街へ戻る
「まあ、双方合意なら別に構わないんじゃないか?」
「確かにな。まあ好きにさせておこう」
ハスフェルとギイの呆れたような声が聞こえて、俺は首を傾げた。
いつもマックスやニニ達とも好きにもふもふしているんだから、別におかしくはないと思うんだけど?
はてなマークが頭にずらっと並んだような状態だったが、ハスフェル達はまた二人で顔を寄せて真剣に何か話し出した。
「なあ、これって何が問題?」
仕方がないので、シャムエル様に聞いてみる事にした。
フランマは、俺の腹の辺りに何度も何度も頭を擦り付けて嬉しそうにしている。
「いやあ、ケンの人気は凄いね。私、感心しちゃったよ」
「ドユコト?」
すると、シャムエル様は俺の腕を伝って手首のところまで降りて来た。そしてフランマの頭をそっと撫でた。
「本来、幻獣は人には決して懐かないんだ。ごく稀に何らかの恩を受けて懐く事もあるけれど、まあ確率的には流れ星に当たるのと同じくらいだよ」
「なんだよそれ。それって、有り得ないって言ってるのと同意語だよな」
「まあそういう事。特に、カーバンクルの額の石は『炎の核』って呼ばれていてね。普通、迂闊に触るとその瞬間に全て灰になるって言われてるよ。いやあ、生きてて良かったね」
創造主に、生きてて良かったって、感心したように言われる俺って……。
頭が痛くなりそうなので、もうこれも全部まとめて、いつもの如く明後日の方向に放り投げておこう。うん……深く考えてはいけない。
「しかしこうなったら、問題はその子をどうやって旅に連れて行くかだな」
困ったようなハスフェルの声に、改めて手を離してカーバンクルのフランマを見る。
確かに、このまま街へ連れて行ったら確実に大騒ぎになるだろう。
「ご主人にご迷惑は掛けられませんね。あ、それならば、私は姿隠しの術が使えますから、ケンタウロスのお方と普段は一緒にいる事にします」
そう言って少し離れると、ピョンっとその場で跳ねた。
一瞬にして姿が消え、小さな揺らぎが後ろにいたベリーの側に移動して行った。
「よろしくお願いします。賢者の精霊殿」
「こちらこそよろしくお願いしますね。どうぞ私の事はベリーとお呼びください」
「はい、ではよろしくベリー。私の事もフランマとお呼びくださいね」
また姿を現したフランマとベリーが、仲良く話をしているのを見てちょっと思った。ベリーももふもふが好きだもんな。平然と話しているけど、あれ、絶対内心では大喜びしてるぞ。
まあ、仲間内で仲良くしてくれるのなら俺は文句は無いよ。うん喧嘩するより数倍良いよな。
それに、幻獣に性別があるのかどうかはわからないけど、声を聞く限りフランマは雌みたいだ。
いやあ、うちのパーティーの従魔達、女子率が高いぞ。
「それじゃあ、なんとか話もまとまったようだし、一旦街へ戻るか」
「そうだな、俺は腹が減ったよ」
なんかもう、いろんな事がありすぎて時間の感覚があまり無いけど、腹は減ってる。
ちょっと考えて、買い置きのハンバーガーとサンドイッチを三人分出して、コーヒーと一緒に簡単に食べておく。まあ、街へ戻ってもう少し何か食べても良いかもな。
「あ、フランマ。お前の食事って何?ケット・シーのタロンは、いつも鶏肉を食べてるんだけど?」
ハンバーガーの最後をひとかけを口に入れてふと思った。フランマってもしかして腹が減ってるんじゃないか?
すると、フランマは目を細めてまた俺にすり寄って来た。
「私は基本的に草食です。果物には特にマナが多く含まれていますので、出来たら果物を頂けますか?」
「それならベリーと一緒で大丈夫だな。よしよし、じゃあもう少し果物も仕入れておくよ」
そう言って、サクラから蜜桃を取り出しながら不意に思い出した。
「ああ! 大変だ。すっかり忘れていたぞ」
「急にどうした。一体何事だ?」
俺の大声に驚くハスフェルを振り返って、俺は取り出したばかりの蜜桃を見せた。
「昨日市場でこれを大量買いして、また配達してもらうように頼んでいたんだよ。昨日は来なかったから、多分今日持って来てくれてる筈だ。うわあ、どうしよう。宿泊所に持って来てもらうように頼んでいたから、留守だって分かったら絶対困ってるよな」
ベリーも欲しそうにしていたので、もう一つ取り出してやりながら、オレはあの八百屋のおっさんに心の中で謝った。
「ああ、それなら恐らくギルドに連絡がいっている筈だから心配するな。ディアマントなら、代理で受け取ってくれているさ」
「前金で金貨一枚払っただけだから、全部で幾らになったんだろう。帰ったらすぐに確認しておかないとな」
「じゃあ、早い所街へ戻るか。ギイ、お前はどうする?」
ハスフェルの言葉に、ギイは笑って俺を見た。
「異世界人よ。貴方さえ良ければ、しばらくご一緒させて頂いてもよろしいか? こんなに面白そうなパーティーは俺も久し振りに見るよ」
もう、ここまで来たら断るって選択肢は無いよね。うん、来るもの拒まずの精神でいこう! そしてもしも去る者がいるなら……追わないでおこう。
