こんなところでまさかの大雑把設定?
「本当にありがとうな。この恩は忘れないよ」
空樽亭への道をゆっくりとムービングログを並んで進ませながら、ヴァイトンさんは何度もその言葉を言ってくれた。
「別に恩を売ったつもりは全然無いけど、スライム達が街の皆さんのお役に立てて俺も嬉しいですよ」
その度に俺は笑ってそう答えた。
実際、恩を売ったつもりなんて全然無いしさ。
「それにしても、スライムの有用性がこれでまた一つ証明されたなあ。今後も、テイマー達や魔獣使いにお願いして、スライムをもっともっと集めてもらうつもりだよ。逆に、今までこれに気付かなかった自分が情けないよ」
苦笑いしたヴァイトンさんの言葉に、思わず俺も頷く。
「確かにそうですよね」
うんうんと頷きつつ、右肩に座ったシャムエル様を思わず見る。
『なあ、ちょっと質問だけど、例の地脈が弱る前にはテイマーや魔獣使いは大勢いたんだろう? どうして誰もスライムの有効性に気が付かなかったんだ?』
あのリナさんでさえ、俺のスライム達を見て驚いていたもんなあ。
『ああそれは以前の魔獣使いやテイマー達が、狩りでのジェム集め以外の事をほとんどスライム達にさせなかったからってのが最大の要因だね』
シャムエル様の答えに思わず目を見開く。
『そもそもスライムをテイムするのって一番最初、つまり初心者だけでしかもほとんどの人がほぼ一度きりだったんだ。しかもスライムを二匹以上所持していると、魔獣使いになる為の数集めだって、卑怯者なんだって他の冒険者やテイマー達に言われていたんだよね』
驚く俺に、シャムエル様が大きなため息を吐く。
『ほら、以前リナさんが言っていたでしょう? 自分の魔獣をどこで捕まえたとか、そんなの絶対話さなかったって』
その話は聞いた事があったので小さく頷く。
『以前の魔獣使いの人達って、秘密主義的な部分がかなりあってさ。強い魔獣が一匹でもいれば、パーティーを組まずにソロで仕事をする冒険者が多かったのも秘密主義に拍車をかけていたんだろうね。もちろんパーティーを組む魔獣使いやテイマーもいたよ。だけど全体から見るとパーティーを組むのは少数だったね。地脈が弱り出して全体の魔獣やジェムモンスターの数が減り始めてからは、テイマーや魔獣使いの数自体も減る一方だったからさ。特にこの百年くらいで現役の魔獣使いはほぼ壊滅しちゃったんだよね。いても、それほど強くない魔獣やジェムモンスターを連れたテイマーくらいしかいなかったんだ。それ自体もごく少数。街に一人か二人いれば良いくらいだったね』
ため息を吐くシャムエル様の言葉に、初めてレスタムの街へ行った時の冒険者達や街の人達の反応を思い出していた。
「成る程なあ。百年間も魔獣使いがほぼ壊滅状態だったとしたら、確かに百年も生きない人間にとっては完全に過去の歴史レベルの話だもんなあ」
小さな声で俺がそう呟く。
『それに、魔獣使いになれる人って何故かほぼ全員が人間だったんだよね。長命種族で魔獣使いになる人って本当に滅多にいなかったんだ。なってくれても、リナさんみたいに途中で挫折したり自分からやめちゃうんだよね。あれは何故なんだろうねえ? 特に何かそういう設定にはしていなかったと思うんだけどなあ』
俺の右肩でシャムエル様が腕を組みながら不思議そうにしているのを聞き、創造神様に何故って聞かれてどう答えたらいいのか分からず、俺は遠い目になるのだった。
「でも、リナさんなんかは百年以上前から魔獣使いだったわけじゃあないか。まあ彼女は途中ではリタイアしていたけどさ。そういう人なら他にもいたんじゃあないのか?」
俺の質問に、またシャムエル様が困ったように首を傾げる。
「そこなんだよね。いないわけじゃあ無いけど、本当にごく少数なんだよねえ。長命種族がテイマーや魔獣使いにならない理由って、何かあったかなあ?」
なんとなく俺も考えながらゆっくりとムービングログを進ませていて、ふと気が付いた。
「なあ、ちょっと質問しても良いか?」
小さな声でシャムエル様に話しかけると、ムービングログの操作板の上で腕を組んで考えていたシャムエル様が、不思議そうに俺を見た。
「うん、改まってどうしたの?」
「例えばジェムモンスターは、それぞれに全体に出る数や寿命が決まっているって言っていたよな」
「まあそうだね。寿命には数年程度の誤差はあるだろうけれど、一応設定してある寿命期間が過ぎれば、地脈に戻ってまたいずれジェムモンスターとして復活するよ」
「それで、生きている間は、生きていく為にジェムにマナとやらを取り込むんだよな?」
「そうだよ。特にジェムモンスターはそうだね」
「で、長く生きていればそれだけ大きく成長するわけだ。セーブルがありえない大きさにまで育ったのは、それが原因だったよな?」
「そうそう。まああの子の場合は本当に特別だよ。一応一通り調べたけど、あの子のような例は今のところ確認されてないね」
うんうんと頷くシャムエル様に、俺も小さく頷く。
「って事はさ。例えばリナさんやアーケル君みたいな長命種族にテイムされたジェムモンスターは、延々とマナを取り込み続けるわけだから、いずれ全員がセーブルみたいになるんじゃあないのか? それに俺、何も考えずにハスフェルやギイにもホイホイとジェムモンスターを何匹もテイムしてやったけど、あいつらなんてそもそも寿命が無いに等しいわけなんだから、下手をすれば何百年ってレベルで同じ主人にテイムされる事になるよな。それって……色々とまずくね?」
俺の言葉に、尻尾のお手入れを始めたシャムエル様の動きがとまる。
「ああ、それは違うよ。それは心配無いって」
俺を見上げたシャムエル様は笑って首を振った。
「ええとね、テイマーや魔獣使いにテイムされた子達は、数年程度の誤差はあるけれども、それ以上は成長しないよ。主人に紐付けされているから、いわばテイムされた時の現状維持状態な訳。いつの日にかご主人が亡くなれば、その時に解放されて寿命以上に生きていればすぐに地脈に帰っていくわけ。魔獣だった場合は、そこから改めて歳を取っていく事になるね。だけどまあ……主人から解放された魔獣も、あまり長生きしたって話は聞かないねえ」
「ああ、成る程。そう言う仕組みなんだ」
納得して俺も頷く。
「じゃあ、従魔が異常に大きくならないように、長命種族にはテイマーや魔獣使いがいないって説は成り立たないなあ」
俺の呟きに、目を瞬いたシャムエル様が何やら考えこんでいる。
「ああ、そっか。そっちで引っ掛かっている可能性は大いにあるなあ。って事は、あっちの設定をちょっといじって全体に平均化すれば良いのか。これは設定の不備だねえ。よし、これは後で是非ともやっておこう。今なら今後の展開には充分間に合うもんね」
何やら恐ろしい事を嬉しそうにそう呟いたシャムエル様は、俺を見上げて満面の笑みになった。
「さすがは我が心の友だねえ。いやあ、良い事聞いたよ。ありがとうね!」
「おいおい、まさかこの世界の理ってか、初期設定部分まで大雑把にするんじゃあねえよ。頼むからそこは綿密に設定してください!」
思わず、割と真顔でそう突っ込んだんだけど……俺は間違ってないよな?