ディノニクス戦!
「もう、ご主人ったら怖がりすぎ。全然大丈夫なのに!」
俺の焦って引き止めた言葉に、怒ったように耳を後ろに倒したイカ耳状態になったニニが文句を言っている。
だけど、俺の顔を見て甘えたように頬擦りをしたニニは、案外素直に下がってくれたよ。
「そうそう。ニニは大事な妊婦さんなんだから、用心しすぎるくらいで丁度良いって!」
安堵のため息を吐いた俺は、ようやく到着した目的の広場を見て割と本気で気が遠くなった。
「なあ! 何か聞いていたより目標がめっちゃ大きい気がするんだけど、あれってもしかしてまた亜種ばっかりじゃねえの?」
俺の横で同じように広場を眺めていたハスフェルが、頷きながら思い切り吹き出している。
「おやおや、ステゴザウルスに続いてディノニクスまで亜種だけの出現回に当たるか。お前さん、やっぱり何か持っているなあ」
呆れたようなハスフェルの言葉に、ふらついて側にいたマックスに抱きつく。
「肉食ってだけでも怖いのに、いきなり亜種なんて、そんなの絶対無理だって!」
必死になってマックスにしがみつきながらそう叫んで首を振ったが、残念ながら全員に聞こえない振りをされた。
マックスよ。お前まで俺から顔を背けるのか……。
「大丈夫よ。ご主人。私も一緒に行ってあげるから安心してね」
背中に頭突きしてくる甘えたようなニニの声に、振り返って抱きしめ返したところで我に返る。
「いやいや、ニニは来ちゃ駄目だって言っただろうが!」
うっかり流されて返事しそうになったよ。危ない危ない。
「くっ、気付いたか」
俺の腕の中で、またしてもイカ耳になったニニが小さくそう呟く。
ニニ……お前、今舌打ちしなかったか?
「まあ、フォローはしてやるから覚悟を決めろ。せっかくの装備が泣くぞ」
苦笑いしたハスフェルにそう言われてしまい、俺は思いっきり大きなため息を吐いた。
「了解。じゃあ行くとするか。ええと、真正面には立たない。常に周囲に気をつけて背後を取られないようにする。大きく跳ねる事があるので、攻撃したら一撃離脱で常に一定の距離を保つ事、鉤爪が鋭く強いので、蹴りと引っ掻きにも注意が必要。当然肉食だから噛み付きも危険。それから尻尾の動きにも注意が必要っと」
教えてもらった事を復唱しながら、戦う相手をどれにするか考える。
「あの、尻尾の先が曲がったのが小さそうだなあ」
どれもデカいと言えばデカいんだけど、ステゴザウルスやトリケラトプスほどの威圧感は無い。
金色ティラノサウルスになったギイなんかとは比べ物にならない程度の大きさだ。
どちらかと言うと身長180センチの俺が少し見上げる程度だから、確かに肉食恐竜の中では小さい方なのだろう。亜種でこれなら、普通種は確かに初心者の俺向きかも……。
いやいや、これで肉食って逆に怖いぞ。
自分とほぼタイマン張るサイズで鉤爪と噛み付き、さらには長い尻尾にジャンプ力もある。
駄目だ。普通に考えて勝てる要素が何処にもない……。
またしても思考が現実逃避しかけたところで、ハスフェルが剣を抜いた。
「そろそろ行くぞ。構えろよ」
どうやら、トリケラトプスと同じく一緒に戦ってくれるみたいだ。
見るとランドルさんもギイとペアを組んでいる。
「よ、よろしくお願いします!」
ヘラクレスオオカブトの剣を抜いた俺が、若干上ずった声で何とかそう言って構える。
スライム達は俺の周りに、マックスは少し離れた右側に、ビアンカが俺の左側にそれぞれ距離を取って待機する。これで俺の周りはしっかりと従魔達でガードされた状態だ。
そしてカッツェはこれまた少し離れた場所にゆっくりと動いて、いきなりすぐ側まで近寄った大きなディノニクスに飛びかかった。
その瞬間バトル開始のゴングが鳴り響いた。
ハスフェルが、俺が目標にしていたディノニクスの右前側から攻撃してくれたので、タイミングを合わせて反対側に斬りつける。
かん高い鳴き声を上げて、目標が一瞬で3メートルほど飛んで下がる。だけど、俺が切り付けた太腿部分とハスフェルが切り付けた反対側の首の根元あたりには大きな傷がある。
「もう一度だ!」
ハスフェルの大声に咄嗟に応えてもう一度構える。
とは言え、そのままだと真正面からになってしまうので、剣を構えたまま横に走り、ハスフェルがフェイントで攻撃してくれたタイミングを見て、直後に足の膝部分を狙って思い切り斬りつけ、噛みつかれそうになってそのまま転がって逃げる。
マックスの大きな鳴き声がして、俺に飛びかかろうとしていたディノニクスが明らかに怯んで下がる。
俺の攻撃は見事にヒットしていて、右足は完全に使い物にならなくなっている。
「うおお〜〜〜〜!」
小さく飛び跳ねるようにして俺から距離を取って下がろうとするのを見た俺は、大声を上げて今度こそその細い体目掛けて力一杯斬りつけた。
全く抵抗無く、スパって感じに剣が通る。直後に大きなジェムと素材の鉤爪が転がるのが見えた。
「よし!」
思わずガッツポーズをとった瞬間、思い切り後ろから誰かに蹴っ飛ばされて顔面から水浸しの地面へそのまま突っ込む。
「危ないよ〜ご主人」
ポヨンといつもの反動と、アクアのマイペースな声。
「おおう、ありがとうな」
慌てて手をついて起き上がって振り返ると、俺が倒したのよりふた回りはデカい巨大なディノニクスをハスフェルが叩き斬ったところだった。うわあ、いつの間に背後に回られてたんだ。全然気付かなかったぞ。
「まあまあよかったぞ。だが、一匹倒したところで気を抜くなよ」
にんまりと笑ったハスフェルの言葉に、冷や汗をかきつつ乾いた笑いをこぼしてお礼を言った俺だったよ。
ううん、何とか皆に助けてもらって無事に一匹倒せたけど、やっぱり肉食恐竜は怖い!