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宿と居酒屋

 受付で宿代を払った俺は、ギルド職員の案内で、すぐ隣に建つ、これまた大きな建物に連れてこられた。外は日が暮れ始めて空が赤く染まっている。


「こちらが宿泊所になります。従魔とご一緒に泊まれるのは、庭付きの一階のお部屋になりますのでこちらの部屋をどうぞ」

 案内されて入った部屋の広さに俺は驚いた。ベッドと机と椅子が置いてあるだけの、ビジネスホテル並みに何にも無い簡素な部屋だけど、掃除が行き届いていて十分に綺麗に見える。

 部屋の奥には外に出る大きな扉が開いていて、そこから広い庭が見えたのだ。

 外へ出てみると、隣の庭とは背の高い木製の柵で区切られていて、それなりにプライバシーも安全も保てる仕様になっているようだ。

 保安の面では一階は若干不安もあるが、あの受付での皆の反応を見ると、マックスやニニが付いている俺に、そう簡単に手出しする勇者がいるとは思えなかった。

「良い部屋だね。これで本当に銀貨一枚なのか?」

 俺の言葉に、職員の男性は苦笑いをして首を振った。

「ここが建った頃は、魔獣使いも大勢おられて、一階の庭付き部屋は予約待ちになる程だったそうですけれど、今では、庭付きの部屋は需要が少ないんです。同じ部屋でも気にしないと言われて、数名一緒に借りられる方が庭付き部屋の主なお客様ですね。そもそも宿泊所で一番需要が多いのは、一人で泊まれる小さな部屋なんですよ」

 成る程ね。そこら辺りはまさしくビジネスホテルと同じだね。

 職員さんの説明に、俺は納得して荷物を置いた。

「こちらが部屋の鍵になります。自炊なさるのなら、奥に水場がありますのでそちらでお願いします。何かありましたら、ギルドの受付へどうぞ」

 俺に部屋の鍵を渡して、職員さんは部屋を出て行った。

 それを見送って、言われた奥の部屋を見に行くと台所があった。


 うん、これは紛う事なき台所だよ。


 壁に作りつけられた石造りの水場には、二段になった大小の水槽があり、よく見ると上の水槽の底から水が湧いている。一段高くなったその水槽からあふれた水が、一段下がったところにある別の大きな水槽に流れるようになっているのだ。さらにそこから流れた水は、床の端に作られた排水溝らしき穴の中へ流れていっている。すごいぞ、上下水道完備かよ。

「一番上が、飲み水用で、二段目が洗い場だよ。どこもこんな感じだから、一番上の水場で汚れたものを洗ったりしないように注意してね」

 突然聞こえた、聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、俺の右肩にシャムエル様がいつものように座って手を振っていた。

「なんだよ。チュートリアル期間は終わったんじゃ無いのか?」

 笑いながらそう言って突っついてやると、指を掴んで笑っている。

「だって、ケンを見てたら面白そうだからさ。気が向いたらご一緒させてもらうね」

「あんたは他の人には見えないんだよな?」

「そうだよ、私の声が聞こえて姿が見える人間なんて、多分この世界では君と君の従魔達だけだね」

 あ、やっぱりマックスやニニにも見えてるんだ。

「そっか、まあ良いや。よろしくな」

 掴まれた指先を握手するように上下させると、シャムエル様は、何がおかしいのか声を上げて笑っていた。


「さて、お前らはどうする? 一緒に行っても良いのかな?」

 水場で手を洗ってから振り返ってそう聞くと、ニニとマックスは揃ってお互いを見た。

「じゃあ私はお留守番していますから、マックスはご主人をお願いね」

 ニニがそう言って、大きなベッドに当然のように潜り込んだ。お前……自分が寝ていたいだけだろう。

 おそらく雑魚寝仕様なんだろう、部屋に置かれていたのは相当デカいベッドなので、大きくなったニニが寝てもまだ余裕がある。

 早速丸くなったニニを見て、俺は思わず吹き出した。大きくなっただけで、全然変わってないよ。

 手を伸ばして、その大きな頭から喉元を撫で回してやった。


 ニニの鳴らす喉の音を、抱きついてしばらく堪能した。ああ、癒される……。

 いかんいかん、このまま抱きついてたら寝てしまいそうだ。慌てて手を離して起き上がると、大きく伸びをする。


「まあ良いや。じゃあ、ニニは留守番しててくれよな。ファルコはどうする?」

 スライム達は当然のように、丸くなったニニの枕元に並んで収まっている。

「私も行きます」

 ファルコの返事に、俺は鞄から革の巾着を出して、金貨をあと六枚取り出した。

 ベルトの小物入れに、金の入った巾着を入れて、鞄は部屋に置いていく事にした。ちょっと考えて、ハンカチ代わりの手拭いっぽい布を一枚だけ取り出して、ポケットに押し込んでおく。

「じゃあ行ってくるよ、留守番よろしく」

 顔もあげずに尻尾で返事をするニニを見て、俺はもう一度小さく吹き出したのだった。



 俺はマックスとファルコを連れて、ヘクター達の待つ隣のギルドの建物へ戻った。

「お待たせ。ええとこいつらが一緒でも構わないか?」

 マックスの首を叩いて尋ねると、苦笑いして頷かれた。


 ギルドの外に出て、ヘクターが案内してくれたのは、すぐ近くにある居酒屋っぽい店だった。

 外にもずらりと机が並んでいて、言われるままに一番端の机に座る。成る程、ここならマックスやファルコがいても他の客の迷惑にならないな。

 一人で感心していると、マックスは当然のように俺の後ろに座って落ち着いてしまった。

 店内には大勢の人がいるようだが、外の机はあまり人が座っていない。

 俺達が座った事に気付いたエプロンをしたおっさんが、大きな木のビアマグみたいなのを人数分持って出て来て机に置いた。

「いらっしゃいませ。あの……ちょっとお尋ねしますが、その後ろにいる大きなのは……まさか、従魔ですか? その肩に留まってる大きな鳥も……?」

 おっさん、めっちゃビビってるよ。ごめんね。

「俺の従魔ですよ、大人しいから大丈夫ですのでご心配なく」

 手を伸ばしてマックスの首を叩いてやる。マックスは嬉しそうに一声吠えた。ついでにファルコを肩から下ろして、椅子の背に留まらせてやった。

「おお、本当ですね。ではごゆっくりどうぞ」

 おっさんは怖がってることを隠しもせずにそう言うと、下がってしまった。おい、料理の注文は?

