船舶ギルドへ行こう!
相変わらずの大注目の中、俺達は街の中心地を抜けて川へ向かう道をのんびりと歩いていた。
しばらく進むと一気に人が少なくなり、ガランとした倉庫街を通り抜けて船舶ギルドのある大きな通りに出た。
「ここまで来ると、また人が一気に増えて来たな」
広い道には、大きな荷物を積んだ荷馬車が列をなして通り過ぎて行くし、大きな荷物を背負って歩いている人や、馬に乗る人も大勢いる。
俺達が先程通って来た倉庫街は、言って見れば裏道で、屋台の出ていた中心街の広場の横にある、また別の大きな広場まで、この広い道は湾曲しながら続いているそうだ。
ちなみに、そのまま一番大きな道を進むと城門前の広場まで続いているんだって。成る程ね。
「しかし、今だに慣れないのが、街の道だよな」
小さく呟いた俺の言葉に、聞こえたらしいハスフェルが不思議そうに横を向いて俺を見る。
「何が慣れないんだ?」
「いや、この街に限らず、どこの街でも大きな広場があって、そこを中心に放射線状に何本もの道が伸びているだろう? だから、いわゆる直角の四つ角ってのが殆ど無いんだよな。だからさ、今自分がどの方角に向いて歩いているのか分からなくなりそうで、どうにも道に迷いそうで怖いんだよ」
「四つ角?」
「あれ、言わない? 直線道路が交差した場所の事だよ」
そう行って俺は指で線を引いて交差させた部分を指差す。
「ああ、成る程。等分した角が四つあるから四つ角か」
納得したようにハスフェルは笑って、少し近寄って来た。
クーヘンは、ギイと並んで少し前を歩いている。
「この世界では、馬や馬車が主流だから、四つ角のような急な角は馬車が曲がり難い。下手をすれば、接触したり横転したりしかねないからな。なので、大抵の通りは、真ん中にサークルと呼ばれる起点があり、そこを中心に右回りに回って好きな角で曲がるんだよ。それなら馬車でも無理なく曲がれるからな。それで道が放射状に作られるのさ」
「理屈は分かるんだけど、これはもう慣れるしか無いよな。俺はどうしても一つ角を曲がると方角が変わるって思っちゃうからさ。特に俺が育った所は、東西の道を通り、南北の道を筋、って呼んで綺麗に直線道路が交差した四つ角だらけの町だったんだよな。それぞれの道に何々通りとか何々筋とかって名前が付いてて、名前を聞けばそこが何処で、どうやって行くのか行き方が簡単に分かったんだよ。だから、どうしても道を思い出す時の考え方の起点が俺の場合は東西南北なんだよ」
「成る程、面白いな。それならお前はバイゼンに行けば喜びそうだな。あの街は、今お前が言ったように、中心街は盤の目と呼ばれる直線の道が東西南北に真っ直ぐに伸びていて、他とは違う独特の街を作り出しているぞ」
それを聞いた俺は、思わず目を輝かせた。
「へえ、それは楽しみだな。うん、バイゼンへ行く楽しみが出来たよ」
噂に名高い工房都市バイゼン、さて、一体どんなところなんだろうな。
のんびりとそんな話をしながら、マックスの横を人波に沿ってゆっくりと進んで行く、
だけど俺達の周りにだけ妙に空間が空いているのは、もう気にしない事にする。
「こんなに可愛いのにな」
笑ってニニの首に抱きついてやると、周りからどよめきが起こる。
本当にもう、いい加減慣れて欲しいもんだよ。
今日も、大きな帆船がゆっくりと川を移動している。
丁度、船が出発する所だったらしく、大きな音で汽笛が鳴りあちこちから歓声が上がっていたよ。
「今出発したのは、川を遡って王都インブルグまで行く船だな。ほら、王都へ行く船には緑の旗が掲げられているんだ」
ハスフェルの指差す先を見ると、大型帆船の一番前側の帆の天辺に、大きな緑色の旗が掲げられていた。
「へえ、分かりやすくて良いじゃないか。しかし、帆船が川を遡るって、俺のいた場所じゃあ考えられないな」
ゆっくりと遠ざかる船を見送りながら、俺は思わずそう呟いた。
「帆船が無かったのか?」
「いや、そうじゃなくて、俺がいた国にはこんな広い川が無かったって事。ここから対岸が見えないって、どれだけ川幅があるんだよ」
呆れたようにそう呟く俺を、ハスフェルは面白そうに眺めていた。
