模擬戦と解説
「じゃあ、まずは軽く手合わせだな」
「おう、お前と盾付きでするのは久し振りだなあ」
何やら妙に嬉しそうにそう言った二人が身構え、その場が一瞬で静まり返る。
動いたのは二人同時だった。
まずは木剣同士が鈍い音を立てて交差する。その直後に二人は揃って同じ行動を取った。
なんと、そのままもう一度剣で打ち合うのかと思ったら、左腕に装備している丸盾で相手をぶん殴ったのだ。両手で剣を握ったまま、腕ごと振るみたいにして。
しかし、二人同時の行動だったので、盾同士が激しい音を立ててぶつかっただけで二人とも無傷だ。
当然、二人ともその場から即座に飛んで下がり、また同じようにして剣を合わせては、互いを盾で殴ろうとしている。
「いやいや、いくらなんでもあれは無茶だろうが」
思わずそう呟いた俺だったが、俺以外の全員はそうは思わなかったみたいで感心したように拍手をしている。
「さすがに、あのお二人が戦うと迫力が違いますねえ」
「本当ね。いくら分かっていてもあれは小柄な我々には出来ないわ」
感心したようなアルデアさんの呟きに、リナさんもうんうんと頷いている。
そりゃあまあ、人間よりもかなり小柄な草原エルフにあの闘い方は出来ないだろう。盾に吹っ飛ばされて終わる以外ないと思うぞ。
もう半ば呆れたように、嬉々として打ち合う二人を眺めていた。
見ていると、時には互いの剣での打ち込みを丸盾で受けて流したりもしている。まあ、これが本来の盾の使い方だよな。よし、これは覚えておこう。
「だけどあれって確かに見事だし丸盾の扱い方も分かるけど、言ってみればあれって対人戦での戦い方だよなあ。今から行くステゴザウルスとの対戦には参考にならないんじゃないか?」
ふと思いついてそう呟くと、ちょうど手を止めたところだったハスフェルとギイが揃ってこっちを振り返った。
「ああ、確かにそうだなあ。久しぶりのギイとの手合わせが楽しくて、ついつい夢中になってしまったよ」
「言われてみればそうだなあ。確かに楽し過ぎてそっちを忘れていたよ」
ハスフェルとギイが、顔を見合わせて苦笑いしながらそんな事を言う。
まあ、確かに楽しそうだったよな。
「ご主人、それなら私がステゴザウルス役をやりましょうか?」
そう言って進み出たのは、今はいつもの大型犬サイズになっているセーブルだ。まあ、確かに巨大化したセーブルならステゴザウルスくらいの大きさになれるかな。
「セーブルなら、大きさは確かにそれくらいはあるだろうが、残念だがもう一つの武器である尻尾が無いぞ」
「ああ、確かに。ステゴザウルスは尻尾の攻撃もかなり有るからなあ」
ハスフェルとギイの言葉に、困ったようにセーブルは自分の後ろを振り返る。セーブルにも尻尾そのものは有るんだけど、熊の尻尾ってほぼ出っ張り程度だもんなあ。
もしかしたらセーブルは、自分には尻尾は無いと思っているかも。多分、自分では見えないレベルだよあれ。
うちの従魔達は巨大なふさふさ尻尾や長くて綺麗な尻尾を持つ子が多いから、もしかしたら自分には尻尾がなくて残念って思っているかも。
「それなら私が巨大化しましょう。ご主人、ちょっと鞍と手綱を外していただけますか?」
ギイがいつも乗っているブラックラプトルのデネブがそう言いながら進み出てくれたので、敵役は巨大化したデネブにやってもらう事になった。
ギイが手早くデネブの鞍と首輪付きの手綱を外して収納する。
「どうする? お前がするか?」
笑ったハスフェルの言葉にギイは苦笑いして下がる。
まあそうだよな。自分をいつも乗せてくれている従魔に訓練とはいえ武器を向けられるかって聞かれたら……正直に言うと俺はためらう。どうやらギイも同意見だったみたいで、無言でハスフェルの右肩を叩いて俺達のところへ戻って来た。そのままその場に立ってハスフェルを見ている。
「じゃあ、俺がやるよ」
ハスフェルの言葉を合図に、デネブが一気に巨大化する。
「うああ、あのサイズの恐竜な時点で、もう絶対勝てる気がしないんだけどなあ」
半ば呆れたような俺の呟きに、ギイが苦笑いしている。
「まあ、肉食恐竜があそこまでデカくなると、さすがに俺でもそう簡単には勝てないかな」
「か、勝てるんだ」
「そりゃあお前、絶対王者に比べたら同じ肉食とはいえラプトルなんて可愛いもんだぞ」
ドヤ顔でそう言われて、冗談抜きで気が遠くなった俺だったよ。
「じゃあ、お手柔らかにな」
笑ったハスフェルの言葉に、デネブが嬉しそうに一声吠える。
轟くような重低音と共に金属を擦り合わせたような奇妙な高音が重なる肉食恐竜独特の咆哮だ。
「おいおい、こんなところであんな大声で肉食恐竜が鳴いたら仲間を呼び寄せたりしないか?」
若干ビビりながらそう呟くと、ギイに笑われた。
「大丈夫だよ。今のは明らかな威嚇の咆哮だから、仮に他の肉食恐竜が近くにいても警戒して近寄って来ないよ、草食恐竜なら尚の事さ」
納得した俺は、一つ深呼吸をしてからハスフェルとデネブの戦いに注目した。
木剣を構えたハスフェルが素早くデネブの横に回り、大きな胴体部分に斬りかかりに行く。しかし、即座に尻尾を振ってそれを防御するデネブ。
その瞬間、ハスフェルは装備している丸盾を使ってその尻尾の攻撃を防いだ。というか弾いた。そのまま右上に構えていた木剣で尻尾の根元辺りを攻撃にいく。
普通なら下がるか噛みつきにくると思って見ていたんだが、デネブは何とハスフェルに体を寄せて体当たりしてきたのだ。
それを見たハスフェルは丸盾を前に構えて防ごうとするが、さすがに堪えきれなかったらしく大きな体が後ろへ吹っ飛ばされる。受け身を取って二回転がったハスフェルは、しかし平然と起き上がった。
ここで一旦小休止になり、ギイが今の戦いを解説してくれた。
「これがステゴザウルスなどの大型の草食恐竜に見られる一番危険な攻撃である体当たりだ。見て分かっただろうが、これはハスフェルでもまともに受けたら防ぎきれない。当然、これはお前では絶対に防ぎきれないから気を付けろよ。体当たりを見極めるコツは、前脚を見るんだ。反動をつけるように屈む姿勢を見せた時が体当たりの前兆だよ。それを見たら絶対に即座にその場から離れろ。万一間に合わない時は、その屈んだ前脚を攻撃するんだ。それから……」
ギイが身振りを交えながら、術を持たない人間が巨大なステゴザウルスと戦う際の詳しい攻撃方法を分かりやすく伝授してくれる。
強力な攻撃の術が使える草原エルフと違って、俺とランドルさんはあくまでも武器での攻撃しか出来ない。
ギイの説明をもうこれ以上無いくらいに必死になって聞いている俺の横で、ランドルさんも、それはそれは真剣にギイの話を聞いていたのだった。