紋章の登録完了と創造主様への参拝?
「おおい、クーヘン。しっかりしろよ」
「おい、クーヘン。帰ってこいよ〜!」
ハスフェルと俺が横にしたクーヘンの額や頬を叩き、何度も呼びかける。
「だ、大丈夫でしょうか? まさかここまで驚かれる方がおられるとは」
神官も一緒になって、心配そうにクーヘンを覗き込んでいる。
「ここ最近は、魔獣使いの登録を希望される方も殆どいらっしゃいませんでしたので、どのようにするのかをご存知なかったようですね」
「まあ、知らずにいきなりあれをされたら……確かに衝撃ですよね」
思わずしみじみと呟いた俺に、神官は小さく吹き出した。
「教えて差し上げなかったんですか?」
そんな事言われたって、これが本当に正規のやり方だったなんて、今初めて知ったんですから!
なんて言える訳もなく、取り敢えず笑って誤魔化しておく。
その時、ようやくクーヘンが目を覚ました。
だけど、横になったまま豪華な天井を見上げてまだ固まったままだ。
「おおい、戻ってこいよ」
目の前で手を振ってやると、ようやく反応してこっちを見た。
「大丈夫か?」
笑って起き上がるのに手を貸してやる。
「ええと、私は……?」
呆然と自分の右手を見たまま、また固まってる。
「大丈夫。もう紋章を刻むのは終わったよ。無事に登録完了だ。ほら、自分の従魔に早速お前の紋章を刻んでやれよ。皆、待ってるぞ」
振り返って、後ろで並んで大人しく待っていたクーヘンの従魔達を示してやる。
「あ、はいそうですね。いやあ驚きました。なんというか、あれは心臓に悪いですよ」
苦笑いして、照れ臭そうにそう言って頭をかいた。
「ええと、どうやるんですか?」
「俺の場合は、右手で触ったら、そこに紋章が現れるんだけどな」
神官を振り返ると、頷きながらこっちへ来てくれた。
「こちらの方がおっしゃる通りで、右手で紋章をつけたい場所にそっと触れてみてください。特に押さえつけたり叩いたりする必要はありませんので。あ、紋章を付けるのは、出来ればテイムした順にしたほうが良いですよ」
「分かりました。それならお前からだな」
足元にすり寄っているスライムのドロップの前にしゃがんだ。
「紋章はどこに付ける?」
「ここ、サクラやアクアと同じ場所が良い!」
縦伸びしながら、嬉しそうにビヨンビヨンと伸びている。
「分かったよ、じゃあここだな。これからもよろしくな。ドロップ」
優しくそう話し掛けると、ドロップの上側部分をそっと押さえた。
一瞬掌の押さえている部分が光る。手を離した時には、もうあの紅葉の葉っぱ見たいな紋章が小さく刻まれていた。
「あ、ちゃんと中に肉球マークも刻まれてるぞ。おお、凄い」
笑った俺が撫でてやると、ドロップは嬉しそうに跳ね回っていた。
「じゃあ次はお前だな。お前はどこにする?」
そう言って顔を上げたクーヘンに、モモンガのフラールは腕を広げて伸びて背中を見せた。
「ここにお願いします!」
「分かった。じゃあここだな。これからもよろしくな。フラール」
後頭部の下側、背中の上側部分に手を当てる。
これも一瞬光って、すぐに紋章が現れた。
嬉しそうにクーヘンの手に頭を擦り付けたフラールは、そのまま彼の左腕の定位置に収まった。
「じゃあ次はお前だな。どこにする?」
チョコの前に行って、見上げながらそう言って笑っている。
「では、私はここにお願いします」
頭を下げて彼の目の前に額を差し出した。
「ここだな。これからもよろしくなチョコ。頼りにしてるぞ」
左手で鼻先を撫でてやってから、右掌を額にそっと押し付けた。
また光った後、やや大きめの紋章が額に刻まれた。
ミニラプトルのピノは背中に、ダブルホーンラビットのホワイティは、コニーと同じく額に紋章を刻んだ。
「おめでとうございます。これで紋章の登録は完了です。次回からは、命名の際に、一緒に紋章を刻むと良いですよ」
「分かりました、ありがとうございます。それで、お幾らお払いすればよろしいのでしょうか」
小物入れから、自分の巾着を取り出す。