「じゃあ、今度西アポンへ行く時には、あの陸橋を渡ると良いぞ。自分の足で歩けば、どれだけ川幅があるかよく分かるだろうからな」
笑いを堪えるハスフェルを横目で見て、俺は大きな建物からそのまま続く、巨大な橋を見た。
「ちなみに、ハスフェルが西アポンへ行くならどうやって行くんだ?」
「渡し舟に乗るに決まっている。歩いて渡ったらどれだけ時間が掛かると思っているんだ」
当然のように答えられて、俺は堪える間も無く吹き出した。
「って事は、お前は行かないんじゃないか! 俺だけ、無駄に歩かせるんじゃねえよ!」
堪らず叫ぶと、ハスフェルも堪える間も無く吹き出した。
「何をやってるんだ、お前らは。船舶ギルドに行くんじゃないのかよ」
「ああ、すまんすまん。こいつの話は面白いもんでな、ついつい夢中になっちまったよ」
苦笑いしたハスフェルが振り返り、ギイに小さく目配せをした。
頷いたギイが、クーヘンと一緒に俺達の後ろに付いて一緒に船舶ギルドの建物に入って行った。
「ああ、ようやくのお越しだね。お待ちしてたよ」
俺達がギルドの建物に入ってすぐに、ナフティスさんが奥から出て来てくれた。
「手間を掛けたな。上手く行ったか?」
「任せろ。お前には世話になったからな」
おお、ナフティスさんのドヤ顔頂きました!
「ケン、それじゃあこちらへ。残りの買い取り代金も渡さないとね」
俺とハスフェルは促されるままに奥の部屋に向かった。どうやら、クーヘンとギイはロビーで待っていてくれるみたいだ。
「あ、あれ、ちょっとでも引き取って貰った方が良いかな?」
ベリーが確保したとんでもない数の洞窟内部の恐竜達のジェムを思い出して、また俺はちょっと遠い目になった。
もしもあれを全部買い取りに出したら、ここの船舶ギルドでも間違い無く破産するだろうな……ティラノサウルスのジェムって、幾らぐらいするんだろうな。ちょっと知りたいかも。
「ここで売るなら、トライロバイトとイグアノドンまでにしておけ。それ以上を出すと、一体どうやって狩ったと騒ぎになりかねん」
やっぱりそうだよなあ。
うわあ、出しただけで騒ぎになるジェムって、どうしよう……自分で使うか。
「あ、そうだハスフェル。後で買いたい物があるんだけど、何処で売ってるか教えてくれるか」
「ああ、もちろん。で、何を買うんだ?」
「以前、見せてもらったジェムを割る道具があっただろう。六等分とか、八等分とかにするやつ。あれを一つ持っておくべきかなって思ってさ」
「ああ確かにこれから先の事を考えると、一揃え持っておくべきだろうな。ああ、後で道具屋に連れて行ってやるよ。そこなら売っているぞ」
「じゃあこの後は、道具屋だな」
「じゃあこちらの部屋へどうぞ。今、買い取り金を持ってくるから待っててくれるか」
「あ、それならナフティスさん。冒険者ギルドに口座を作ったんですよ。そこへ入金してもらう事って出来ますか?」
またあの、とんでもない重さの金貨の入った袋を大量に渡される事を考えて、口座に入金してもらえたら楽なのにな、って思ったんだよ。
「ああ、構わないよ。ギルドカードを出してもらえるかい」
トレーを出してそう言われたので、自分のギルドカードを取り出してトレーに乗せた。
「じゃあ手続きをしてくるから、ちょっと待っていてくれるかい」
ギルドカードを持って、ナフティスさんは一旦部屋を出て行った。
小柄な人だからなのか、気配をあまり感じない。
多分、黙って背後に立たれても、いる事に気がつかなさそうだよ。
「あ、そう言えば、ギルドに渡したジェムの買い取り金額、聞いてないな」
「ああ、後から渡したやつか。口座に入金するように頼んでいたからな。絶対忘れてるか、もう渡したつもりになってるかだな」
笑いながらハスフェルがそう言うので、俺はちょっと考えて頷いた。
「ディアマントさんなら、忘れてるってより、もう渡したつもりになってるんじゃないか?」
「恐らくな。まあ、もう入金はされているだろうから、後で残高を確認しておけよ」
「そうだな。一度確認しておくよ」
タロンが胸元に潜り込んで来たので、抱き上げてふわふわでしなやかな手触りを堪能した。
ああ、猫を抱いてるって感じがするよ。癒される……まあ、これは猫じゃ無いけどね。