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クーヘンの紋章

「へえ、あれがシャムエル様の表の顔な訳だな」

 目の前に祀られた巨大な竜の像を見て、それから振り返って改めて右肩にいるシャムエル様を見つめた。

 するとシャムエル様は照れたように顔を隠しながらちらりと竜の像を見上げた。

「うんまあ、あれはその……かなり昔の話なんだけど、酔っ払った勢いでうっかり人の前にあの姿を見せちゃったんだよね。物凄い騒ぎになったんだ。そんな訳でそれ以来、神殿に飾られる私の像は全部竜の姿になっちゃったんだよ。この世界で唯一の竜一族からは、散々文句を言われたよ。でも、おかげで彼ら竜族も崇拝の対象になったみたいで、彼らを狩ろうと手出しをする人がいなくなったから、まあ、結果オーライって事にしてあるんだ」

「結果オーライって……神様が言っていい言葉かよ」

 俺が指で突っついてやると、シャムエル様は声を上げて笑いながら俺の指を掴んできた。

「以前、ハスフェルも言ってたけど、本当に竜がいるんだな。この世界は」

「恐竜達は、テイムした子以外は地下から出てこないからね。まあ、珍しいと言えば珍しいかな。竜達は普段は幻獣界にいて、こっちの世界にはそんなにしょっちゅうは渡ってこないよ。こっちの世界に棲んでいるのは火竜ぐらいだからね」

「へえ、でも俺はちょっと会いたくないな。命がいくつあっても足り無さそうだ」


 俺達が後ろでのんびりとそんな話をしていたら、祭壇に蝋燭を捧げて祈っていたクーヘンが立ち上がった。


「では紋章の登録に行ってきます」

 嬉しそうにそう言って、入り口横にある受付窓口みたいなところへ走って行った。

「あの、夜分に恐れ入ります。新しく魔獣使いの紋章の登録をお願いしたいのですが」

 窓口に現れたきちんとした身なりの若い男性が、驚いたようにクーヘンを見た。

 そして、彼の少し離れた後ろに、おとなしくじっとこっちを見ているイグアノドンのチョコに気が付いた。更に、俺達の横にいる大型の従魔達、マックスやニニ、シリウスを見て真っ青になった。

「あ、あの……」

「あ、私の従魔はこの子達です」

 クーヘンがそう叫んでチョコの首を叩き、モモンガのフラール、スライムのドロップ、更にミニラプトルのピノ、レッドダブルホーンラビットのホワイティを順番に抱いて見せた。

「おお、これは素晴らしい。確かによく懐いていますね。分かりました少々お待ちください」

 その男性はそう言って一旦席を立った。

 しばらくして、彼とよく似たもう少し豪華な服を着た細身の男性が現れた。

「おお、これは素晴らしい。まさか恐竜をテイム出来る方がおられたとは。それでは、手続きを致しますので、こちらへどうぞ。あ、従魔もご一緒にどうぞ」

 そう言って、俺達を振り返った。

「失礼ですが、この方のお連れの方でしょうか?」

「はいそうです。あ、こいつらは全部俺の従魔ですからご安心を」

 安心したように笑ったその人は、俺達をクーヘンと一緒に別の部屋に案内してくれた。

「以前は、神官以外は本人と従魔のみで行っていたのですが、最近、必ず第三者を見届け人として立ち合わせるようにとの本部からの指示がありまして、同行者の方がおられる場合にはその方が、おられない場合には、神殿に参拝している方に見届け人役をお願いしているんです」

「成る程。つまり、この場合は俺達が見届け人な訳だな」

「へえ、紋章を授けるのって初めて見るぞ」

 ハスフェルとギイも、そう言って興味津々だ。

 案内された部屋に置かれた椅子に座って、俺達はクーヘンの様子を後ろから見ていた。

 彼の目の前には、一枚の真っ白な紙が置いてあり、右手にはペンを持っている。


 おお、俺がやったみたいに、まずは自分の紋章を描くんだな。


 真っ白な紙を前に、クーヘンは動かない。

「あれ、大丈夫かな?」

 ちょっと心配になってそう言うと、シャムエル様も心配そうに伸び上がって覗き込んでいる。

 しばらくすると、突然ペンを取ったクーヘンはサラサラと何かを描き始めた。

「あの、これでどうでしょうか? 私は良いと思うんですが、どう思われますか?」

 不安げに振り返ってそんな事を言うクーヘンのところへ、俺達は立ち上がって近寄って行った。そして彼の背後から覗き込んだ?

