クロッシェとスライム達
「なあ、そういえば聞いた事なかったけど、クロッシェってあの飛び地にどれくらい隠れていたんだ?」
「どれくらいって?」
「ええと……何日くらいって意味なんだけど……あ、そうか! あそこは飛び地だから一日の感覚が無いのか!」
太陽の無いのっぺりした空と、それなのに常に明るい飛び地の様子を思い出す。
「えっとね。いっぱいいっぱい寝て起きたよ。あそこにいれば、お外と違ってお腹が空く事は無かったから、安心して寝ていられたの。だけど、物音が聞こえて気になって見にいったらご主人に見つかっちゃったの。だけどおかげでテイムしてもらえたんだよ。ありがとうね、ご主人。大好きだよ」
照れたようにそう言ったクロッシェが、一瞬だけビヨンと伸びて俺にぴったりとくっつく。
そんなクロッシェの話を、長老も真剣な様子で一緒に聞いている。
「ええと、どうやら時間の感覚はかなり曖昧みたいですねえ」
クロッシェを撫でてやりながら困ったように俺がそう言うと、長老も苦笑いしながら頷く。
「ええ、構いませんよ。充分参考になります。ですがこれもまた別の意味で非常に興味深い現象です。飛び地の中は、確かに外とは桁違いの濃度でマナが豊富にありますから、そこにいるだけでお腹が空かなかったというのも小さなスライムならば有り得るでしょうね」
長老の言葉に、いつの間にか集まって来ていた雪スライムを連れたケンタウロス達までが揃って真剣な様子で聞いている。
「これは、飛び地内部のマナの濃度を場所ごとに改めて測り直す必要がありそうですね。以前我らが行った際にはそれには気が付きませんでした。もしかしたら場所によってマナの濃度に違いがあるのかもしれません。追加の食糧確保で飛び地へ行く者に、調べるように頼んでおきます」
顔を寄せて真剣に相談を始めるケンタウロス達を見て、俺はクロッシェを見た。
「ええと、もしかしてレース模様の子って、クロッシェ以外にもまだいるのか?」
ふと思いついて何気なく聞いただけなんだけど、俺の質問に、クロッシェが突然ビヨンと伸び上がって飛び跳ね始めた。
「うん。いるよいるよ! だけど……クロッシェも、会った事は無いの」
最後はしょんぼりって感じに凹んだクロッシェを見て、俺は思わずコタツ布団の上で惰眠を貪っているシャムエル様を見た。
「分かった。それは後でシャムエル様に聞いておくよ」
両手でクロッシェをモミモミしつつ、こっちを見ていた長老に向き直る。
「ええと他に質問は?」
「はい、ではどうやってあそこの飛び地に入ったのかを教えていただけますか?」
「えっとね、イバラの茂みに隠れていたら、野生の狼さんがあの飛び地へ入って行ったんだよ。それを見て、クロッシェもついて行ったの。狼さんの尻尾にくっついて行ったんだよ!」
「へえ、野生生物は飛び地へ入れるんだ」
感心したような俺の呟きに、長老も苦笑いしている。
「まあ、あの安全地帯はジェムモンスターは弾きますが、確かに野生動物には反応しませんからね。空を飛んで入る事は出来ませんが、地面を移動する動物ならば入る事自体は可能です。ですが、あそこには基本的にジェムモンスターしかいませんから、野生動物が入っても狩りは出来ないんですがねえ。その狼は何をしに入って行ったんでしょうか?」
新たな疑問が出たらしく、またケンタウロス達が顔を寄せて話を始めたよ。
ううん、さすがは知識の探求者。知らない事への興味がハンパないって。
密かに感心しつつ、手持ち無沙汰な俺はクロッシェをモミモミして、サクラとはちょっと違う手触りを楽しんでいたよ。
そう、クロッシェはこうやって揉んでみると分かるんだけど、レースの模様部分が少しだけ他よりも硬い気がする。例えて言うならレースのカバーをかけた低反発クッションを揉んでいるみたいな手触りだ。まあ、あくまでイメージだけどさ。
アクアやサクラ達はすごくなめらかなプルンプルンのゼリーってのが一番近いし、メタルスライム達は、以前俺が使っていた通販で買った若干硬めの低反発枕っぽい。あれ、すっごく高かったんだけど確かに寝心地は最高に良かったんだよなあ。ただし、毎回寝癖が一杯ついたんだけどな。
ちなみに雪スライムはひんやりプルプルだよ。夏になったらどうなるかは、またその時に確認だな。
その後は、長老とクロッシェが一対一の対談みたいな感じで直接話をしていた。主に長老が様々な質問をしてクロッシェがそれに答える感じだ。
一応、俺も横で一緒になって聞いていたおかげで、色々と分かったよ。
どうやら超レアであるレース模様のスライムは、飛び地やカルーシュ山脈の奥地や地下洞窟の最下層など、人が滅多に来ないようなところに隠れているらしい。なので当然、発見するのは容易ではない。ってか、ほぼ不可能に近い。何しろ、隠れるスキルは雪スライムよりも上手いのだと聞いて、俺はもう自力での発見を諦めかけた。
だけどクロッシェには、もしもレース模様のお仲間が近くにいたら確実に分かるらしい。アクアやサクラ達も、気配くらいは感じるらしいんだけど精度はクロッシェ程ではないんだって。
まあ、確実に見つけられるかは、はっきり言ってほぼ運らしい。
「成る程なあ。じゃあまた辺境の地や飛び地や地下洞窟へ行く事があれば、気をつけて探してみるよ」
話を終えて俺の膝に戻って来たクロッシェを撫でながら、思わずそう呟く。
「お願いします! もしもお仲間を見つけたらすぐに教えるね!」
クロッシェが触手を伸ばして俺の手をちょっとだけ突っついてすぐに戻る。
「だって、一人は寂しいもん。もし見つけたら一緒に遊ぼうって誘うつもり……いいよね?」
最後はすっごく遠慮がちなクロッシェの質問に、俺はもう正直言って泣きそうになったよ。
「もちろんだよ。見つけたら絶対テイムする。そして、いつまでも一緒だ。な!」
両手で持ち上げたクロッシェを改めて抱きしめてやってから思いっきりモミモミする。ううん、この手触りも癖になりそうだ。
「嬉しい! ありがとうねご主人! 大好きだよ!」
もう一回大好きと言ったクロッシェは、まるで俺の手に頬擦りするみたいに何度もくっついたり離れたりしていた。
「クロッシェばっかりずるい〜〜〜! アクアもご主人にモミモミされたいです〜〜〜!」
「サクラも〜〜!」
「アルファもやってほしいで〜〜す!」
しかし、どうやらクロッシェばかりと遊んでいたからなのか、アクアがそう言って俺の腕の中へ飛び込んできた。サクラとアルファがそれに続く。となると当然全員が俺に向かって跳ね飛んで来るわけだよ。
「どわあ! 待て待て! 順番〜〜〜!」
悲鳴と共に、ソファーに座っていた俺が、押し寄せてきたスライムの群れに呆気なく押し倒されたのは言うまでもない……。
はあ、危ない危ない。ソファーに座っていてよかったよ。これが立ったままだったら割と本気で怪我するレベルの勢いだったぞ。
透明なスライム越しに天井を眺めながら、割と本気でそう思った俺だったよ。
ううん、スライム達の愛情が重いぞ!