無言の警告?
「ただいま戻りました〜〜〜!」
ドアチャイムの音がしてからしばらくして、ドヤドヤと賑やかな足音と共にアーケル君達の声が聞こえて全員がリビングに雪崩れ込んできた。
「おう、おかえり〜〜」
豚汁の入った寸胴鍋を簡易コンロに設置していた俺は、そう言いながら笑顔で振り返った。
「ただいま戻りました! ご主人!」
ご機嫌で尻尾扇風機にしたマックスが、そう言いながら飛びついてくる。
「どわあ〜〜待て待て! ステイだ! 火があるところは来ちゃ駄目だろうが!」
後ろに倒れそうになった俺が慌ててそう言いながら踏ん張ると、即座に我に返ったマックスが、俺の袖口を軽く噛んで引き戻してくれた。
「うう、申し訳ありませんご主人。嬉しくてつい突撃してしまいました」
一気にしょんぼり顔になるマックスの大きな頭を両手を広げて抱きしめてやる。
「大丈夫だぞ。ちゃんと止まってくれたもんなあ。えらいぞ」
両手で首周りをよしよしと何度も撫でてやる。
手を離すと、当然のように今度はニニが腕の間に頭を突っ込んできたので、これも当然ハグして撫で回してやる。
ものすごい音で喉を鳴らすニニも力一杯抱きしめてもふもふを堪能してから、ちゃんと順番待ちをしていた賢い従魔達を、当然心ゆくまで撫でたり揉んだりおにぎりにしたりしてやった。
腹減り小僧達が待っているのは分かっているんだけど、従魔達とのスキンシップも重要なんだよ。
「ごめんごめん、お待たせだな」
ようやく最後のセーブルが離れてくれたので、サクラに抜け毛をしっかりと綺麗にしてもらってから、俺は笑って振り返った。
「ああ、構いませんよ。従魔達にとっては大好きなご主人との再会ですもんね」
ランドルさんの言葉に、皆も笑って口々に同意してくれた。だけどまあ当然だけど、全員がもう席に座って待ち構えているんだけどさ。
「大丈夫だ。今日はもう作ってあるからすぐに出せるよ。はいどうぞ。こっちが大盛りで、こっちが並盛り、ええと普通サイズだよ」
そう言いながら、作り置きしておいた卵とじカツ丼の大盛りと並盛りを次々に取り出して並べていく。
当然のごとく、全員が大盛りサイズを確保するのを見て、小さく笑った俺は、自分用に一つだけ取って残りは収納しておいた。
それからソースカツ丼も並盛りサイズを一つだけ取り出して見せる。
「今のが定番の卵とじタイプで、こっちはソースカツ丼だよ。たっぷりのキャベツと甘辛いソースがおすすめです! どちらも岩豚の肉を使ってるぞ。それから、これは豚汁。これにも岩豚が入ってる。他の付け合わせは適当に出すから好きなのを取ってくれればいいよ。カツ丼各種のおかわりが欲しい人は、俺に言ってくれたら出来立てを出すからな。じゃああとは好きに食え! 以上!」
元気よく返事をして、付け合わせと豚汁に群がるアーケル君達を見て思わず吹き出した俺は、半分ずつはシャムエル様に取られるだろう事を予想して並盛りのカツ丼とソースカツ丼の両方を確保しておいたよ。
それからお椀にたっぷりの具沢山豚汁を用意して、いつもの簡易祭壇に一通り並べる。それから、付け合わせにはにんじんと大根の浅漬けとほうれん草の煮浸し、おからサラダを小皿に多めに取り分けて一緒に並べる。思いついて冷えたビールも一本だけ取り出して並べた。
「ええ、今日の夕食は、岩豚トンカツで卵とじカツ丼とソースカツ丼を作ってみました。岩豚の豚汁と付け合わせも色々あります。それから冷えたビールも一緒にどうぞ」
目を閉じて手を合わせて小さな声でそう呟くと、いつもの収めの手が現れて俺を何度も撫でてから料理を順番に撫でたり持ち上げたりした。
それから一瞬でニニのところへ移動して何度もニニの頭や背中を撫でた後に、何故かお腹の辺りを何度も何度も撫でてから俺に向かって地面の下を指差し、それからすごい勢いでばつ印を作って止まった。
突然の出来事に驚いていると、収めの手はもう一度下を指差してからばつ印を作って、それから消えていった。
横を見るとハスフェルとギイだけじゃなくて、机の上にいたシャムエル様までが、突然の収めの手の行動に驚いて揃って目を見開いて固まっていたのだ。
『なあ、今のってもしかして……シルヴァ達がジェスチャーで何か訴えていたんだよな? ニニのお腹を撫でた後に下を指差してばつ印って事は、もうニニには地下へは行くな……って事だよな?』
どう考えても、今のジェスチャーゲームの正解はそれしかない気がする。
俺の念話での質問というか確認に、ハスフェル達も困ったようにしつつも頷いている。
シャムエル様を横目で見ると、もの凄い勢いで何度も頷いた後に口の前でばつ印を作った。
『これ以上は、私もシルヴァ達も何も言わないよ! 不確定な未来について事前に人の子に語るのは、神々にとって最大の禁忌だからね!』
横を向いて断言するシャムエル様を、俺は無言でそっと両手を伸ばして抱きしめた。
「分かった。じゃあ明日からは、俺が寂しいからニニには留守番していてもらうよ。それでいいんだな?」
両手で包み込んで小さな声でそう話しかけると、シャムエル様はそっぽを向きつつ小さく頷いてくれた。
ありがとう。本当にありがとう。何があるのかは分からないけど、来るかもしれない危険からニニを、いや、ニニとお腹の子供達を守ってくれたんだな。
安堵のため息を吐いた俺は、手の中のシャムエル様に感謝を込めてそっと頬擦りをした。
「痛い痛い! ちっこい足で蹴るなって!」
突然、ゲシゲシと力一杯頬を蹴られて慌てて顔を上げる。
『もう、油断も隙もないねえ。大事な尻尾に鼻水つけるんじゃあないよ!』
『言いがかりはやめてくれ! 鼻水なんてつけてないぞ!』
尻尾を前脚で抱きしめながらの念話で文句を言われたので、俺も念話で返しておく。
俺を見てフンと鼻で笑ったシャムエル様は、尻尾を軽く叩いてから素知らぬ顔で大きめのお椀を一瞬で取り出し、定番味見ダンスをものすごい勢いで踊り始めた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャカジャカジャン!」
そして当然のようにすっ飛んできて隣に並び、即座に完コピで踊るカリディア。
「おお、良かった。夕食は味見ダンスだ。あの、どう聞いても、失職! にしか聞こえない試食ダンスはもう勘弁して欲しいんだよなあ。笑い過ぎて、主に俺の腹筋が痛いんだってば」
気分を変えるように小さく笑ってそう呟き、キメのポーズを取るシャムエル様とカリディアを見て、もう一度安堵のため息を吐いた俺だったよ。
「まずはその卵とじカツ丼を半分ください! ソースカツ丼は後でおかわりでもらいます! あ、豚汁と付け合わせはここにください!」
そして予想通りのシャムエル様の言葉に笑った俺は、受け取ったお椀に、まずは卵とじカツ丼をたっぷり取り分けてやったのだった。