雪スライムとの追いかけっこ
「だあ! 部屋をあったかくしてる意味が無いって。もう雪遊びは終わり〜〜〜!」
びしょ濡れになった顔を手で拭き、濡れた手を振りながら叫んだ俺の言葉にあちこちから同意の声と笑い声が上がる。
「じゃあご主人、綺麗にするね〜〜〜!」
いつもののんびりとしたサクラの声と同時に、一瞬で全身を包まれてすぐに解放される。
「おお、相変わらず仕事が早いねえ。ありがとうな。もうサラサラだよ」
笑って転がるサクラをおにぎりにしてやり、一つため息を吐いてから足元を見る。
まだ雪まみれになったままのスライム達があちこちに好き勝手に転がっていて、苦笑いした俺は、手にしたサクラをちょうど集まっている塊めがけて放り投げてやった。
「きゃあ〜〜〜〜」
「転がる〜〜〜〜!」
ビリヤードの球が弾けるみたいに、わざとらしい悲鳴を上げてそれぞれのご主人のところへ転がって散っていくスライム達。
地面を転がる時に、体にくっついて残っていた雪も一緒に落ちているから、もうほぼ全員が元通りのスライム達に戻っている。
笑った俺も、鞄の口を広げて飛び込んでくるスライム達を受け止めてやった。
「さてと、それじゃあ片付けて出発……あれ、まだいたのか。雪まみれのままじゃあないか。ほら、お前は誰だ?」
机の脚の横にいた真っ白なスライムを見て小さく吹き出しそっと手を伸ばす。
次の瞬間、その真っ白なスライムはプルプルと震えて消えてしまった。
「ええ? なんだ?」
見間違えたかと思ったが、間違いなく今スライムがいた。
無言で地面を見る俺に、ハスフェルとギイが不思議そうにしている。
「どうした?」
揃ってそう尋ねられて、俺は思わず鞄の中を覗き込んだ。
ピンポン玉よりも小さいくらいになったスライム達が一斉に俺を見る。
「なあ、全員いる、よ、な……?」
数を数えながらそう言い、今見た真っ白なスライムの正体に気付いた俺は、慌てて足元を見回した。
「あ! いた!」
俺の座っている椅子の脚の横に、まるでかくれんぼをするかのようにくっついた真っ白な塊。テニスボールサイズのそれを、俺は驚かせないようにじっくりと見つめて手を伸ばした。
すると、俺に見られている事にすぐに気付いたみたいで、また一瞬で消えてしまった。
慌てて探すと、今度はハスフェルの座っている椅子の脚に、また隠れるみたいにしてくっついている。
『なあ、ハスフェル。お前の座ってる椅子の横に、例の雪スライムらしき子がいるんだ。捕まえられるか?』
鞄を持ち直す振りをしながら、念話でこっそりハスフェルに知らせる。
突然の念話の言葉に驚いて目を見開いたハスフェルが、無言のまま自分の足元を覗き込んで小さく頷き、ものすごくゆっくりと屈んでいく。
しかし、あと少しで手が届くところでアーケル君が不意に声を上げた。
「あれ、どうしたんですか? 何か落ちましたか?」
無邪気にそう言いながら立ち上がって足元を覗き込む。
当然、一瞬でいなくなる白いスライム。
「ああ、逃げられた」
ハスフェルの呟きに、不思議そうなアーケル君が口を開こうとした時、自分の足元を見て目を見開く。
「はあ、何だこいつ!」
また一瞬で消えていなくなる白いスライム。
「ねえ、ハスフェルさん……」
しかし、黙ったハスフェルがアーケル君の口を軽く指で押さえて黙らせる。無言のままコクコクと頷く彼を見て、そっと手を離したハスフェルは俺を振り返った。
「どうやら、闖入者がいるみたいだ。皆動くなよ」
ゆっくりと立ち上がったハスフェルの言葉に、ものすごくゆっくりと席に戻るアーケル君。
立ち上がったギイも一緒になって、二人は無言でテントの中を見回す。だけどそう簡単には見つけられないみたいだ。
ちなみに、さっきからずっと揺らぎがテントの中を行ったり来たりしているので、どうやらベリーでも捕まえられないみたいだ。まあ、ここにはリナさん達がいるので術を使うのを遠慮しているからだろうけどさ。
