貴族の別荘地とアッカー城壁の雪かき
「ああ、やっとアッカー城壁が見えてきたぞ。ううん、それにしても長い一日だったなあ」
街の人達の歓声と拍手と感謝の言葉に送られて街を後にした俺達は、貴族の別荘地を足早に駆け抜けて行き、アッカー城壁までたどり着いたところで俺はため息と共に思わずそう呟いた。
この超巨大なアッカー城壁に造られている見上げる程に巨大な城門は、俺達がお城を買って以降はいつも全開の状態のままになっている。まあ、旅に出る時には閉めるつもりだけどさ。当然、今も城門は開いたままだ。
俺達がお城を買い取った際に、商人ギルドのヴァイトンさんが貴族街の世話役の人に話を通してくれていて、普段、アッカー城壁の開いた城門から雪崩れ込んで来た雪は、基本的に貴族街の人達が撤去してくれている。
だけどまあ、ここは言ってみれば貴族の別荘地の一番端っこの街外れの位置になるので、雪かきと言っても危なくないように雪を道の横に避けてあるだけで、ある意味城門側に雪を押しやったみたいな状態になっているんだよな。
だけど、今夜俺達がここへ到着した時に見た光景は、広い道のあちこちに篝火が焚かれていて、アッカー城壁から大量にあふれて道側に雪崩れた山のような雪を、必死になって雪かきしている使用人の方々だったんだよ。
「うわあ、申し訳ありません! あの、片付けますので!」
止まってくれたマックスの背中から飛び降りた俺は、マックスの頭の上にシャムエル様と一緒に並んで収まっているアクアとサクラを見た。
「おおい、スライム達全員集合〜〜! 頼むからもうひと働きしてやってくれるか。ここの雪も全部片付けちゃってくださ〜〜い!」
飛び降りるなり、従魔達に向かって大声でそう叫んだ俺を見て、雪かきをしていた人達が手を止めて一斉に振り返る。だけど全員のその顔に、こいつ何言ってるんだ? って吹き出しが見えるような不審な表情をしていたよ。
「あの、本当に大丈夫なんで、とにかく下がっていただけますか」
両手を上げて大きく振り回しながらそう叫んでいると、俺のスライム達だけじゃあなく、全員のスライム達が一斉に俺の所へ集まってきた。
「じゃあ、よろしくお願いしま〜す!」
「はあい! おまかせくださ〜〜い!」
俺が巨大な雪山に手をかざしながらそう言うと、嬉々としたスライム達の返事が返った。そして返事と同時に、バスケットボールサイズくらいになったスライム達が雪山に殺到した。
雪山自体もブワって感じに一瞬膨らんで見えたから、多分、フリーの雪スライム達も全員集合していると思う。
そりゃあもう、道にあふれていた雪が無くなるのは一瞬だったよ。文字通りの瞬殺。
そして呆然と立ち尽くす使用人の皆様方。
「お前さん、あのお城を買った魔獣使いだよな……なあ、今、一体何をしたんだ?」
大柄な人間の男性が一人、まだ呆然としつつも俺に話しかけてきた。
「ええと、あ、初めまして。魔獣使いのケンです。はい、今、スライム達に雪を片づけてもらいました。先程まで街へ行ってギルドに協力して雪かきのお手伝いをしていたんですよ。こっちにも人をやるべきでしたね。気が付かなくて申し訳ない」
「ああ、失礼しました。こちらのタングル男爵家に仕える下男頭のダグラスです」
割と本気で謝ったんだけど、ダグラスと名乗ったその男性は、アッカー城壁に一番近い位置に建ってる大きなお屋敷を示しながら、そう言って笑顔で右手を差し出してくれた。当然、俺も笑顔で握り返す。
下男頭って事は、恐らくだけど使用人を管轄する立場の人っぽい。会社で言えば、実際の現場を管理する主任か係長クラスかな?
その、下男頭という地位がどれくらいなのか分からなくて、密かに頭の中で以前の会社の役職に当て嵌めて考えていると、苦笑いしたダグラスさんは顔の前で手を振った。
「いやいや、こっちは街のギルドの管理区域からは外れている、いわば別区画ですからね。なのでギルドが主導して行っている街の雪かきとはそもそも管轄が違うんです。ですからお気になさらず」
「ああ、成る程。じゃあもしかして、この貴族の別荘地にも別のギルドみたいなのがあったりするんですね」
管轄が違うのなら、逆に言えば口出し出来ないって事だもんな。成る程成る程。
俺が勝手に納得していると、その男性は苦笑いしつつ頷いた。
「まあ、ギルドとは全然違うんですが、雪かきに関してはほぼやっている事は同じなのでそう考えていただいても問題ありませんよ。それぞれに担当区域を決めてその場所の雪かきをしています。普段からここは、たいてい一番最後にサクッと行う場所なんですけれど、何しろ今日の雪はとんでもない量でしたからね。屋敷まわりと公共の公園や円形広場を片付けるだけで一日終わってしまったんですよ。それで、ここもいくらなんでもこのままは放置出来ないので、他の区域の人にも応援をもらってやり始めたところだったんです」
「おう、お世話おかけしました!」
思わず本気で謝っていると、俺達が話をしている間にアッカー城壁の向こう側までガッツリ片付けてくれたスライム達が、揃って得意げに跳ね飛んで戻って来た。
「おう、ご苦労さん。じゃあ定位置に戻ってくれていいぞ」
笑って鞄の口を開くと、アクア達が次々に跳ね飛んで中へ飛び込んでいった。他の子達もそれぞれのご主人のところへ跳ね飛んで行ったよ。
ダグラスさんはそんなスライム達の様子を、そりゃあもう目が飛び出さんばかりに見開いて見て、ただただ驚いていたよ。
「スライムって、こう見えて実はすごく役に立つ賢い子達なんですよね。もちろん、他の従魔達だってそうですよ。これに関しては、詳しくは街のギルドマスター達に聞いてください。あ、だけどテイムした魔獣使いがいないと、従魔と言葉は通じませんし言う事も聞きませんから、そこは絶対に大事にしてくださいね」
最悪、魔獣使いやテイマー達からスライムの従魔を強奪されるような事があっては大変なので、慌ててそう付け加える。
リナさんの件があるので、俺の中で貴族の人達は碌な奴がいないって認識になってるんだよなあ。
「分かりました。明日にでも街のギルドへ確認してみます」
真顔になったダグラスさんは、笑顔でそう言うと振り返って周りにいた人達に声をかけた。
「魔獣使い殿が全部片付けてくれたので、本日の雪かきの作業はこれで終了だよ。お疲れさん!」
どよめきと共に、その場にいた人達から歓声と拍手が沸き起こり、俺も笑顔で手を振り返したのだった。