地下からの帰還!
「さて、どうするんだ。もうかなりの時間が経ってると思うんだけど、そろそろ撤収かな?」
抱きついていたニニの首元から顔を上げた俺は、一つ深呼吸をしてからハスフェル達を振り返った。
「そうだな。まあ今日の目標は充分達成したんだから、もう良いんじゃあないか?」
笑ったハスフェルにそう言われたので、とりあえず今日のところは撤収してお城へ戻る事にした。
「あれ? ちょっと待った。ケンタウロス達は、まだ地下の水没地帯へ行ったきりなんだよな。扉を閉めたら出てこられないじゃんか。ええと、開けたままにしておいてやればいいのかな?」
不用心かとも思ったんだけど、さすがにここまで勝手に入ってくる奴もいないだろう。そう思っての提案だったんだが、振り返ったハスフェルとギイが揃って首を振りながら頭上を指差した。
「いや、そのままにしておくのはやめた方がいい。いくらなんでも不用心だよ」
「とりあえず戻ろう。地上へ出たら、俺が封印の術で扉を軽く閉めておいてやるよ。ケンタウロス達なら、その程度なら自力で開けて出てくるさ」
笑って平然とそう言ったギイの言葉に、俺は若干ジト目になる。
「ギイの軽い封印の術って、世間的には絶対軽く無いと思うぞ」
真顔でそう突っ込むと、ハスフェルとギイが揃って遠慮なく吹き出して大爆笑していた。
なんだよ。俺は間違った事は言ってないと思うぞ。
「まあ、ここを今後は若い連中の訓練用に使いたいと言っていた事だし、今日のところは閉めるのはギイに任せておいて、ケンさえ良ければ長老に扉の合鍵を一本渡しておくのが良いんじゃあないか?」
ハスフェルの提案に俺も苦笑いで頷く。
俺はここを契約した際に、幾つかの大きな鍵の束を貰っている。
お城の玄関や倉庫など、普段使っているいわゆる住居スペースのさまざまな鍵と、お城の、まだ修理をしていないので俺達も入った事のない謎の来客用の部分の鍵だ。ギルドマスター達によると、こっちの豪華さは、今の俺達が住んでいる部分が普通に見えるくらいにとんでもないらしい。そして置いてある家具のことごとくが、どれ一つ取ってもとんでもない値が付くレベルの博物館クラスの骨董品らしい。
まあ、これは散逸させないように置いておいて欲しいと懇願されているので、家具一式はそのまま倉庫行きかな。
でも、もしかしたらシルヴァ達ならそんなの気にせずに平然と使いそうだ。
そんな事をのんびりと考えていると、不意に頭の中にベリーの声が聞こえた。
『お疲れ様です。フランマから聞きましたがもうお戻りですか?』
『おう、そろそろ腹が減ってきたからもう戻ろうかって話を、今まさにしていたところだよ。ベリー達は、まだ地下の水没地帯にいるんだよな?』
一瞬びっくりしたけど、一つ深呼吸をしてから念話で返事をする。これはトークルーム全開状態での会話だから、ハスフェル達にも聞こえている。
『ええ、以前行った地下迷宮も素晴らしいですが、ここも負けてはいませんよ。大型の水棲恐竜が数種類大量に湧いていますね。さすがにここまで多いと、暴走してジェムモンスターの恐竜達が地上に出てくる大繁殖の可能性が無きにしも非ずなので、念の為に一通り駆除しておきますね』
平然と、だけどとんでもない事をさらっと言われてしまい、聞いてて気が遠くなった俺だったよ。私有地で恐竜の大量発生とか、絶対やめてくれ!
『ご苦労さん、よろしく頼むよ。それじゃあ扉には俺が封印の術をかけておくから、出たら同じように封印しておいてやってくれるか』
笑ったギイの言葉に、ベリーも笑う気配がする。
『了解です。ではそれは長老にしていただきましょう』
もう一回笑う気配がして、それからベリーの気配が途切れる。
「ええと、今ベリーから連絡があって、俺達はこのまま地上へ戻っても大丈夫なんだってさ。じゃあ戻ろうか」
こっちを見ているランドルさんとリナさん一家にそう説明して、俺達は、またいつもの隊列で地上目がけて歩いて行ったのだった。
途中、また大量に湧いているトリケラトプスやステゴザウルスのいる広場を通り抜け、さらにはこれまた大量に繁殖しているトライロバイト達のいる水が流れる広場も通り抜ける。
来た時はこの先に待つ怖い相手の事ばかり考えていて、さっきの所までがすっごく遠かったような気がしていたけど、改めて歩いてみたらそれ程遠い訳じゃあ無かったよ。
地下の入り口付近に集まっていた野良の雪スライム達が、俺達が戻って来たのを見て大喜びで集まってくる。
「じゃあ、また明日テイムするから適当に散らばって待っててくれよな」
「はあい! お待ちしてま〜〜〜す!」
床一面を覆い尽くす真っ白な雪スライム達にご機嫌でそう言われて、俺は堪えきれずに吹き出したのだった。
「地上に出た〜〜! うわあ、夕日が綺麗だ!」
扉を開けて外へ出ると丁度西の空が真っ赤になっていて、地平線に見える遠くの山並みへ今まさに太陽が沈んでいく真っ最中だったよ。庭の真っ白な雪は、夕日を受けて見事なまでにオレンジ色に染まっている。
外へ出た俺達は、しばし見事な夕日を半ば呆然と鑑賞してから、扉の封印はギイに任せてそれぞれの従魔に飛び乗って玄関側まで走って戻った。
さてと、腹が減ったしかなり寒いので今日は鍋にしようと思う。
ううん、何鍋にするかなあ……。
玄関の鍵を開けて中へ入り、暖房器具の前で暖まりながらあまり手のかからない夕食のメニューを必死になって考える俺だったよ。