 彼が描いているのは、紅葉のような形の葉っぱだ。

 そこまで描いて、俺を振り返った。

「ケン、貴方の紋章の絵を頂いてもよろしいですか? あの紋章は本当に可愛いですから」

 照れたように真っ赤になるクーヘンを見て、俺は驚いた。

 俺の紋章って、もしかしてコレか?


 いつの間にか、また足元にサクラが来た。少し遅れてアクアも来てくれたので、そっと抱き上げて額(?)の肉球マークを見つめた。

「ああ良いぞ。何処に入れるんだ?」

「この、この葉っぱの真ん中部分なら入ると思うんですけど、如何でしょうか?」

 細い方のペンを差し出す。

「ええ、俺が描くのか?」

 何度も頷くので、笑った俺は小さめに真ん中に肉球マークを描いてやった。

「あれ? その下は?」

 クーヘンにそう言われて俺は笑って首を振った。

「これは俺の故郷の文字なんだよ。それで描いてあるのは俺の名前だ。だから、クーヘンの紋章にしちゃ駄目だろうが」

「へえ、こんな文字なんですか? 面白いですね。あ、じゃあ私の名前は? ケンの故郷の文字ではどう書くんですか?」

 目を輝かせてそう聞かれて、俺は困ってしまった。

「うーん。クーヘンって……確か、ドイツ語だよな。スペル……kuchenだったよな? ちょっと長いな。あ、そうだ。これで良いじゃん」

 笑った俺は、肉球マークの下に英文字でCAKEと書いてやった。

「はいこれ。クーヘンって、そのまま書いたらちょっと長いからあんまり良くなかったんだ。それで、これはクーヘンの名前を別の言い方にしたものだ。意味は同じだよ」

 紙を返してやると、クーヘンは嬉しそうに頷いた。

「おお、良い感じですね。ではこれでお願いします」

 先ほどの神官に紙を渡す。

「はい、ではこちらでお作りしますので、少々お待ちください」

 紙を受け取った神官は、それを持って出て行ってしまった。

「あ、肝心のところは見せてくれないんだな」

 残念そうなハスフェルの声に、シャムエル様が何やら顔をしかめている。

「どうした? 何か問題があるか?」

「ごめん、ちょっと。すぐ戻るからここにいてね」

 そう言って、唐突にいなくなってしまった。

 思わずハスフェルと顔を見合わせる。


 そして俺はもっと驚いた。彼の肩に、以前夢で見たあの小人が座っていたのだ。


 しかし、ここにはクーヘンもいる。さすがにそれは誰だって声に出して聞くのは不味いだろう。

 しばらく考えて、俺はハスフェルに向かって左の肩を指差して念話で話し掛けた。

『なあ、誰だよ。その左の肩に座ってる小さいのは?』

 ちゃんと声は届いたみたいで、ハスフェルは驚いたように目を見開いて俺を見た。

『お前、こいつが見えるのか?』

 念話で答えたので、俺も念話で返事をする。

『うん。今さっき見たら、お前の左肩に座っているのが見えて、すっげえびっくりした』

『シャムエルめ。あいつ、お前に第三の目を開かせたまま閉じるのを忘れているな。全く、相変わらずやる事が大雑把に過ぎる』

 思いっきり情けなさそうにそう呟いたハスフェルは、俺を見て首を振った。

『こいつはシュレム。俺やシャムエルやギイの友人の代理で、時々この世界に来るんだ。まあ、俺の旅の共みたいなものだよ。怒らせなければ無害な奴だから気にしないでくれ』

 おう、まさかの別の神様代理だった。うん、これも見なかった事に……しようと思った俺の努力を打ち砕くように、ハスフェルの肩の上で立ち上がったシュレムは、深々とお辞儀をしてみせたのだ。

『ようやくお目に掛かれて光栄だよ、異世界人よ。この世界を救ってくれて感謝する。何しろ、ここは今まで奴が作った中でも最高傑作と我々は呼んでいる程に、上手く安定して出来上がった平和な世界なんだよ。我々も気に入っているし、時々ここへ来るのを楽しみにしている。だから無くなるのは嫌だったんだ』

 頭の中で響く声は、今まで聞いた誰の声とも違う。

 まさかの別の神様登場。

 いや、これは代理だから良いのか?

