ベリーと長老と雪スライム達のそれぞれ
「父上、ありがとうございます。ようやく私を認めてくださいましたね。ですがその件ならばお断りしたはずです。私はまだまだ郷へは帰りませんよ」
里へ帰って来いと言って自分を抱きしめる長老の腕を軽く叩いて束縛を解いたベリーは、にっこりと笑って俺を振り返った。
「ケン、彼には本当に心から感謝していますよ。そして彼とともにある事で、私は今まで薄っぺらな知識としてしか知らなかった様々な事を、実際にこの目で見て、この手で触れて体感して確認する事が出来たのです。今なら分かります。郷に引きこもり、己の知識のみを誇り仲間内だけでそれを披露しあって楽しんでいた我らが、いかに狭量で愚かであったか」
これ以上ないくらいにいい笑顔でにっこり笑って言ってるけど、これってめっちゃ長老を含めてケンタウロス自体をディスっているよな。ええ、ベリーってそんな過激な奴だったっけ?
ベリーの言葉に揃って顔色無くす長老達を見て、俺は困ったようにハスフェル達を振り返った。
『なあ、これって放っておいて良いのか? ほらギイ! 仲裁役はお前の仕事だろう?』
必死になってハスフェルだけでなくギイにも念話で話しかけるが、二人ともチラッとこっちを見て笑っているだけで返事もくれない。
『なあってば〜! 返事プリ〜ズ!』
必死になって何度も呼びかけていると、一つため息を吐いて苦笑いしたギイが俺に軽く手を上げて合図をして、ゆっくりと進み出てまだ何か言いかけていたベリーの肩を叩いた。
「ほら、らしくないぞベリー。はい、深呼吸をして。気持ちはわかるが、ちょっと落ち着け」
完全に面白がるような軽い口調でそう言ったギイはもう一度苦笑いして、言われた通りに深呼吸をしているベリーの背中を叩いてから長老達に向き直った。
「長老殿、身内の喧嘩に口を挟むのは野暮かと思って知らん振りをしていましたが、ケンはこういうのを見過ごせない性分なんですよね。なので頼まれたのでちょいと古くからの知り合いとしてお節介を焼かせていただきますよ」
「あなたがギイ殿ですね。お噂はかねがね。大変失礼をいたしました。ウェルド・ヘンネルと申します」
ギイの後にハスフェルとも挨拶を交わす長老を見て、これまたにっこりと笑ったギイは、長老の背後にいるケンタウロス達を見てからベリーを見た。
「なあ、例の岩食い達の件は、今のところ大丈夫なんだよなあ?」
「そうですねえ。一応警戒は続けていますが、今のところ問題は無いようですよ」
急に話を変えられて不思議そうにしつつも、ベリーが律儀に答えてくれる。
「なら、ベリーのように姿隠しの術でも使って、ケンタウロス達に交代で街へ見学に行かせればいい。ベリーの言っていた意味が間違いなく分かりますよ」
街のある方角を指差したギイの言葉に、ベリーが目を輝かせる。
「おお、ギイ。よく言ってくださいました! それこそまさに、私が彼らに何度も何度も口を酸っぱくして言ってきた事なのです」
目を輝かせてうんうんと頷くベリーの言葉に、戸惑う長老達。
「なあ、どうして長老達は街へ行かないんだ? 俺はてっきりもう行っているんだとばかり思っていたよ。せっかく外の世界へ出てきたんだから、いくらでも好きなだけ見ればいいじゃあないか。それこそ机上の知識だけじゃなくて、リアルに生きた知識を実践で習う最高の機会じゃないか?」
俺の言葉に、右肩に座るシャムエル様もうんうんと頷いている。
「そうだねえ。まさにその通りだと思うし、多分長老達も、本当はどうすれば良いのかなんて分かっているんだと思うよ。だけどそうだねえ。言ってみれば、知識の精霊としてのプライドが邪魔をしている感じかなあ」
若干困ったようなシャムエル様の言葉に、俺は無言で足元を見る。
『要するに、目の前の事を習わなけりゃ駄目なのは頭では分かっているのに、勉強をしたくないから他の事をして紛らわせている子供状態?』
念話でこっそりそう呟くと、ハスフェルとギイ、それからベリーが三人同時に思い切り吹き出し、それ以外の全員を驚かせていた。
俺も一緒になって知らん顔で笑ってから、もう一度足元を見る。
とうとう待ちきれなくなったのかもう跳ね回っている子はいなくて、俺のブーツに半分乗りかかるみたいにしてベロンと水袋っぽくなって寛いでいる子達が合計三匹いるだけだ。それ以外もそこらに好き勝手にやる気なさそうに転がっている。
「よし、雪スライム達が待ちくたびれているから、とりあえずテイムしちまおう。込み入った話は後な」
わざとらしい大声でそう言い、右足のブーツに張り付いてとろけている子を一匹掴んでやる。
「お前、俺の仲間になるか?」
「はあい! なりますなります!」
俺がそう言った瞬間、まるで周囲の雪が突然津波みたいにブワって感じに膨れ上がって俺達目掛けて襲いかかってきたのだ。
「どわ〜〜〜〜〜! ちょっと待てお前ら!」
まだ紋章も名前も授けていない雪スライムを落とさないように必死で引っ掴みながら、俺は堪える間も無く雪の津波に飲み込まれた。
ついでに言うと、その場にいた従魔達まで含めた全員が、突然の雪津波に弾き飛ばされたり飲み込まれたりして転がり、全員揃って悲鳴を上げる羽目になったのだった。