サクラの新技!
「さてと、それじゃあ腹減ってるし、ベリー達が来る前にまずは何か食べるか。シャムエル様が餓死したら大変だものなあ」
大はしゃぎして水浴びをしているスライム達といつものメンバーを見ながら、テーブルの上で身繕いをしているシャムエル様を見た。
「そうだそうだ〜〜私はお腹が減っているんだぞ〜〜〜!」
もふもふの尻尾を振り回しながらの開き直ったシャムエル様の抗議に、思わず吹き出す。
「はいはい、じゃあもうここでいいな」
リビングまで行くのも面倒なので、障子を開けたままにしている和室へ向かった。
一応ここの部屋にはコタツタイプのテーブルと椅子もセットしてあるんだけど、久しぶりに和室で寛ぎたくなったんだよな。
ちなみに今日はもうダラダラする予定なので、武器や防具の装備は無しだよ。
「おおい、入れてくださ〜〜い!」
入ろうとした掘り炬燵には先客がいて、ベッドから移動してきたニニとカッツェがびっちりと収まっていて、仲良く顔だけ出している。
「仕方がないわね。じゃあここへどうぞ」
掘り炬燵の穴の中へすっぽりと収まっていたニニとカッツェが、ちょっと動いて俺の入る空間を開けてくれた。相変わらず仲が良くて結構だねえ。
「あはは、ありがとうな」
笑ってそう言い、顔だけコタツ布団から出ているニニの頭を撫でてやる。
靴を脱いで和室に上がった俺は、ついでに靴下も脱いでからニニの隣に座って掘り炬燵の中に足を突っ込んだ。
「おお、裸足の足の裏に……これはカッツェかな。ニニにしては毛が短い気がするぞ」
俺の足の裏にあたるふわふわな毛をこっそりと楽しみつつそう呟く。
「ご主人正解。私にはご主人の足は当たっていないから、それはカッツェね」
「ニニは何処かなあ……あ、これはニニの毛だ。俺には分かるぞ〜〜」
少し足を動かして、足に当たるもふもふを楽しみつつニニの毛を探す。
「おお、今動いた! そっかごめんごめん。ここはニニのお腹……なあ、何がどうなって、俺の足が当たってるそこにニニのお腹があるのか聞いてもいいか?」
割と本気で質問したぞ。だって、いわば伏せの状態で顔を出しているニニのお腹が、どうして俺が足を伸ばしているこんな位置にあるんだ? 絶対おかしい。どう考えても体が捩れていると思うぞ。
思わず毛布をめくり上げて中を覗き込んだんだけど、残念ながら視界いっぱいが全部ニニとカッツェのもふ毛で埋もれていて、何がどうなってるのか全く分からなかったよ。
「まあいっか。猫は液体とかっていうもんな。ニニが寛いでるのなら別に構わないのか」
苦笑いした俺は、疑問を全部まとめて明後日の方向へぶん投げておいたよ。
「で、シャムエル様はいつものタマゴサンドだな?」
笑った俺は、自分で収納しているシャムエル様用のタマゴサンドの盛り合わせのお皿を取り出してやる。
ちなみにいつものマヨタマゴと、オムレツサンドの二種盛りブロッコリーとカットトマト付きだよ。
「わあい。美味しいそう! では、いっただっきま〜〜す!」
目を輝かせたシャムエル様が一瞬でお皿の横へワープしてきて、雄々しく宣言してタマゴサンドに飛びついた。
「じゃあ、俺はこっちだな」
にんまりと笑った俺は、これも自分で収納していた岩豚カツサンドを取り出す。
「あ、しまった。コーヒーが無い。おおい、サクラ〜〜コーヒーのデリバリーをお願いしま〜〜す」
動きたくなかった俺は、小さく笑って店員さんを呼ぶみたいにサクラを呼ぶ。
「はあい、少々お待ちくださ〜〜い!」
まるで本当の店員さんみたいな返事が聞こえて思わず吹き出す。
「お待たせいたしました〜〜〜!」
これまた元気な声と共に、サクラが跳ね飛んで来てくれる。
「コーヒーのお届けで〜〜す。他にご注文はありますか〜〜?」
そう言いながら、ホットコーヒーが入ったピッチャーといつものマイカップを取り出してくれた。どうやら店員さんごっこが気に入ったらしい。
「じゃあ、コーンスープを大盛りで一人前と、野菜サンドもお願いしま〜す」
「はあい、こちらになりま〜〜す!」
嬉しそうにそう応えたサクラは、驚いた事に、いつもスープを入れるのに使っていた大きめのお椀にたっぷりのコーンスープが入った状態で取り出してくれたのだ。そして当然のように一人前の野菜サンドとカットトマトの並んだお皿も。
「ええ、これどうやって出したんだ? スープは鍋に入った状態で収納しているよな?」
割と本気で驚いてそう尋ねると、にょろんと伸び上がってドヤ顔になったサクラが触手を伸ばしてそっとコーンスープが入ったお椀を突っついた。
「ええとね。サクラの中でお椀にスープを入れてから出したんだよ。いつもご主人がするのを見ていたから、中でも出来るかなって思ってやってみたら出来たの! でも、たくさんは無理みたい。今みたいに、ご主人一人分くらいなら出せるよ。もっといっぱい出来るように頑張って練習するね! じゃあもうちょっと水浴びして来るから、何か欲しいものがあったらいつでもお呼びくださ〜〜い!」
もう驚きすぎて声が出ない。嬉々として跳ね飛んで水場へ戻って行くサクラを呆然と見送る。見ると、シャムエル様も齧りかけていたタマゴサンドを掴んだまま、呆然とサクラを見ていた。
「なあ、今のって……なんか、凄くない?」
「うん、凄いなんてものじゃあないよ」
まだ呆然としつつも頷いたシャムエル様は、なんと食べかけていたタマゴサンドを置いて腕を組んで考え込んだよ。
「普通、収納してあるものは、そのまま変化出来ないはずなんだけどなあ……あ、そうか!」
大真面目な顔で考え込んでいたシャムエル様が、唐突にそう言って顔を上げる。
「へ? 何が、あ、そうか! な訳?」
俺の質問に満面の笑みのシャムエル様は何度も頷いている。
「ほら、あの子達は時間経過で中にあるものを変えられるでしょう?」
「おう、それは俺もいつも世話になってるよ。だけど、あれはあくまでも時間経過を変えているだけで、物そのものを変えている訳じゃあないよな?」
「だけど変化には違いないでしょう。要するにそういう事なんだと思う。サクラちゃんは、その更に一段階上の変化が出来る様になったんだよ。つまり収納空間内部での形状の変化と任意の物の移動だね。へえ、これは驚きだ。いつかは実装しようと思って考えていたのに、先にやられちゃったよ」
「ええ、そんなのアリなのかよ?」
「もちろんだよ。この世界には、様々な部分で自分で成長出来るだけの余裕を持たせているからね。ほら、君の収納空間の容量だってそうでしょう?」
得意げにそう言われて、納得したよ。
成る程。元から与えられた部分だけじゃあなくて、自分で努力したり研鑽したりする事で、創造神様が設定していなかった部分までもが成長する可能性があるって事か。もしかしてこれってバグになるんじゃね?
脳内のツッコミは、無言で封印しておく。バグのある世界とか怖すぎるもんな。うん、これはバグじゃない! 成長だ成長!
「そうか。じゃあ、俺ももっと収納出来るように頑張らないとな」
無理やり納得した俺は笑ってそう呟き、マイカップにコーヒーをゆっくりと注いだのだった。
あ、しまった。ついでにミルクも出して貰えばよかった。