「ああ、もちろん大歓迎だよ。あ、俺の事はケンって呼んでくれよな。間違っても異世界人なんて呼ぶなよ」
「了解だ。ケン」
差し出された大きな手を握って、俺達は笑い合った。
って事で、出た時よりも人間も従魔も増えた大人数での帰還となった。
大丈夫だ。食料は大量に仕入れている。一人くらい増えても……うん、あの体格なら相当食べるだろうから、もうちょっと仕込んでおこうか。
相談の結果、まだ気絶したままのクーヘンが落ちないように、ギイは、一旦イグアノドンのチョコの後ろに乗ってもらう事になった。普段は、ニニが乗せることも決まった。
金色のティラノサウルスに戻って街へ行く。なんて選択肢は、絶対無いもんな。あんなのが街にいたら……街中が大パニックになるよ。
「駄目か? あれが一番足が速いんだけどな」
平然とそんな事を言うギイを、ハスフェルが思い切り背中を叩いて仰け反らせていた。
揃って洞窟内部を抜け、ようやく外の世界に出た時には、もうすっかり辺りは日が暮れて真っ暗になっていた。
俺一人だったら迷わず野宿するところだが、大丈夫。何しろ只今のうちのパーティーは過剰戦力だ。それに以前も聞いたが、夜でもこの辺りには危険なジェムモンスターも肉食動物も出ないらしい。
一応夜盗と間違われないように、それぞれランタンに火を灯してかざしながら、俺達は街を目指して走り続けた。
もう直ぐ街へ到着しようかと言う時、チョコの上でクーヘンが身じろぎをした。唸り声をあげて鞍を掴んでいる。
「ちょっと待て、落ちると危ないぞ」
ギイがそう言ってチョコを止める。
ハスフェルもシリウスを止めて飛び降り、チョコの横へ駆け寄って行った。最後尾にいた俺も、慌ててマックスの背から飛び降りてクーヘンの所へ走った。
ハスフェルがチョコの背中からクーヘンを抱いて下ろしてやり、足元の草地に横にしてやる。
「あ、あれ? もう外に出たんですか? ええと、私は……?」
しばらくして目を開けたクーヘンは、今の状況が全く分からず、そのまま星空を見上げてまた固まってしまった。
「ええと、ちょっとこれを飲んでおくか」
それは、シャムエル様に教えてもらって作った万能薬入りのお茶だ。他の水と混ぜると効果は薄まるが、蒸発しなくなるらしい。当然、数滴の万能薬でも、体力の回復程度の効果は充分にある。
「ああ、ありがとうございます」
まだ呆然としたまま起き上がるクーヘンにお茶を手渡してやり、どこからどこまで説明するべきか困っていると、ハスフェルに肩を叩かれた。頷いて立ち上がり場所を譲る。
ここはもう、彼に任せるべきだろう。
「大丈夫か?クーヘン」
お茶を飲んで一息ついた様子を見て、ハスフェルが話し掛ける。
「は、はい、申し訳ありませんでした。あの……あのティラノサウルスはどうなりましたか?」
不安げなクーヘンにそう言われて、ハスフェルは苦笑いして首を振った。
「まあ、誰も死んで無いから心配するな。絶対王者と言ったって、いつでも襲い掛かってくる訳じゃ無いからな」
「そうなのですか、それは良かった。ですが、お助けいただき、本当にありがとうございました。あのまま洞窟に放置されても文句は言えないのに……」
しょんぼりするクーヘンの背中を叩き、俺も笑った。
「大丈夫だって。俺も似たようなもんだったからさ」
軽い口調でそう言ってやり、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「それでな、あの後洞窟で俺の昔馴染みに出会った。しばらく一緒に旅をする事になったからよろしくな。一応洞窟からここまで、お前を落とさないように一緒にチョコに乗って支えてくれていたんだぞ」
「ギイだよ、よろしくな」
笑顔で差し出された手を握り返しながら、クーヘンも驚きを隠せない顔をしていた。
そりゃあそうだろう。ハスフェルと並んで見劣りしない奴なんて、早々いやしないだろうに、目の前の金髪の美丈夫は、文字通り銀髪のハスフェルと対になったような豪華さだ。
まあ、仲間になってくれるなら、これ以上ない心強い人だろう。
うわあ、しかしハスフェルのやつ、どさくさに紛れてフランマとの事全部端折ったな。まあ、クーヘンはタロンもただの猫だと思っているみたいだし……あれ? 確かトライロバイトをやっつけていた時、タロンもニニの横で巨大化していたよな?
もしかして、気付いてないのか?
ちょっと心配になって右肩に座ったシャムエル様を見たが、何故だかドヤ顔なのを見てなんとなく察した。
多分、ちょっといろんな事を見えにくくしているんだろう。まあ、創造主様だもんな。俺が心配しなくても大丈夫だろう。多分。
大雑把な神様だけど、一応、ハスフェル曰く、有能らしいからね。
って事で、今回も疑問を全部まとめて明後日の方向に放り投げて俺は立ち上がった。
「じゃあ、まずは街へ戻ろう。新しい従魔の登録もしなきゃならないし、まずはギルドに顔を出すか。夕食はそれからかな?」
「ええそうですね。私もお腹が空きました」
起き上がって苦笑いするクーヘンと手を叩き合って、まずは街へ戻る事にした。