恐怖と頑張り!
「よし、じゃあよろしくお願いします!」
大きい方のヘルメットを被り、左腕に取り付けた盾の具合もしっかりと確認してから一つ深呼吸をした俺はハスフェルに向き直る。
「おう、しっかり頑張れ」
笑ったハスフェルの言葉に真剣な顔で頷いた俺は、のんびりと歩き回っているトリケラトプス達を見た。
「ええと、それでどれに行く?」
一応近い位置にいるのは全部で四匹。大きさにはそれほど大差は無いと思う。多分……。
「そうだな。じゃあまずは手前にいる小さめのをいってみるか。角には充分注意する事。俺が補助してやるから、とどめはケンが刺せよ」
「お、おう。頑張るよ」
ビビりつつそう答えると、笑ったハスフェルが自分の剣を抜く。俺もそれを見て腰のヘラクレスオオカブトの剣をゆっくりと抜き放った。ランタンの明かりを受けて刀身がギラリと光る。
「頼むぜ。相棒!」
小さくそう呟き、ハスフェルが示した近くにいるトリケラトプスに向き直った。
しかし、小さいとはいえ目の前のトリケラトプスは大型のワゴン車なんかよりもはるかに大きい。
ゆっくりと武器を構えて忍び足で近付いて行く俺を見ても、トリケラトプスは知らん顔だ。
「俺達如きじゃあ、相手にならないってか!」
まだビビっている自分を奮い立たせる意味も込めて、やや強めの口調でそう言って一気に駆け寄り手にしていたヘラクレスオオカブトの剣で右側後ろ脚の腿の辺りを切り付けた。
ほぼ同時に、反対側に回ったハスフェルも、反対側の同じ位置の辺りを切り付けた。
悲鳴のような大声を上げたトリケラトプスが、堪えきれずに後ろ足を曲げて座り込む。
ここぞとばかりに斬りかかろうとした瞬間、いきなりそいつは頭を大きく左右に振った。
目の前に一気に迫るデカい角の先端を見た俺は、咄嗟に動く事が出来なかった。
「ご主人危ないよ〜〜!」
アクアゴールドの声と同時に、一瞬で俺の目の前に広がる金色。そして、直後に誰かが俺の首根っこを引っ掴んで思い切りグイッと後ろへ引っ張った。
「うわあ!」
突然の事に対応しきれず、引っ張られて尻餅をつく俺。
慌てて立ち上がろうとしたら、襟を掴んだ誰かにそのままの勢いで引き起こされた。
「ご主人、気を付けてください。切り付けたらすぐに下がらないと。あの角は危ないですよ」
当然のように、咥えていた襟を離したマックスにそう言われてしまい、無言でコクコクと頷く俺。
どうやら今のは、マックスが咄嗟に俺を引っ張って助けてくれたみたいだ。角を受けてポヨンと跳ね返したアクアゴールドも、一瞬で羽根付きに戻ってこっちへ飛んで来てくれた。
『おいおい、大丈夫か?』
苦笑いするハスフェルから苦笑いの念話が届く。
「お、おう。大丈夫だよ。従魔達が守ってくれたよ」
うっかり声に出して返事をしながら俺は、あのデカいトリケラトプスをハスフェルが一撃で倒してくれて、一瞬でジェムになって転がるのを無言で見つめていた。
「どうする? もうやめるか?」
転がったジェムを手にしたハスフェルの心配そうな言葉に、俺は握ったままだったヘラクレスオオカブトレスの剣を見た。
「だ、大丈夫。もう一度やる。あんなに首が曲がるとは思っていなかったからちょっとびっくりしただけだよ。次はもっと上手くやる」
そう言って、抜いたままだった剣をもう一度構えた。
とは言ったものの、正直言ってメチャクチャ怖い。逃げて良いなら即行走って逃げるよ。
だけどここで逃げたら、俺はもう多分トリケラトプスを二度と狩れない。絶対どこかで怖いと思ったままになってしまう。って事は、この後に行く予定の肉食恐竜なんて論外じゃないか。せっかく頑張って武器も防具も揃えたんだ。そんなのは駄目だ。
そりゃあ、強いのは従魔達に任せて、自分は弱いジェムモンスターだけを狩るって方法もあるだろう。
だけどそれはやりたくない。
確かに俺は、ヘタレで臆病で怖がりだよ。だけど、マックス達だけを危険な目に合わせておいて、自分は陰に隠れて楽な狩りだけするなんて、そんなのは嫌だ。自分で自分を許せないよ。
「次はもっと上手くやる!」
大丈夫だ。ステゴザウルスだって狩れたんだ。トリケラトプスも絶対に狩ってやる!
