ドカ雪とバイゼンの街
「お待たせしました〜〜!」
玄関まで広い廊下を走って戻ると、一旦玄関の中へ戻っていた全員が準備万端で待っていてくれた。
「ごめんごめん、それじゃあ行こうか」
マックスの手綱を握りしめながらそう言うと、何故か皆が笑っている。
「大丈夫だからちょっと落ち着けって。そこまで急いでいるわけじゃあないよ」
笑ったハスフェルにそう言って背中を叩かれた。
「そうですよ。ニニちゃんのご機嫌はしっかりとっておいてくれないとね」
からかうようなベリーの声が聞こえて、俺も小さく吹き出す。
「一応、約束の鰹節付きハイランドチキンをあげてきたよ。ゆっくり出来なかったから、戻ったらもう一回あげるつもりだよ」
笑った俺の言葉に、リナさんが不思議そうにしている。
「へえ、ニニちゃんは鰹節が好きなんですか。ルルは肉は大好きだけど鰹節をあげた事は無いわね。どう? 鰹節も好きなの?」
リナさんが、大真面目にルルちゃんを捕まえて質問している。
「出して頂ければもちろん何でも食べますが、その鰹節というのは食べた事がありませんねえ。何の肉なんですか?」
おう、ルルちゃんは鰹節を知らないみたいだ。まあそうだよな。この世界で野生で生きてきたルルちゃん達に鰹節を食べる機会があったとは思えないからなあ。それに料理をしないリナさんやアーケル君が鰹節を持っている可能性も低そうだ。
「鰹節は魚の肉だよ。それを人の手でいろんな手間をかけて固く固く、カチカチになるまで干し乾燥させてあるんだ。それを極薄く削ったのが鰹節だよ。ニニは元々魚が好きだから鰹節も好きなんだけど、ルルちゃん達はどうなんだろうな?」
そう言いながら、鞄に入ったサクラに少しだけ鰹節を取り出してもらう。
「ほら、これが鰹節だよ」
俺が手の上に鰹節を取って見せてやると、二匹は興味津々で俺の手の中の鰹節の匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょっと! ルル、あなた何してるのよ!」
「ギャハハ! パルフェ! 何だよそれ!」
そう言って吹き出したリナさんの声の直後にアーケル君もそう言って吹き出し、遅れて俺達も揃って吹き出したよ。だって、二匹の鼻の穴には両方とも鰹節が吸い込まれて張り付き、息をするたびに鰹節の端っこがヒラヒラと出たり入ったりして動いていたのだ。
「ねえ、何だかすっごくいい匂いがするんだけど、これどうなってるの?」
鰹節初体験のルルちゃんの不思議そうな言葉に、笑いすぎた俺は膝から崩れ落ちたのだった。
「はあ、笑った笑った。笑いすぎて腹が痛いよ」
笑いが収まったところで、笑いすぎて出た涙を拭いつつ改めて外へ出る。
「うわあ、減った雪が補充されてる!」
ついさっき、スライムたちが総出で減らしてくれた庭の雪だったけれども、俺がちょっと席を外したあの僅かな間に半分近くまで雪の量が戻っていたのだ。
風はほとんど無いので吹雪って訳ではないけれども、大粒のぼた雪がまだまだすごい勢いで降り続いている。
「こ、これは確かに災害レベルだ。冗談抜きで早く行ってやらないと街は大変な事になってるんじゃないか?」
時間を食った俺がいうのも何だが、これはマジで急いだ方が良さそうだ。
無言で頷き合った俺達は、それぞれの騎獣に飛び乗り、最大サイズにまで巨大化してくれたセーブルとティグとヤミーの三匹を先頭にして、一気に雪の中を駆け出して行ったのだった。
「おお、貴族街はさすがに頑張ってるなあ」
アッカー城壁を抜けて貴族の別荘地へ到着したところで、思わずそう呟く。
元々、街の中よりも道は広いのだけれども、今はここも一面雪しかない。
