揚げ物と白ビール!
「よし、順番に揚げていくぞ」
腕まくりをした俺はスライム達が準備してくれたフワッフワのパン粉が付いた岩豚トンカツをそっと手に取り、フライパンの縁から滑らせるようにして入れていった。
「じゃあ、揚げるのは俺がするから、そっちのヒレカツの準備も頼むよ」
「はあい! お任せくださ〜い!」
散らばった小麦粉を一瞬で綺麗に片付けてくれたスライム達が、揃ってこっちを振り返って触手で敬礼のポーズをする。スライム達は、こういうちょっとした仕草が本当に可愛いんだよなあ。
「おう、よろしくな! 危ないからこっちには来ちゃ駄目だぞ」
近くに来ると油が跳ねる危険性があるので、一応そう言っておく。だけど心得ているスライム達は、ちゃんと距離を取って下拵えの準備をしてくれているよ。
レース模様のクロッシェが楽しそうにパン粉をまぶすお手伝いをしているのをチラ見しつつ、俺はひたすらトンカツを揚げていき、油が切れた分はサクラが出して並べてくれているお皿に移していった。
これはサクラが順番に収納してくれるから、出来立てのままだ。
「よし、これで最後だな。いやあ、これだけよく揚げたなあ。俺偉い!」
とりあえず、準備してくれた岩豚のロースとヒレカツを全部揚げ終えたところでコンロの火を一旦止め、そして机の上に積み上がった、下ごしらえしたトンカツが入っていた何枚もの空になったバットを見て満足そうにそう呟いた。
それから、途中で気がついて取り分けて収納しておいた衣が剥がれて形が悪くなった二種類の岩豚トンカツを取り出し、お皿の上で、手持ちのナイフで一口サイズに切る。
「おお、いい感じにふんわりサクサクに揚がってるなあ。揚げ加減もバッチリだよ」
自分の仕事に満足した俺は、これも自分で収納していたよく冷えた白ビールの瓶とマイグラスを取り出し、マイグラスに白ビールの栓を開けてゆっくりと注いだ。
「皆が地下洞窟で働いている……もとい楽しんでいる時に、料理しながら出来上がったばかりの岩豚トンカツをつまみに、冷えたビールを立ったまま怠惰に飲む。ううん、いいねえ」
そう呟き、岩豚のロースカツを一切れ指でつまんで口に放り込む。
「ううん、揚げたての岩豚のロースカツ。最高だな。それでここはやっぱり食べ比べておかないとな」
にんまりと笑って、もう一切れ今度はヒレカツも指でつまんで口に放り込んだ。
「おお、部位が違うとやっぱり全然違うなあ。さっきのロースカツに比べたらヒレカツはあっさり系だけど、それでもあふれ出るこの肉汁と脂。めちゃめちゃ美味しい!」
そして、ここで白ビールをグイッと!
「か〜〜っ美味い!」
おっさんみたいな声が出たけど、気にしない気にしない。
もう一切れ食べようとしたところでいきなり頬を叩かれた。
「ちょっと! なに一人でいい思いしてるんだよ! 独り占め厳禁〜〜!」
小さな手でペチペチと俺の頬を叩きながら、お怒りのシャムエル様。
「あはは、見つかっちゃったか。はい、どうぞ」
笑った俺は、大きめのヒレカツとロースカツを一切れずつ、サクラに出してもらったお皿に並べてシャムエル様の前に差し出した。
「で、ビールはどこに入れるんだ?」
半分ほど残っていた白ビールの瓶を見せながらそう尋ねると、当然のように小さなグラスが即座に出てくる。
「はいはい、ここに入れるんだな」
ちょっと難しいけど、瓶からグラスに白ビールを入れてやる。こぼれたけど、そばにいたクロッシェがすぐに綺麗にしてくれたよ。
「ありがとうな」
手を伸ばして左手でクロッシェをモミモミしながら右手で岩豚トンカツをもう一切れ口に入れる。
「かんぱ〜〜い!」
俺のグラスにシャムエル様が小さなグラスをぶつけてきたので、笑った俺も右手でグラスを持ってシャムエル様のグラスに当てて乾杯した。
「かんぱ〜〜〜い!」
あれ? おかしいなあ……。
白ビールの瓶が、何故か三本も並んでいるんだけど、どうしてだろうなあ……。
ほろ酔い気分でご機嫌な俺は、一つ深呼吸をしてからすっかり綺麗になった机の上を見た。
俺とシャムエル様が楽しく飲んでいた間に、スライム達がトンカツの下ごしらえに使っていたバットやお皿も全部綺麗に片付けてくれている。
油は、俺が片付けていいと言わなかったし熱かったので、まだそのまま残されている。
一つ深呼吸をした俺は、サクラに美味しい水を出してもらってグラスに一杯分くらい飲んでおいた。
こうすれば、ちょっとくらいの酔いだとすぐに覚めるんだよなあ。あまりアルコールに強くない俺の味方、美味しい水様々だよ! これはシャムエル様に感謝だな。
「よし、じゃあまだ時間はありそうだし、チキンカツも作っておくか」
俺の呟きが聞こえた瞬間、そこらに好き勝手に転がって遊んでいたスライム達が一斉に戻ってきた。
そりゃあもう一瞬で定位置につきました! ってくらいの素早さだったよ。
「あはは、ありがとうな。じゃあサクラ、ええとハイランドチキンとグラスランドチキンの胸肉を出してくれるか。それで、いつものチキンカツサイズに切り分けてくれ」
「はあい! じゃあ順番に出すね〜〜!」
これまた一瞬でバットが大量に取り出して並べられて、そこに鶏肉では絶対にあり得ない大きさの巨大なハイランドチキンとグラスランドチキンの胸肉が取り出される。
「あ、モッツァレラチーズとゴーダーチーズも出してそれぞれ薄切りにして二枚重ねてくれるか。それをスライスした胸肉の間に挟んでくれ。せっかくだからチーズチキンカツも作っておこう」
「チーズチキンカツだね。了解です!」
アクアが元気に返事をして、早速サクラが出してくれたチーズを待ち構えていたスライム達が手分けして切り始めた。
「いやあ、スライム達の中がどうなっているのか、これを見る度に不思議になるよなあ。マジで凄い」
感心するようにそう呟き、フライパンに残っていたすっかり冷めてしまった油をスライム達に片付けてもらい、新しい菜種油と胡麻油を入れて火にかけた。
「チキンカツとチーズチキンカツの仕込みが終わったら、引き続きビーフカツの仕込みもお願いするよ」
「はあい、お任せくださ〜い!」
ご機嫌なスライム達の返事を聞き、笑った俺は渡されたチキンカツの第一弾をゆっくりと揚げ始めたのだった。