺は悲鳴を上げそうになって必死になって飲み込んだ。
ちなみに、うっかりいつもの癖でトークルーム全開で呼びかけていたので、ハスフェルとギイも同じく突然の大声に飛び上がって、誤魔化すみたいに揃って横を向いて咳き込んでいたよ。
『なあ、シャムエル様って今どこにいるんだ……?』
黙っていられなくて、すがるみたいにハスフェルに呼びかける。
『どうやらレオに、別ルートから出産の守護を頼んでくれているみたいだ』
返ってきたハスフェルの答えに目を見開く。
おう、まさかのここでレオ神様登場。大地の神様って……あ! 出産とか繁殖も彼の担当なのか!
って事で、俺も必死になって頭の中でレオに呼びかけて、ニニと子猫を守ってくれるようにお願いした。
『今の俺達には何も出来ん。信じて待つしかない』
『そうだな。信じて任せよう』
意外に冷静な二人の声に、なんとか俺も落ち着きを取り戻せた。
「フギャア〜〜〜〜〜!」
その時、聞いた事がないものすごいニニの悲鳴が聞こえて、俺達全員揃って飛び上がった。
「ニニ!」
慌てて入り口にしがみついて中を覗き込む。
何と、ニニはすぐ側にいたカッツェに両前足でしがみついて、腕の根本部分に噛み付いていたのだ。鼻に皺寄せて思いっきり噛み付いてる。
だけど、イカ耳になったカッツェは一切反撃する事なく動かずにじっとしている。
「フギャウ!」
大きな口を開けたニニがもう一回悲鳴を上げて、今度はカッツェを離して転がるみたいにして体を動かそうとした。
しかし、即座にカッツェが動いて上から覆いかぶさるみたいにして全身でニニを捕まえる。唸り声を上げてまたカッツェの腕に噛み付くニニ。だけどカッツェは動かない。
さっき噛まれたところから血が出ているのが見えて、俺の目にまた涙があふれる。
カッツェ! お前、格好良いぞ!
「出ました!」
ベリーの大声に慌ててそっちを見たが、二人の顔は全く笑っていない。それどころか、痛ましいものを見るかのように手元を見つめている。
そして、さっきまでの二匹と違って声が聞こえない……。
俺はその瞬間、小屋の中に全力で走っていった。
「ケン……」
こっちを見たベリーの手に抱かれているのは、びしょ濡れの小さな子猫。パッと見た感じ、大きかった虎柄の子の半分くらいしかないように見える。
そして、ぐったりとして動かず声も上げない……。
それの意味するところに思い至った俺は、気がついたらベリーの手から子猫を奪い、閉じたままの子猫の口を右手で上顎を掴んでこじ開けると、その開いた口に噛み付くみたいにして人工呼吸を開始していた。
思いっきり息を吹き込み、パンパンと体を叩く。だめだ、もう一回!
体が濡れるのも、なんだが生臭い匂いがするのも気にならなかった。
ただただ息をして欲しい。声を聞かせて欲しい。もうそれだけを考えて、俺は必死になって息を吹き込んでは体を叩き続けた。
「ケフッ!」
何度目だろう。必死になって力一杯背中を叩いた後にまた息を吹き込もうとした時、ぐったりとしたままだった子猫が突然息を吹き返したのだ。
「キャフッ! キャフッ!」
まるで咳き込むみたいに引き攣る息をした子猫は、いきなりジタバタと脚を動かし俺の腕から逃れようと大きく仰け反ったのだ。
「息した〜〜〜〜!」
もう涙を堪える余裕なんて全くない俺は、その場に膝をついてよだれと鼻水と涙にグッシャグシャのまま、腕の中で力強くもがく子猫を大声をあげて泣きながら抱きしめたのだった。
「痛い! 俺の顔を蹴るなって!」
叫んだ俺は……悪くないよな?