作り置きの山!
「ううん、さすがにこれだけ揚げ物が続くとそろそろ嫌になってきたぞ」
広い厨房に幾つもあるコンロに一番大きなフライパンを並べて、大量の揚げ物を同時進行で揚げていた俺は、一区切りついたところでそう言って大きなため息を吐いた。
なんとなく体全体から油の匂いがする気がする……これは後でサクラに綺麗にしてもらおう。
「ええと、ところで今って何時頃だ? かなりの時間料理していた気がするんだけど、あいつらってまだ戻っていないんだよなあ?」
ふと我に返って、散らかった机の上の片付けをしてくれているスライム達を見る。
「外はそろそろ日が暮れる時間だね。だけどまだまだハスフェル達は帰る気がないみたいだけどねえ」
俺が何か作る度に横で試食のつもりの失職ダンスを踊っていたシャムエル様は、今はのんびり寛ぎながらそれはそれは真剣に尻尾のお手入れの真っ最中だ。
「元気だねえ。まあ、楽しんでいるみたいだから別にいいんだけどさあ。さて、それならまだ少し時間があるのか。あとは何を作るかねえ」
そう考えて、油の切れた揚げ物を収納しているサクラを見た。
「よし、俺が食べたいから夕食は岩豚トンカツでカツ丼にしよう。それなら味噌汁をもう少し作っておくか。じゃあ、まずは出汁を取るところからだな」
作るものが決まれば、あとは作るだけだ。
一番大きな寸胴鍋を全部で三つ取り出して、そこにそれぞれたっぷりの水を入れて切ってあった出汁昆布を数枚ずつ沈めてから火にかけておく。
お湯が沸くまでの間に、出汁を濾す為の準備もしておく。
「鰹節はまだまだ大量にあるな。よしよし」
取り出したのは、出汁を取る用の荒削りの鰹節だ。少し油臭かった厨房に鰹節の良い香りが一気に広がる。
はあ、深呼吸深呼吸……。
湯が沸いてきたらたっぷりの鰹節を鍋に投入して火を止める。
鰹節が完全に沈んだら、手早く濾してからもう一度火にかけて追い鰹を入れて二番出汁も取っておく。これはこれで、煮物や料理をするときに重宝するんだよな。
出汁の素なんて便利なものはこの世界には無いんだから、料理をしようとしたら自分で作って使うしかない。
二番出汁もたっぷりと作り、取り出した昆布はサクラに収納しておいてもらう。これは、今度時間のある時にまとめて佃煮にする予定だ。いや、マジでめっちゃ肉厚で柔らかそうだから、刻んで砂糖と醤油とみりんとお酒で甘辛く炊いておいたら、ご飯の友になるよ。おにぎりの具にもピッタリだし、お弁当に添えてもいいからな。
それから、手の空いているスライム達に、玉ねぎのスライスをたっぷりと作っておいてもらう。
「どうせ収納しておけるんだから、カツ丼も作っておけばいいんだよな。よし、作るか」
そう呟いた俺は、小さめのフライパンをありったけコンロに並べ、玉子三個にカツ二枚にご飯大盛りバージョンを大量に作った。それから、玉子二個にカツ一枚の普通バージョンも大量に作っておく。
ここでなんだか楽しくなった俺は、大きめの片手鍋に各種ソースを入れ、蜂蜜と砂糖も少し入れてソースカツ丼用の甘辛ソースも大量に作り、スライム達にはキャベツの千切りを大量生産してもらって、ソースカツ丼も大量に用意したよ。
味噌汁は、岩豚のバラ肉を大量に入れ、わかめと豆腐に加えて根菜類もたっぷりと入れた具沢山豚汁と、定番のワカメと豆腐に小ネギを散らした味噌汁を用意した。
それから、豆腐専門店で買ってきたがんもどきを使って煮汁たっぷりのがんもどきと根菜類の煮物と、これもお出汁を効かせた柔らか生湯葉と生麩のあんかけ汁も作っておいた。
まあ、この辺りは所詮は素人の作る家庭料理だよ。あの店で食べた煮物と俺の作る適当煮物を一緒にしてはいけない!
まだ時間があったので、サクラに料理の在庫を聞きながら確認していき、メインの、特に肉料理はガッツリあるのだけど、どちらかと言うと俺がよく食べる和食系の特に小鉢や煮物が減っている事が分かった。
って事で、このあとはほうれん草の煮浸しやほうれん草の卵とじ、和風の煮卵や煮豆なんかをせっせと作っていった。
もちろん、俺が大好きなおからサラダや揚げ出し豆腐なんかも量産したよ。
「よし、これでしばらくは大丈夫だろう」
煮物なんかはそれなりの大鍋でまとめて作って一旦時間経過で冷ましてもらい、改めてもう一度温め直してから収納しておく。
煮物は冷める時に味が染み込むから、温め直すのが良いんだよな。
自分の仕事に満足したところで、お茶が飲みたくなってお湯を沸かした。
『おおい、今何をしてる?』
『ああ、厨房で料理していて今一区切りついたところだよ。まだ戻らないのか?』
ちょうどタイミング良く自分用の緑茶を入れていたところで、ハスフェルから念話が届いた。
『今、上へ向かって戻っているところだよ。いやあ楽しかったぞ。明日もまた行く予定だけどお前はどうする?』
楽しかったの内容に物凄く嫌な予感がして、俺は思わず首を振った。
『それなら俺は明日も料理だな。ちょっと時間のかかる料理をしたいからさ』
『そうか。まあ詳しい話は夕食の時にするよ。すまないが皆腹ペコなんだ。戻ったらすぐに食えるようにお願い出来ないか?』
すっごく申し訳なさそうにそう頼まれて、思わず吹き出す俺。
『あはは、了解だ。一応今夜は岩豚のトンカツでカツ丼を作ったんだけどそれでいいか? パンがよければ何か別のメニューを考えるけど?』
『それでお願いします!』
俺の言葉とほぼ同時に、ハスフェルとギイの叫ぶような返事が聞こえてもう一度吹き出したよ。
『了解だ。じゃあ、リビングで待ってるから早く上がってきてくれよな』
笑ってそう答えた俺は、用意したばかりの緑茶はポットごと収納して、すっかり綺麗になった厨房を後にリビングへ向かったのだった。
「腹ペコ達が帰ってくるんだってさ。じゃあカツ丼と一緒にさっき作った具沢山豚汁も出してやるか。岩豚なら、別に具がダブっても文句は出ないだろうからな」
小さく笑ってそう呟いた俺は、サクラに頼んでリビングの机の上に手早く夕食の準備を始めたのだった。