 もうこれ以上は人数オーバーだぞ。


 かなり混乱した頭で何とかまとめようと妙な事を考え出した。

 いやいや、落ち着け自分。


『ええと、世界を救ったってアレは、本当に自覚無いんで気にしないでください。お礼はシャムエル様にお願いします』

『まあ、我々が言いたいだけだ。其方こそ気にするな。では、また会おう異世界人よ』

 笑って手を振った小人は、いきなりいなくなってしまった。


「あれ、どこへ行ったんだ?」

 思わず声に出してしまい、黙っておとなしく座っていたクーヘンが驚いて顔を上げた。

「え、何がですか?」

 思わず無言で考え、誤魔化すように笑った。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたら、つい独り言を言っちゃったよ」

「有りますよね、無意識に声に出してる事って」

 笑ったクーヘンは、大きく深呼吸して神官が出て行った扉を見た。

「しかし遅いですね。上手くいかなかったんでしょうか?」

 不安そうなその様子に、俺はシャムエル様を呼んでみた。

『なあシャムエル様。今何処ですか? クーヘンが心配しているんだけど、何か問題あるのか?』

 するとシャムエル様の声が頭の中に聞こえた。

『うん、ちょっと適当に作ろうとしていたから、叱っておきました。ビビりまくって、今必死になって作っているよ。もう出来るから待っててね』

『あはは、そりゃあご苦労様。じゃあ待っていれば良いんだな?』

『うん。もうすぐだから待っててね』

 声が聞こえなくなってから、俺はクーヘンの背中を叩いた。

「まあ、待ってりゃそのうち戻ってくるって」

「そうですよね。専門家なんですからね」

 自分に言い聞かせるようにそう言って、もう一度深呼吸をしていた。

 おいおい神官様。クーヘンがかなりいっぱいいっぱいになっているから、早い所戻って来てくれって。


 どうにもいたたまれない沈黙の時間が過ぎ、ようやく足音がして神官が戻って来た。

 しかし、何だか妙に疲れているように見えるけど、うん、きっと気のせいだろう。


「お待たせ致しました。ではこれより、紋章を授けさせて頂きます」

 そう言った神官は、トレーに乗せた10センチほどの棒状のものを手袋をした手でそっと掴んだ。

「どちらの手にしますか? 通常は右手にします」

「はい、では右手にお願いします」

 頷いて座り直したクーヘンは、手袋を外して右の掌を上にして差し出した。

「では、刻ませて頂きます」

 その時、不意に俺の右肩にシャムエル様が戻って来た。

「お、間に合ったね」

 嬉しそうな声に頷いて、俺も背後から覗き込んだ。


「従魔を五匹テイムしたクーヘンを、ここに魔獣使いとして認め、神殿より紋章を授けます」

 ゆっくりとそう言うと、俺がやったようにあの小さな塊を右の掌の中に押し込むようにしていれてしまった。

 どんどん掌に、消えていくハンコ。

 それを目の前でみたクーヘンは、無言で固まっている。


 そりゃあ驚くよな。俺も本気でびびったもんな。

 あれをやられた時の驚きを思い出して、俺は若干遠い目になった。



「はい、終わりましたよ。これで貴方の紋章は右手に刻まれました。紋章を従魔に刻んでください」

 トレーを脇に挟んで手袋を外しながら、笑顔の神官にそう言われたがクーヘンの返事が無い。

「おい? 終わったぞ。せっかくだから従魔達に紋章を刻んでやれってさ」

 しかし、俺が覗き込んでみると、クーヘンは目を見開いたまままた気絶していたのだった。


 もしかして、クライン族って、驚いたら気絶するのがデフォなのか?

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