大雪と緊急事態?
「はあ、ごちそうさまでした。今朝も美味しかったです!」
いつも元気なアーケル君の声に、皆のご馳走様の声が重なる。
「はい、お粗末様。どうする? 今日もお前らは地下洞窟へ行くんだろう? 何だか雪が凄いらしいけど大丈夫か?」
空の食器を片付けつつ、ちらっと窓の方を見ながらそう尋ねる。
「まあ、地下なら雪は関係ないからな。もちろん行くぞ」
笑ってそう言ったハスフェルが、立ち上がってリビングの窓のカーテンを開けた。
その瞬間、何となくハスフェルを見ていた全員が悲鳴をあげたよ。何しろ、窓が全部雪で埋まっていたんだからさ。
「おいおい、どれだけ降ったんだよ」
呆れたような俺の言葉に、無言のハスフェルが窓に顔を近付ける。
「ちょっと外を見てくる。これはさすがにちょっとまずいかもなあ」
割と本気の心配そうな声に、真っ白な窓を見て笑っていた俺は驚いてハスフェルの後を追いかけた。
「ええ、そんなに降ってるのか? だけど、この時期なら雪は降って当然だろう? 何がまずいんだよ?」
廊下へ出たところで立ち止まって振り返ったハスフェルは、俺の質問に苦笑いして外を指差した。
「ここでこれだけ降っているって事は、街も同じくらい降っているって事だ。しかも今もまだ雪は降り続いている。下手をすれば街ごと埋まるような程の雪だぞ、これは」
驚く俺を見て、ハスフェルは真顔で頷く。
「数十年に一度だが、雪に街ごと埋まってしまい、雪の重みで家が崩れて死者が出る騒ぎになる事がある。これはその可能性が大いにあるほどの降り方だ」
無言になる俺を見て、ハスフェルは黙って頷き玄関へ向かって足早に歩く。その後を全員が追いかけて歩いた。
「うわあ、冗談抜きで、確かにこれはヤバい……」
玄関の扉を開けた途端に目に飛び込んできた一面真っ白の雪景色と、まだまだ降っている大粒の雪を見て思わずそう呟く。そもそも普段と積もっている雪の高さが違う。全面これって事は、確かに笑い事じゃあないレベルだよ。
その時俺の頭の中に浮かんだのは、真冬のニュースで何度も見た、豪雪地帯の道路が雪で埋もれて車が大渋滞のまま立ち往生しているニュース映像だった。
基本的な除雪方法が人力しかないようなこの世界で、この雪の量は確かに死者が出るレベルだろう。
「ど、どうするんだよ……?」
「どうもこうもないよ。家が雪の重みで潰れたり埋もれないように、とにかく屋根から落ちた雪を運んで場所を開けるしかない。まあ、何処まで運べるかで被害の大きさは変わるだろう。今頃各ギルドは大騒ぎになっていると思うぞ」
予想通りの言葉に、言葉を失った俺だったが、不意にある事を思いついて思わず持っていた鞄の中を覗き込んだ。
「なあ、ちょっと聞くが、お前達ならこの雪を食べる事は出来るよな?」
「雪を食べるの? ええと、どれくらいまで食べたらいいの? 全部?」
アクアゴールドが鞄からパタパタと羽ばたきながら出て来て玄関先を埋め尽くしている雪を見る。
「今、すごく雪が降って、街の人達が困っているんだよ。完全に無くすまで食べなくていいけど、いつもの街になるくらいまでなら食べられるか?」
「そんなの簡単だよ」
鞄から他の子達も飛び出してきて、一瞬で全員がバラけて転がる。そのまま雪の中に突っ込んで行った。そしてそれを見て、ハスフェル達が連れていたスライム達も一瞬でバラけてアクア達の後を追って雪の中を転がっていった。
「お、お前らも手伝って雪を食べちゃってくれ!」
アーケル君の声にリナさん達やランドルさんの声が重なる。
全員のスライム達が一斉にバラけて大挙して雪に突っ込んでいった。
「うわあ、自分で頼んでおいて言うのも何だけど、あいつら、あり得ないだろう」
吹き出した俺の言葉に、ハスフェルも吹き出しつつ大きく頷く。
何しろ、ものすごい勢いで目の前に積もっていた雪が減っていくのだ。これ、一時間もしないうちに見える範囲の雪を全部食いそうだ。
「おおい、ちょっと待って! もういいから全員集合してくれるか!」
ここの雪は別に積もっていても問題無いから慌てて止める。
「ご主人、まだ全部食べてないよ?」
跳ね飛んできたアクアを抱きしめてからハスフェルを振り返る。
「なあ今思ったんだけど、これって地下洞窟にいるあの雪スライム達にも手伝ってもらえないかな? アクア達と一緒に行動すれば、多分街の人には気付かれないと思うんだけど」
『ああ、それはいい考えですね。ちょっと聞いてみますね』
突然頭の中にベリーの声が聞こえ、しばらくの沈黙の後にまたベリーの声が聞こえた。
『雪スライム達は、姿さえ人に見られないなら大丈夫だって言ってくれましたよ』
トークルーム全開なので、ハスフェルとギイも安堵のため息を吐いている。
「それなら、俺達が連れているスライム達を全員連れて街へ行こう。ギルドマスターに話して、スライム達には見えるところで働いてもらい、雪スライム達には隠れてこっそり雪を減らしてもらえばいい」
全員が拍手をして、俺はそのままマックスの背中に飛び乗る。
一瞬で合体したスライム達がそれぞれのご主人の所へ飛んで行くのを見て、俺は鞄を開けてアクア達を中に入れてやった。
「よし、とにかく街へ行こう! 留守番組は、ここで大人しくしていて……」
そこまで言った時、無言で俺を見ているニニと目が合った。
あ! 昨夜、寝る前にニニに約束してたよな、俺。
「ご、ごめん。ちょっとだけ出掛けるのを待ってくれるか!」
慌ててそう言い、俺はニニを連れて駆け足で部屋まで戻った。留守番組の子達が一緒についてくる。
「俺も一緒に留守番の予定だったけど、ちょっと緊急事態なんだ。ごめんよ。今は我慢してくれるか。帰ってからもう一回ゆっくりあげるからさ」
ニニの大きな頭を抱きしめながらそう言い、大急ぎでサクラに頼んでハイランドチキンの胸肉を出してもらう。これは従魔達用に切ってから収納してある分だ。
「はいどうぞ。これが約束の鰹節だよ」
胸肉の上に取り出した鰹節を惜しみなく振りかけてやる。
嬉しそうに顔を上げてクンクンと匂いを嗅いだニニは、山盛りの鰹節に鼻先を突っ込んで食べ始めた。
「落ち着いて食べろよ。誰も取らないって」
興奮し過ぎて鼻息で鰹節が飛び散ってる。笑いながらお皿に戻してやり、ニニが食べ終えて満足して身繕いを始めたのを見てから、俺は大急ぎで玄関へ走って戻ったのだった。
なので、俺の後ろをついて部屋まで一緒に戻ってきていたカッツェが、焦る俺がニニだけに鰹節付きのハイランドチキンの胸肉をあげるのを見ながらもじっと我慢をしていて、俺がいなくなった後に空になったまま収納するのを忘れていたお皿を悲しそうに舐めていたのに、俺は全然気が付かなかったのだった。
ごめんよカッツェ……。