自分に言い聞かせるみたいに声に力を込めてそう言うと、ハスフェルはニンマリと笑って俺の腕を叩いた。
「よし、それでこそ冒険者だ。じゃあ次はあいつにするか。警戒しているから気を付けろよ」
その言葉にハッとなる。
確かに、さっきまではのんびりと歩き回っていたトリケラトプス達が、明らかにこっちを見て警戒している。
「ど、どうする?」
「大丈夫だよ。従魔達が囲んでくれているから、お前は前だけ見ていろ」
少し優しい声でそう言われて慌てて周囲を見回す。
すると、従魔達はまだ狩りはせずに、確かに俺の周りを取り囲むようにして見てくれている。そしてランドルさんやリナさん達までが、手を止めて俺の事を心配そうに見ていたのだ。
は、恥ずかしい!
穴があったら入りたい心境だったが、深呼吸を一つして考え直す。恥ずかしがってる場合じゃあない。彼らにも、俺がちゃんと出来るんだって事を見せないと!
何とかそう考えて、ゆっくりと構えたまま前に進んだ。少し剣先が震えているけど、それは見ないふりをしておく。
ハスフェルが、足音も立てずに目的のトリケラトプスの反対側へ回ってくれるのが見えた。
「よし、もう一度後ろ脚に攻撃だ!」
一つ大きく息を吸って、そのまま一気に駆け寄って切りつける。そして即座に離れた。反対側では、ハスフェルが俺にタイミングを合わせて同じように後ろ脚を攻撃してくれたみたいだ。
また悲鳴のような大声を上げて座るように尻餅をついたトリケラトプスが、大きく頭を振る。
だけど今度はちゃんと距離を取っているから大丈夫だ。
「今だ!」
反対側に頭を振った時を狙って、今度は首の根元辺りを力一杯切りつけて、もちろん即座に離れる。
「良いぞ! そのままもう一撃首へ切り込め!」
ハスフェルの大声に応えるように、俺も大きな声を上げて腰だめに剣を構えて、頭を振るトリケラトプスへ突っ込んで行った。
突き刺したのは、フリルの裏側部分の少し皮膚が薄い箇所。吸い込まれるみたいに、根元まで剣が深々と突き刺さる。
その瞬間、一瞬でトリケラトプスは大きなジェムになって転がった。
「や、やった〜〜!」
思わず大声でそう叫んで、持っていた剣を高々と掲げた。
「おめでとう! 一つ壁を越えたな」
「お、おう。ありがとうな」
笑ったハスフェルに拍手されて、俺は誤魔化すように笑ってお礼を言ったよ。
それから、同じように拍手をしてくれていたランドルさんやリナさん一家にも振り返ってお礼を言った。
「よし、じゃあ大丈夫な様だから次に行くぞ。もう少し大きいのにするか!」
嬉々としたハスフェルの言葉に、苦笑いしつつも俺も大きく頷いたのだった。
「おう、こうなったら目指せ亜種討伐だ!」
「おう頑張れ!」
笑ったハスフェルにそう言われて、頷いた俺は持っていたヘラクレスオオカブトの剣を改めてしっかりと握りしめたのだった。