雪スライム達のテイムとクロッシェの事
「ご馳走様。はあ、やっぱり岩豚は何度食べても美味しいよなあ」
「確かに岩豚カツサンドは美味しかったね。だけど、今日のタマゴサンドも最高だったよ」
俺の岩豚トンカツも一つ強奪していったシャムエル様が、ご機嫌でそう言って笑っている。ちなみに俺よりも先に全部完食していて、今は尻尾のお手入れの真っ最中だ。
ううん、それにしてもいつ見ても見事なまでにもふもふな尻尾だねえ……ああ駄目だ。見ていたら思わず右手が伸びそうになるよ。だけど今、あの横から尻尾をもふろうとしたら、間違いなく空気に蹴られて俺が吹っ飛ぶ未来しか見えねえから、ここは自重自重っと。
「ケン、もう食事は終わりましたか?」
身繕いをしているシャムエル様を見て和みながら食べ終えた食器を片付けて、おかわりの二杯目のコーヒーを飲んでいると、すぐ近くでベリーの声が聞こえて慌てて和室の外を見た。
そこにはベリーとフランマとカリディアの三人に加えて、北海道のばんえい馬並に巨体でマッチョなケンタウロスの長老のウェルさんと、目を輝かせる本日の雪スライムを受け取るケンタウロスの方々がいた。彼らの足元には、ずらりと並んだ総勢六十匹の雪スライム達が、綺麗に勢揃いして待ち構えていたんだよ。
おいおい、いつの間に戻って来たんだ? 扉を開けた音がしなかったんですけど……。
まあ、ベリーにはここの鍵を渡してあるから入れるんだけどさ。音もなくそこにいたから、ちょっとびっくりしたよ。
「ああ、わざわざ来てくれてありがとうな。今コーヒーを飲み終えたところだよ。じゃあ、まずはお待ちかねのテイムだな」
正直言うとコタツから出たくないんだけど、さすがにこのままでテイムするのはダラけ過ぎだ。
諦めて一つ深呼吸をしてからコタツから出た俺は、大きく伸びをしてから靴下と靴を急いで履いてから和室の外へ出てった。まあ、ここも俺の部屋の中なんだけどさ。
あっという間に期待に満ち満ちた雪スライム達に取り囲まれた俺は、苦笑いしつつも順番にテイムしていったよ。
何しろいちいち捕まえなくても、俺が手を差し出していると自らテイムされに飛び込んで来てくれるんだからさ。楽ちん楽ちん。
しかも毎回一番考えるのが大変なそれぞれの名前は、全部ケンタウロス達が自分で考えてくれるから俺はそれを聞いて命名するだけだよ。
って事で、それほどの時間をかけずに今日のテイム予定の六十匹、無事に完了!
「はあ、さすがにちょっと疲れたから休憩だな」
嬉しそうに、それぞれダイアモンドダスト合成した雪スライム達を撫でたり話しかけたりしているケンタウロスを横目に見つつ、首をゆっくりと回しながらそう言った俺は、近くのソファーに倒れ込むみたいにして座った。
ちなみにこれはリフォームの際に頼んで、新しく入れてもらった大きめのソファーだけど、座り心地抜群なんだよ。
うっかり座ると、コタツと同レベルでマジで意識持っていかれる系。俺は密かにこのソファーを、人を駄目にするソファーと呼んでいるよ。
「うああ、ここに座るとマジで眠くなるぞ〜〜」
柔らかに全身を包み込んでくれるソファーに身を委ね、手足を投げ出すようにして脱力した俺は、大きな欠伸を一つ……。
しかし、物言いたげなケンタウロスの長老と目が合ってしまい、慌てて起き上がる。
「いかんいかん。忘れるところだったよ。ええと、クロッシェ。ちょっと出てきてくれるか」
「はあい、呼びましたか?」
俺の呼びかけに、一瞬でアクアの中から飛び出したクロッシェが跳ね飛んで来てくれる。
「ええと、ケンタウロスの長老が、クロッシェとお話がしたいんだってさ。良いかな?」
両手でキャッチしてやり、モミモミしながらそう言ってやる。
「なんのお話するの?」
不思議そうなクロッシェの質問に、俺はケンタウロスの長老を振り返る。
「ええと……」
すると、長老はにっこりと笑って俺が抱いているクロッシェを覗き込んだ。
「はじめまして。ケイローン一族を束ねる長。ウェルド・ヘンネルと申します。どうぞ、ウェルとお呼びください。貴方がケンにテイムされる以前の事を主に教えていただきたいのですが、構いませんか?」
軽く前脚を曲げて屈んだ長老の言葉に、クロッシェは戸惑うように震えた後、俺の方を向いた。肉球マークがこっちを向いたから、多分そうなんだろう。
「お話ししても良いですか?」
「おう、頼むよ。だけど話したくない事がもしもあれば、無理に言う必要はないからな」
雪スライム達でさえ、あれだけ一人は嫌だと言って仲間達と一緒に遊びたがっている。恐らくだけど、クロッシェも同じだったのだろう。クロッシェがあの場所でどれくらいの時間を過ごしていたのかは知らないけど、多分とても寂しい思いをしているはずだ。
そこまで考えて俺の手が止まる。
あれ? 確か、野生のスライムの寿命って……十年前後だってベリーが言っていなかったっけ?
じゃあ、クロッシェはどうなるんだ?
思わず抱いたままのクロッシェを俺も覗き込んだ。
もしかして、クロッシェが異常に長寿なのか?
それとも、レース模様のスライムに懸賞金をかけた王様が欲しがったのは、クロッシェとはまた別の個体って事になるのか?
だけどもしもそうなら、レース模様のスライムがこの世界にはまだいるって事になるよな?
ええ、クロッシェって、唯一のレース模様じゃあなかったって事なのか?
驚いてクロッシェを見つめる俺の視線に気付いたのか、ビヨンと伸びたクロッシェが、遠慮がちに触手で俺の腕を突っついてからくっついてきたよ。
「ああ、もうなんだよこの可愛い子は!」
思わずそう叫んで、バレーボールサイズのクロッシェを力一杯抱きしめてやった俺だったよ。