帰宅と夕食準備と密かな不満?!
「はああ、やっぱり建物の中は暖かいですねえ」
従魔達の間に挟まって、暖房器具の吹き出し口近くで暖をとっているランドルさんがしみじみと呟く。
「やっぱりそうですねえ。いくら地下洞窟内部の気温が一定だとは言っても、出入りしたらやっぱり寒いですよ」
同じく、自分の従魔達の間に挟まって端っこの暖房器具を占領しているアーケル君の呟きだ。
ちなみにこれらは全て、お城の玄関を入ったところにあるエントランスホールに置かれた暖房器具の前での会話だよ。
ここは、廊下と並んで一日中暖房器具がフル稼働しているので、どれだけ寒い外から帰って来た時でもここに入ってくればポカポカだよ。
外で雪を落として入ってきたら、ひとまず濡れた体や服を乾かしたり着替えたりする場所がすぐ横にある。まあ、今はそこは予備の暖房器具置き場になっているんだけどね。
俺達はスライム達が面倒を見てくれるから濡れても気にしないけど、普通はそうはいかないだろうからね。
雪国の大変さを垣間見た今なら、このエントランスと着替え用の部屋が無駄に広い理由が分かる気がするよ。
「そろそろリビングへ行くぞ。夕食は何がいい? 昨日は焼肉だった事だし肉以外がいいかな?」
俺的には、シンプル和食が食べたいんだけど、絶対にそれだと皆足りないだろうしなあ。
「ええ、ケンさんもお疲れでしょう? 今から作るなんて大変だし、作り置きなら俺達も色々持っていますから、あ! じゃあ今夜は持ち寄り会にしましょうよ」
いい事思いついたと言わんばかりのアーケル君の提案に、にっこり笑ったランドルさんもあの二百倍の収納袋を見せ、リナさん達もうんうんと頷いている。
「ああ、いいですねえ。じゃあそうしましょう」
実を言うと、俺はあの豆腐懐石の店で樽でまとめ買いした西京焼きの魚を焼いてみたかったんだよ。
「まあ、あれくらいなら簡単に焼けるから、キッチンでサクッと焼いてもいいなあ。あれなら他の人も食べるだろうしさ」
小さくそう呟き、ひとまずリビングに集合する。
それぞれいつもの定位置に座り、嬉々として収納袋から色々と取り出し始める。
俺も負けじと、買い置きの料理を色々と並べた。
「そうだ。あの買ったキムチも出してみるか。酒のつまみにもなりそうだし」
ワインには合わない気がするけど、吟醸酒や、たまにハスフェル達が飲んでいる濁り酒みたいなのには絶対に合いそうな気がする。
「俺、ちょっと自分が食いたいから、あの豆腐懐石の店で買った魚の味噌漬けを焼いてくるよ」
ランドルさんやアーケル君達が、楽しそうに話をしながら料理を取り出しているのを見て、そう声をかけてから大急ぎでリビング横のキッチンへ向かう。
ここではテフロンのフライパンもアルミホイルも無いし、コンロには魚焼き用グリルなんてものも無い。なので、魚を焼こうとしたら金網で焼くか鉄製のフライパンで焼くしかない。あとは串に刺して直火だな。
少し考えて、まずはフライパンで焼いてみる事にする。
まずは火にかけてフライパンを温めておかないとな。
その間に軽く味噌を落としておく。だけど俺が好きだから、それなりに残しておくよ。別に焦げたって構わないもんな。西京焼きは、あのちょっと焦げたところも美味いんだよ!
と、心の中で誰かに向かってそう宣言して、温まったフライパンに魚の切り身を並べていく。
「おお、いきなりいい音と香り。ううん、いいねえ」
パチパチと早速味噌が爆ぜる音がする。思わず深呼吸してしまうくらいにいい香りだ。
「とにかくこの世界の唯一の不満が、食材に占める魚介類の割合が低い事なんだよなあ。白身の魚はあるけど川海老しかないし、そもそも生食の文化も無さそうだし、全体にとりあえず肉食っとけ! 的なメニューが多い気がする。がっつり肉もたまには良いんだけど、俺的にはエビや魚ももっと食いたいんだよなあ」
フライパンを焦がさないように軽く揺すりながら小さくそう呟くと、唐突に俺の右肩に現れたシャムエル様が、俺の耳の辺りに何故かもたれかかってきた。そのまま身を乗り出して俺の顔を横から覗き込んでくる。
当然、もふもふな体や尻尾が俺の頬や耳元辺りにくっついて、とっても幸せな事になっております。
「ん、どうした? まあ、俺的にはもふもふで嬉しいけどさ?」
さりげなく頬擦りを返しながらそう言ってやると、間近でシャムエル様と目が合った。
「ええ、ケンはこの世界に不満があるの?」
明らかに、ショボーンって感じに分かりやすく凹むシャムエル様を見て、慌てる。
どうやら、俺の何気ない呟きの不満って言葉だけを聞いちゃったみたいだ。
「いやいや、そんな大それた不満じゃあないって。単なる愚痴だって。俺が元いた国は四方を全て海に囲まれた島国でね。当然魚料理がたくさんあったんだ。魚だけじゃあなくて、エビやカニ、貝類なんかも色々あったんだ。だけどここでは内陸部な事もあってどうしても生魚が手に入りにくいんだよな。こんな風に加工したり干物にしたりするのが多いからさ。特に俺は日常的に魚やエビなんかをよく食べていたから、どうしても懐かしいなって思っちゃうんだよ」
話をしながら、フライ返しで焼けてきた西京焼きの魚をひっくり返す。もちろん、割れないようにそっとだ。
「ああ、不満ってそういう意味だったんだね。そっか、それなら海沿いの街のカデリーやターポートだと、海産物はそれなりにあるし、お魚や海で獲れる大きなエビなんかも食べられているよ。じゃあ春になったら行ってみればいいね」
明らかに安堵したようなシャムエル様の言葉に、俺の目が輝く。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、それは春以降に是非とも行かせてもらおう。俺はエビフライが食いたい」
笑ってそう言い、焼き上がった西京焼きを順番にお皿に取っていく。
「よし、とりあえずこれだけあれば良かろう」
焼いた西京焼きはお皿ごと一旦サクラに収納してもらい、良い加減腹が減った俺は急いでリビングへ戻って行ったのだった。
さあ、久々の西京焼き、食べるぞ〜〜!