だけど、各家からは多分下男とか下働きの服装っぽい人達が大勢出てきて、文字通り人海戦術で庭や玄関先に積もった雪をせっせと雪かきしていた。
見ていると道の両端に時々穴が開いていて、皆そこに雪を落としている。
どうやら、貴族街は雪落とし用の水路が完備されているみたいだ。すげえぞ貴族街。
とはいえ、重労働である事に違いはない。額の汗を拭いながら働く人達を見つつ、邪魔にならないように道の真ん中をゆっくりと進んでいったのだった。
「うわあ、これ冗談抜きで凄い事になってるぞ」
貴族街を抜けて街外れまで来たところで、思わずそう呟く。
とにかくもう、ほぼ全員出てきているだろうってくらいに人が大勢出てきていて、その全員が雪かきをしている。小さな子供達も巨大なスコップみたいな道具を使って一人前に雪を運んでいる。
しかし、予想通りにもう雪は飽和状態に近い。あちこちに巨大な雪の山が出来上がっている。
道の真ん中まで積み上がっている雪の山を乗り越えつつ、俺達はとにかくここから一番近い商業ギルドへ向かった。
「おお、ケンさん。ハスフェル達も来てくれたのか!」
「ああ! 救世主の登場だよ!」
「よかった! これでなんとかなるかも!」
雪かきの邪魔をしないように気をつけつつ、ようやく到着した商業ギルドの建物の前にマックス達とリナさん達には待っていてもらい、俺とハスフェルとギイ、それからベリーが一緒に中へ入った。
そこで、ギルドマスターのヴァイトンさんだけじゃあなくて、何故かほぼ全員から大歓迎を受けたのだ。
「お前さん達を呼びに行かせる相談をしていたところだ。頼む! 無理は承知のお願いだが、スライム達を貸してくれないか!」
真顔のヴァイトンさんの言葉に、俺達の方が目を見開く。
「あれ? もしかして……」
「ああ、ケンさんがスライム達の有用性を教えてくれて以降、ガンスやエーベルバッハとも協議を重ねてとりあえず全部で六名のテイマーをギルド連合の名義で確保出来た。彼らには冒険者を護衛につけて天気の良い日にスライムの巣へ向かわせて、とにかくテイムしまくってもらった。その結果、全部で二十匹のスライムを集める事が出来たんだよ。それで、夜明け前から彼らにはスライムを連れて出てもらい、とにかく街の各地で除雪の手伝いをしてもらっているところだ」
「ですが、とてもじゃないですが全然間に合わなくて」
「それで、郊外のお城まで誰かがケンさん達を呼びに行くべきだって相談をしていたところなんです!」
口々にそう言うスタッフさん達の手にも雪かき用の大きなスコップがある。もちろんヴァイトンさんの手にもね。
「もちろん、その為に来たんですよ。じゃあ、どこへ行けば良いか指示してください! とにかくスライム達なら数がいますから、片っ端から全部片付けますよ!」
拳を握った俺の言葉に、大きな拍手が湧き上がる。
ヴァイトンさんと一緒に外へ出た俺達は、場所を教えてくれるスタッフさん達のあとを追って、それぞれ指示された場所へ向かったのだった。
「ケン、私は街全体を見て除雪の優先順位の高そうなところへ行きますね」
解散する俺達を見たベリーはにっこり笑ってそう言うと、ふわりと宙に浮かんでそのまま空中を駆けて行ってしまった。一瞬だけ、周りに積もった雪が動いたような気がしたから、恐らく他の雪スライム達も街へ散ってくれたんだろう。
「おお、賢者の精霊殿が出てくださるとは、有り難い……」
ヴァイトンさんがそう呟き、深々とベリーの飛んで行った方向へ一礼した。それから顔を上げるなり、手にしたスコップでもの凄い速さでギルドの前の雪かきを始めたのだった。