「まずは乾杯しよう。ああ、その前に仲間を紹介しておくよ」

 ヘクターの言葉に、確かに、彼以外は名前も聞いていなかったのを思い出した。

 彼の仲間はあと三人、全員がほぼ俺と同世代らしき男性だ。


 女子は! 女子の冒険者は何処! 女子の冒険者様カモーン!

 思わず脳内で叫んだ俺は、間違ってないと思う。



「ライムだ。よろしくな」

 そんな俺の脳内での葛藤など知るはずも無く、にこりと笑って最初に名乗ったのは、槍を持った大柄な人だった。

「ケンです。よろしく」

 手を握り返して驚いた。ものすごいタコだらけのカチカチの手をしている。俺もタコはあるけど、比じゃないね。

「バルーンだ、よろしく」

 もう一人は、やや小太りの一番背が低い男だ。

 彼も、硬い手をしている。

 最後の男性は、明らかに他の三人とは違って柔らかい手をしていた。

「フランツだ、よろしくな」

 もしかして、彼は魔法使いか?

 腰に剣は差しているが、明らかに他の人より細くて短い。

 思わずまじまじとフランツと名乗った彼を見る。左手には短い杖も持ってる。

「何だ。術師を見るのは初めてか?」

 その視線に気付いて、フランツが面白そうに杖を見せてくれた。

 術師。いかにも魔法使いっぽい名前だね。

 小さく頷く俺を見て、フランツは苦笑いしている。

「まあ機会があれば、俺の術を見てやってくれよな」

 そう言って立ち上がった。

「じゃあ取ってこよう」

 意味が分からずにいると、ヘクターに立つように言われて店の中へ連れて行かれた。マックスとファルコは大人しく席で待っている。

 あ、成る程。バイキング形式なわけか。

 店の一角には、幾つもの料理がぎっしりと並んで置かれていた。

 大きな皿を渡されて、皆がどんどん取るのを呆れて見ていたが、負けじと俺も参加したよ。

 料理はどれも美味しかったです。

 それに、見た目も、俺の知ってる料理とさほど変わらなかった。良かった。料理には、視覚も大事だもんね。

 今食べてる肉が、何の肉かは考えない事にしたけどね。


 酒だけはおっさんが持って来てくれて、料理は自分で取りに行くらしく、色々話しながら大いに飲んで食ったよ。

 お陰でいろんな事が分かってきた。


 冒険者と言ったって、特に明確な決まりがあるわけでは無く、依頼を受けるかどうか判断するのは自分である事。まあ要するに、全て自己責任って事だね。

 護衛の依頼が主だが、モンスターが出たら討伐の依頼が来る事もあるらしい。その場合はギルドから直接、適任者に依頼が来る事が多いとも聞いた。

「俺達だっていつも一緒にいるとは限らないよ。依頼に応じて面子が変わるのはよくある事だ」

 成る程、仲間(パーティー)と言っても、いつも決まったメンバーってわけでも無いのか。

 焼酎の水割りっぽい酒を飲みながら、俺はこの世界の情報収集に勤しんだよ。


 そして、一つ分かった事がある。

 この世界の奴らは、皆めっちゃ食うし、酒にも強いって事だ。

 警戒して、セーブして飲んでて良かったよ。

 これ、うっかり同じペースで飲んでたら絶対潰されてるパターンだったね。


 机に転がるビアマグを見ながら、俺はマックスにもたれかかった。

「お酒の匂いがします。大丈夫ですか?ご主人」

 心配そうなマックスの言葉に、俺は笑って抱きついた。

「大丈夫だよーって、ちょっと世界が回ってるだけ」

 大きく深呼吸をして、空になった皿を下げてるおっさんを見た。

「これ、勘定ってどうなってるんだ?」

「うちの店は、夜はお一人、銀貨二枚だよ」

 飲み放題、食べ放題で一人二千円……安いんだろう、多分。

「じゃあ、五人分払っとくよ」

 そう言って、ベルトの小物入れから革の巾着を取り出して金貨を一枚渡した。

「有難うございます。またご贔屓に」

 にっこり笑うと、おっさんは金を手に店へ戻って行った。

「ヘクター、金は払ったからな。俺はそろそろ帰るぞ」

 隣で、まだ飲んでる彼に声を掛けて、先に宿泊所へ戻った。

「ごちそうさん!また飲もうな!」

 酔っ払いの大声に見送られて、俺は宿泊所へ戻った。


 ベッドで丸くなる、ニニの腹毛の海に当然そのままダイブしたよ。

 腹一杯飲んで食って、もふもふの腹毛の海で眠る。ああ最高の幸せだね……。

 あっと言う間に爆睡した俺を、シャムエル様が呆れた目で見ていたのに、俺は最後まで気付かなかった。

 ってか、途中からシャムエル様の存在自体、すっかり忘れてたね。……てへ。

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