「なあ、お前らには見えるか?」
俺の言葉にマックス達が困ったように顔を見合わせる。
その様子を見るに、どうやらマックス達でも一瞬で消えているあの動きを追うのは難しそうだ。
「となると、止まったところを捕まえるのがベストなんだろうけど……」
「ご主人は、あれをテイムしたいんですよね?」
その時、左肩に留まっていたファルコが、遠慮がちにそう聞いてきた。
「おう、出来ればテイムしたいんだけど。捕まえられるか?」
「私にはある程度の動きは見えますが、ここは逆に狭すぎて、私が飛んで捕まえるにはちょっと無理がありますねえ」
困ったようなその言葉に納得する。
そういえば猛禽類って、飛んでいる上空からはるかに遠い地面にいるウサギやネズミを見つけられるんだもんな。確かピンポイントで焦点を合わせられる目を持っているんだとかって、テレビの猛禽類の特集番組で観た記憶があるよ。
「ちなみに今、どこにいるか分かるか?」
「今ですか。ご主人の足元にいますよ」
笑ったファルコの言葉にもう一度目を見開いた俺は、慌てて足元を見る。
「いた、今度は机の脚にくっついてるぞ」
ハスフェルが動きかけたが、俺は小さく笑って首を振りゆっくりと屈んでいく。
だけど、また直前で一瞬で消えてしまう。
「今度はリナさんの足元へ行きましたよ」
ファルコの言葉を通訳してやると、一番近くにいたギイが屈もうとしたが直前にまた消えていなくなった。
その後も、何度も足元に来るのだが一瞬で消えてしまう為に、そもそも捕まえるどころか触る事すら誰も出来ていない状態のまま時が過ぎる。
「ううん、しかしこれはどうするべきだ?」
腕を組んだ俺の呟きに、立ったままのハスフェルとギイも困り顔だ。リナさん達やランドルさんも戸惑うみたいに顔を見合わせて困っている。もちろん何度も足元に来て捕まえる機会はあったんだけど、今のところ誰一人かすりもしていない状況だ。
「だけどこのテントの隙間なんてあちこちにあるんだから、逃げる気になればあの素早さなら一瞬だよなあ」
何度も逃げ回っている雪スライムだけど、何故かテントの外へは逃げようとしない。外へ逃げられて仕舞えばもう俺達に追跡するのは不可能だ。
まあファルコなら追いかけられるかもだけどさ。
「それなのに、外へは逃げようとしないって事はもしかして……」
小さく呟いた俺は、持っていた鞄の口を開けて中を覗き込んだ。
「なあ、もしかしてあの雪スライムって、お前らが連れてきたんだよなあ?」
小さな声でそう尋ねると、鞄から次々に転がり出て来たアクア達は一斉にプルプルと震えて跳ね飛び始めた。
「あの子達は寂しいって言ってたの」
「だから一緒に遊ぼうって言ってあげたの!」
「喜んでいたんだよ」
「一緒に遊んで楽しいって!」
「だけど大きな人の子は怖いんだって」
「だからついつい逃げちゃうんだってさ」
予想どおりの答えに小さく吹き出した俺は、俺の足元を指差した。
「それならさ。これからずっと一緒に遊びたいなら一度は俺に捕まらないと駄目なんだって、教えてやってくれるか?」
「分かった〜〜〜〜! じゃあもう一回皆で遊ぼうね〜〜〜〜!」
「はあい! 一緒に遊ぶよ〜〜〜〜〜!」
笑った俺の言葉に次々に応えたスライム達は、そう言ってまたテントの隙間から跳ね飛んで外へ出ていく。それを見て、後を追いかけて飛び跳ねて外へ出ていく全員のスライム達。
当然、俺の足元にいたあの雪スライムもいつの間にかいなくなっていたよ。
だけど、それを見た俺はニンマリと笑って、突然のスライム達の行動に呆然とこっちを見ている全員に向かって口を開いた。
「じゃあ、あいつらが説得してくれるみたいだから、超レアなスライムをテイムしに行きましょうか」ってさ。