う、生まれた〜〜〜!
「あ、そうだ。これは皆にも知らせておくべきだよな」
お産が始まったとは言っても時折ニニが欠伸をしたり伸びをしたりするくらいで、特に大きな変化は無い。かなりの時間、無言でその様子を黙ってただただ見つめていた俺は、不意に我に返って慌てて念話でハスフェルとギイを呼んだ。
『おう、どうした?』
『まだ夕食には早いぞ?』
ゆったりと寛いでいるのだろう、のんびりした二人の声が返ってくる。
『なあ、悪いんだけど今は夕食どころじゃあないんだって。ニニがいきなり産気付いて産室に篭っちゃったんだよ。ベリーと長老が来てくれて、様子を見てくれているところ。なんでも、もう陣痛が始まってるらしい。大変なんだよ。まあ俺は何にも出来ないから、小屋の外で見学しているだけだけどさ』
一気にそう言うと、揃って驚きの声が聞こえた。
『おお、そうか。そりゃあ確かにそれどころじゃあないな』
『こっちの事は構わないから、お前さんはニニちゃんについていてやれ』
笑った二人がそう言い、すぐに気配が途切れる。
「あれ、もう切れちゃったよ。まあいいか。一応義理は果たした。これで心置きなくここにいられるな」
産室の入り口のところに立ったまま中を見ていた俺は、その時ようやく椅子の存在を思い出して急いで一脚持ってきて産室の前に置いた。ちょうど座ったまま中が見渡せる位置だ。
ちなみに今は、ニニは頭まで倒した状態で横になっていて、カッツェがせっせと首の辺りから胸元を舐めているところだ。
そのまま特に変化もなく時間だけが過ぎていく。気がつけば、外はもう真っ暗になっていたよ。
そこでようやく部屋の明かりをつけていないのに気付いて立ち上がり、急いで部屋の明かりを付けて回った。
「なあ、中に明かりは要るか?」
やや小さめのランタンを一つ取り出してつける前に中に声をかける。
ベリーが何か出したんだろう。手元の辺りを照らす小さな灯りがあるんだけど、それだけで産室の中はかなり暗い。
「あまり明るいとニニちゃんが落ち着きませんからね。大丈夫ですよ」
中からベリーの静かな声が聞こえて、俺は持っていたランタンを近くのテーブルの上に置いた。
俺が動き回っていたからなのか、産室のそばには来ずにコタツ周りに集まっていた猫族軍団をはじめとした従魔達が、ゆっくりと動いて俺の椅子の周りに集まる。
マックスとビアンカが俺の椅子の左右に陣取り、俺のすぐ足元にセーブルとティグとヤミーが並んで座る。お空部隊の面々は小屋に作られた切り窓に並んで留まっているし、モモンガのアヴィは切り窓の縁にしがみついて中を覗き込んでいる。それ以外の子達は俺の膝をはじめ俺の周りに集まって、全員がもう隙間がないくらいにくっついている。
だけど、いつもと違って誰も声を出さずにいるから部屋の中はとても静かだ。
半ば無意識に膝の上にいたソレイユとフォールを抱きしめながら、俺も無言で産室の中に横たわるニニの様子を見つめていた。
静まり返った部屋の中に、時折ニニの苦しそうな息遣いや唸るような声が聞こえ始めた。
なんていうか、踏ん張るみたいな感じで息を止めてはため息を吐くって感じだ。
「ううん、人間のお産でもなんかそういう呼吸法があったって同僚の人から聞いた覚えがあるけど、猫のお産でもあるんだ」
小さくそう呟いて、少し身を乗り出すみたいにして中を覗き込む。
その時、誰かが俺の肩を叩いた。
「うわっ! びっくりした〜〜!」
声をあげそうになって、咄嗟に両手で口を塞いで後ろを振り返ると、ハスフェルとギイ、それからリナさん一家とランドルさんが勢揃いして俺の後ろにいたんだよ。
「ええ、いつの間に来たんだ。全然気づかなかったよ」
小さな声で、背後にいるハスフェルに声をかける。
「扉が開いたままだったんでな。失礼して入らせてもらった。それで、まだなのか?」
俺の肩越しに中を覗きながらハスフェルも小さな声でそう尋ねる。
「うん、ちょっと時間がかかってるみたいだよ。だけど、ベリーと長老がついてくれているから、大丈夫だと、思うぞ……」
答えながらも不意に不安になって、胸元にいたソレイユを抱きしめる。
「初産ですからねえ。ちょっと時間がかかっているようです。ですがそろそろ最初の子が出てきますよ」
中からベリーの声が聞こえて、俺は声を上げそうになるのを必死で堪えた。
チラッと背後を見るとほぼ全員がそんな状態だったから、皆気持ちは同じなんだろう。
「リンクスの子供って、本当に可愛いんですよ。ああ、楽しみです!」
小さく飛び跳ねながらの遠慮がちな声のリナさんの言葉に、俺は笑み崩れる。
「ですよねえ。ニニとカッツェの子ですよ。そんなの可愛いに決まってるって。ああ、早く見たい!」
俺も足を若干ジタバタさせつつ、今度はフォールを抱きしめる。
いつもなら甘えて喉を鳴らしたり、自分も撫でろと横から頭を突っ込んできたりする他の子達も、全員が上の空で産室を揃ってガン見している。
特に、猫族軍団の緊張っぷりは半端なくて、俺までさらに緊張してきた。ってか、緊張のあまり喉がカラカラだ。
自分で収納している普通の水筒を取り出した俺は、無言で蓋を開けて水を飲んだ。
「はあ、冷たい水が美味いって」
密かにため息を吐きながらそう呟き、また産室の中を覗き込む。
その時、不意に聞こえた大きなニニの鳴き声に俺は思わず立ち上がった。
それは聞いたことがないくらいに苦しそうな、悲鳴みたいな『ギャッ!』って感じの声だったんだよ。
俺の周りにいた従魔達が一斉に床に飛び降りて産室の周りに集まる。
俺も思わず駆け寄って中を覗き込んだ。
ピイピイピイ
「う、生まれた〜〜〜!」
薄暗い産室の中から、まるで鳥の鳴き声みたいな妙にか細い、けれどもとても元気な声が聞こえて、安堵のあまり俺は膝から崩れ落ちて目の前にいたセーブルの背中に抱きついた。
「おめでとうございます。まずは一匹目ですよ!」
嬉しそうなベリーの声に、セーブルに抱きついていた俺は驚きに目を見開いて顔を上げる。
「ええ、ちょっと待って! 子猫って一匹じゃあないのか!」
俺の悲鳴に背後から吹き出す声が聞こえたのだった。
ええ〜〜〜マジっすか!