「はい、登録料は、き……いえ、銀貨5枚になります。もしもお持ちでない場合、ギルドカードを登録していただいて分割払いも可能ですよ」
おお、凄い。分割払いも受け付けてくれるんだ。良心的な神殿だな。
後ろで密かに感心していると、ホッとしたようにクーヘンが頷いた。
「あ、それなら大丈夫です。では、こちらをお納めください」
巾着から銀貨を6枚取り出したクーヘンは、神官に渡した。
「登録料は5枚ですよ?」
受け取りながら一枚返そうとする神官を見て。クーヘンは改めて一礼した。
「それは少ないですが創造主様への寄進の銀貨です。祭壇のどこに置けば良いのか分からなかったので、こちらでお願い出来ますでしょうか」
納得したように笑顔になった神官は、頷いて彼をもう一度あの竜の彫像のいる祭壇の前に連れて行った。
何となく俺達もぞろぞろと後ろをついて行く。
「こちらが寄進箱になりますので、どうぞご自身でお入れください」
銀貨一枚を返した神官は、にっこり笑って一礼して下がって行ってしまった。
竜の足元には、確かに大きな木の箱が置いてある。だけど、どうみても蓋がしてあって入れる所がない。
俺は思わずハスフェルを見たが、彼も小さく首を振った。どうやら知らないみたいだ。
「ああ、ここだったんですね」
しかし、クーヘンは安心したようにそう言うとその木箱の前に立った。
そして木箱の上に銀貨を置き、改めて目を閉じてじっと竜の像に祈りを捧げた。そんな彼を見て、俺は思わず右肩にいるシャムエル様を見る。
言っちゃあ何だが、そんな作り物よりも、ここにそのご本人がいるんだけどなぁ。
しかし、シャムエル様は真剣な顔で彼の横顔を見つめていた。
クーヘンが顔を上げた時、銀貨を置いていた木箱の蓋の手前側がゆっくりと持ち上がり、斜めになって銀貨をストンと箱の中に落としたのだ。そのまま蓋は元に戻り、また、ただの木箱になった。
「ええ、どうなっているんだ?これ。自動回収機能付きの賽銭箱?」
思わず身を乗り出して箱を覗き込んだ。
「駄目ですよケン。あまり近くに行っては。その花が飾ってある場所より向こう側は一般人は立ち入り禁止ですよ」
クーヘンに言われて、俺は慌てて下がった。
「へえ、凄いな。あれはどういう仕掛けなんだろうな?」
「私も詳しくは知りませんが、どこの神殿も寄進箱は大概この箱ですね。祭事のある時など人が大勢来る時には、蓋が開いたままになっている事もありますけれど、基本的に普段は閉まっていますね」
頷いた俺は、こっそり念話でシャムエル様に話し掛けた。
『なあ、ここの神殿って、以前言ってた金の亡者って訳じゃないのか?』
『うん、ここは以前から比較的良心的な神殿だった所だよ。だけど、それでも登録料は金貨5枚は取っていたんだけどね。今では以前の価格に戻しているから良いと思うよ』
「じゃあせっかくだから、俺もシャムエル様にお祈りしておくよ」
ちょっと考えて、俺も銀貨一枚を木箱の上に乗せた。
こっちの世界の参拝の仕方が分からないので、とりあえず、俺の知る参拝方法で参っておこう。二礼二拍手一礼だ。手を打つ時はちょっと遠慮して小さな音で打っておいた。
顔を上げると。箱が銀貨を落とす所だった。
飲み込まれる銀貨を見送って、俺は顔を上げた。
「なに? 皆揃って?」
クーヘンだけでなく、ハスフェルとギイまでが揃って不思議そうに俺を見ていたのだ。
「今、なにをしたんだ?」
「え? 何って、お詣りだよ」
「何故手を叩く?」
ハスフェルの質問に納得した俺は、手を叩いて拝む振りをした。
「これが俺の故郷の、神様への正式なお祈りの仕方なんだよね。二回礼をして、二回手を打って、それからもう一度お辞儀をするんだ。俺はこっちの世界の事はまだよく分からない事だらけだからさ、まあ、俺なりの創造主様への感謝の祈りってところかな」
あまりにも皆が真剣に俺を見るもんだから、何だか恥ずかしくなってきたよ。
「成る程、それは良いことを聞いた」
二人は嬉しそうにそう言うと、揃ってわざわざ俺達に背を向けて、竜の彫像の前に立った。
俺は、ここでは違和感出しまくりの巨大マッチョ二人が並んでする、二礼二拍手一礼を見ていた。