不安と安堵
『おはよう。もう起きてるか?』
従魔達とのもふもふタイムを満喫した俺が一息ついたところで、タイミングよくハスフェルから念話が届いた。
『おう、おはよう。もう起きてるよ。じゃあリビング集合な』
『了解』
ハスフェルとギイの返事が重なって聞こえて、すぐに気配が消える。
「さてと、それじゃあまずは朝飯だな。ええとじゃあニニはここで……ああ、一緒に来るんだな。了解、じゃあ行くか」
スライム達が入った鞄を手にした俺は、いつもの留守番組を部屋に残して、ニニも一緒に従魔達を引き連れてひとまずリビングへ向かった。
「ああ、おはよう」
「おはようございます。今日はちょっと雪が降っていますよ」
「おはようございます。夜の間にかなり降ったみたいで、相当積もってますよ」
「おはようございます。確かに今日はちょっと外に出るのをためらうくらいに積もっていましたよ」
ちょうど廊下へ出たところで、タイミングよくアーケル君達草原エルフ三兄弟に会って、挨拶を交わしながらそんな話を聞きながら一緒に廊下を歩く。
確かに今日は外の様子の確認はしていなかったけど、そこまで降っているのなら、もう今日は休みにしてもいいんじゃあないかと考えて、全員揃っているリビングに到着して椅子に鞄を置いたところで不意に手が止まった。
昨夜シルヴァ達は、ニニにもう地下へ行くなとこっそり教えてくれたけど、あれってお腹の子供に何かあるかもしれないから止めてくれたんだと思っていたけど、そうじゃあなくて……もしかしたら今日、彼ら全員がなんらかの災難に遭う予定だった、とかって可能性はないか? それで、何かあった時に一番危険そうなニニをとにかく優先して止めてくれたんだとしたら? もしもそうなら、ニニが行かなかったらその分代わりに他の誰かに災難が降りかかるなんて事は……無いよな?
不意に思い付いたその恐ろしい考えは、あっという間に俺の頭の中を埋め尽くしてしまった。血の気が引いて指の先が冷たくなっていくのがわかって、とりあえず倒れないように椅子に座る。
そうだよ。ここへ来てからって最初以外は良い事ばかりが続いて安心していたけど……こういうのをなんて言うんだっけ? あ、そうだ。好事魔多し……だよな。本当になんか最近良い事ばっかりだったから、きっとここら辺りで何かドカンと良くない事が起こりそうな気がしてきた。
ああ駄目だ。考えただけで怖くなってきたぞ。
一人座ったまま青くなっていると、不意に右肩にシャムエル様が現れた。
「よし、今朝のお祈りタイム終了! 今朝もいつものタマゴサンド〜〜! あれ? どうしたのケン。顔色悪いよ? 大丈夫?」
心配そうなシャムエル様の言葉に、ソファーで寛いでいたハスフェルとギイが、揃って驚いたように俺を見た。
「おいおい、ケン。顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「確かに、顔色が悪いな。大丈夫か?」
慌てたようなハスフェルとギイの言葉に、俺はなんと言ったらいいのか分からず戸惑うように彼らを見上げた。
「うん、まだちょっと眠いだけで大丈夫だよ。だけどそうだな。皆が出かけたらちょっとくらい昼寝でもさせてもらおうかなあ。ああ、それよりごめんよ。朝飯はいつものメニューでいいかな。ちょっと寒いみたいだし、スープも出しておくよ」
出来るだけいつも通りになるように、苦笑いしながら肩をすくめてそう言って笑い、鞄に手を突っ込んでいつもの朝食メニューを順番に並べていく。
そんな俺を無言で見た二人は、顔を見合わせて黙って首を振った。
「まあ、無理はするなよ」
「そうだな。別に昼寝しててくれても全然構わないからな。おお、美味そうだな。俺は今朝はおにぎりにしよう」
笑ってそう言い、立ち上がってこっちへ来たハスフェルが、俺の前に並べたおにぎりを取っていく。立ち上がったギイは、パンをいくつも取ると簡易オーブンに突っ込んで焼き始めた。それを見て、パンと一緒に食べられそうな揚げ物や野菜も色々と出しておいてやる。
具沢山の野菜スープを火にかけ、温まったところで火を止めてお椀を取り出して、まずは自分の分を用意した。
いつもの簡易祭壇に取った料理を並べる俺を、二人は何か言いたげにしつつ黙って見ていた。
「おはようございます。今朝はタマゴサンドと野菜サンドと野菜スープ、それから岩豚のトンカツです。少しですがコーヒーと一緒にどうぞ」
目を閉じて小さな声でそう呟き、頭の中で必死になってシルヴァ達に呼びかけた。
『なあ、俺の思い過ごしだよな。地下洞窟には、ニニが行かなければいいだけで、他の皆には危険は無いんだよな?』
答えが返ってくるのは期待していない。だけどそう聞かずにはいられなかったんだよ。
シャムエル様に、何を馬鹿な事を考えているんだって笑い飛ばして欲しかった。収めの手に、いつもみたいに料理を持って行った後に、大丈夫だって意味のOKマークを見せて欲しかった。
しかし当然だけど頭の中にシルヴァ達の声は聞こえず、俺は一つ深呼吸をしてから顔を上げて目を開いた。
「うおっ!」
驚くくらいにすぐ近くに収めの手の両手バージョンがいて、目を開いた俺の頭を広げた両手で包み込むみたいにして抱きしめてくれた。
それから俺が従魔達にいつもしているみたいに、俺の顔を両手でそっとおにぎりにしてくれたのだ。
もちろん収めの手に実体は無いので、触られても物理的な接触の感じは一切ない。それでも、半透明の両手はまるで俺を慰めるみたいに、何度も何度も優しく俺の頭を撫でたり両頬の辺りを揉んだりする振りをしてくれた。
『大丈夫、なんだよな? もちろん、普通にいつもと同じような危険はあるだろうけど、ハスフェル達や従魔達が何か特別危険な事や、特別危険な場所へ行ったりするような事は……ないんだよな?』
半泣きになった俺の問いに、手を離した収めの手が俺の目の前で大きなダブルOKマークを作ってくれた。
『うん、安心した。ありがとな』
ちょっと出てきた鼻を啜りつつ誤魔化すようにそう答えて、俺は安堵のため息を吐いたのだった。
「ああ、ごめんよ。待っててくれたのか」
振り返って俺を見つめていたハスフェルと目が合い、焦ってそう言いながら料理を席に運ぶ。
「そんなに急がなくても大丈夫だって」
笑ったハスフェルがそう言い、にっこり笑ってギイも一緒にサムズアップをしてくれた。
彼らの気遣いにまた出そうになった涙を誤魔化すみたいに鼻を啜り、俺も笑顔でサムズアップを返したのだった。