雪スライムごっこ
「急にどうしたんですか?」
「大丈夫ですか?」
突然、揃って咽せた俺達を見て、ランドルさんとリナさん一家が慌てている。
「ああ、ごめんごめん。大丈夫だよ」
誤魔化すみたいに何度か咳払いしてから笑った俺は、残っていたオーレを飲み干した。
「もうちょい欲しいな。ええと、オーレのおかわり欲しい人いるか?」
「はい!」
全員の手が上がるのを見て、もう一度吹き出した俺は立ち上がってさっきの片手鍋を取り出した。
『それで、詳しい説明を求めるよベリー。雪スライムってそんなに珍しいのか?』
ミルクを温めながら念話でベリーにそう尋ねる。
『ああ、失礼しました。ちょっと興奮していまいました』
ちょっと恥ずかしそうにそう言ったベリーは、姿を消したまま俺のすぐ側まで歩いてきた。
『先ほど申し上げた通り、雪スライムは我々の間ですらもはや伝説となっているほどに出現情報がほとんど無い、とてもとても珍しいスライムなんです!』
また少し声のテンションが上がっている。本当に知識の精霊というだけあって、自分が知らない知識には貪欲なんだなあ。
『へえ、ケンタウロスでも見た事がないって、確かに伝説かも』
呑気に鍋をゆすりながら念話でそう呟くと、ベリーがもの凄い勢いでこっちを振り返ったのが分かった。
『ケン! そんな呑気な話ではありませんよ。今のケンタウロスの里の者達でさえ、知識としては知っていても己の目で見て手で触れた事がある者は誰もいないのです。その機会に恵まれるかもしれないのに、これが興奮せずにおられましょうか!』
うわあ、ベリーのテンションマックスになってる。
『ええ、そこまで言われたら、俺も見てみたいよ。それで出来ればテイムしたい』
『それなら俺だって欲しいぞ』
『俺も俺も〜〜〜』
無言で目を見交わした俺達は、何も言わずともこの後の行動を決定していた。
とりあえず、偶然を装ってなんとか一匹でもいいから発見して、この際だから雪スライムもテイムしたい! ってな。
「はい温まったぞ。カップ集合〜〜〜!」
そんな話をしている間にミルクが温まったので、まずはそれぞれのカップに入れてやる。
残りのちょっと冷めたコーヒーは俺のカップにまとめて注ぎ、新しい熱々のコーヒーが入ったピッチャーを取り出して、全員にオーレを作ってやった。
「はいどうぞ。それじゃあこれを飲んだら片付けて出発かな?」
湯気の出る熱々のオーレを啜りつつ、さりげなく話をハスフェル達に振る。
「そうだな。せっかくこんな一面の銀世界に来たんだ。何を狩りに行くかね」
ハスフェルとギイが顔を見合わせて相談した結果、このままもう少し山のある北側へ移動してみる事になった。山側に行けばいくつか地脈の吹き出し口があるらしい。
「一面の銀世界と言えば、樹海の爺さんが言っていた幻のスライムの話を思い出すなあ」
「ああ、確かに。こんな銀世界なら出てもおかしくはないよなあ」
出たな。伝家の宝刀、樹海の爺さんから聞いた話。
元ネタがこれにしておけば、とりあえずどんな珍しい話も昔の人の話として受け入れてもらえるもんな。
「へえ、どんな話なんだ?」
当然のように俺が食いつくと、アーケル君達も興味津々でこっちを見ている。
「なんでも、こんなふうに一面の銀世界の中には、雪スライムと呼ばれるとても珍しいスライムがいるのだとか」
「だけど、何故か捕まえられないとも言っていたなあ」
「へえ、雪スライムねえ。そんなの初めて聞きます。もしかして、普通のスライムに雪がくっ付いただけとか?」
笑ったアーケル君の言葉に、俺達も笑う。
「確かに、こいつらなら雪がくっついても知らん顔していそうだなあ」
机の上にいたアクアをそっと指で突っついてやる。
「こんな感じですか〜?」
笑ったアクアが、ポヨンと跳ねてテントの隙間から外へ転がり出る。
しばらくして一回り大きくなって戻ってきた。
全身に満遍なく粉雪をくっつけたそれは、まるで静電気を起こした時の発泡スチロールの粉みたいだ。
「あはは、最高〜〜確かに雪スライムっぽい!」
「雪スライムの、必殺ひんやり攻撃〜〜!」
雪まみれのまま俺のところへ突っ込んでこられて慌てて逃げる。だけど間に合わなくて顔面に雪まみれのアクアに当たられて、俺は笑いながら悲鳴をあげた。
「冷たい! やったな〜〜〜この〜〜〜!」
マイカップを置いた俺は、右手でバレーボールサイズになっているアクアを引っ掴んでテントの隙間めがけて放り投げてやった。
「きゃあ〜〜〜転がる〜〜〜〜!」
嬉々とした悲鳴を上げて外に転がり出ていくアクア。
それを見て、床に転がって退屈していたスライム達が次々にテントの隙間から外へ出ていった。
「外で遊んでもいいけど、気をつけろよ〜〜」
子供に声を掛けるみたいにそう言って笑った時、全員のスライム達が次々に跳ね飛んでテントの外へ飛び出していくのが見えて思わず吹き出したよ。
「おいおい、お前らまさか……どわあ! だから雪をくっ付けて戻ってくるんじゃあねえよ! 寒いだろうが!」
真っ白になったバレーボールからソフトボールサイズのスライム達が次から次へと戻ってくるのが見えて、俺だけじゃなあくて全員が慌てて立ち上がる。
「きゃあ〜〜〜! やめてやめて、冷たいってば!」
雪まみれのまま首筋にくっつかれたリナさんの可愛らしい悲鳴に俺達が揃って吹き出し、大爆笑になる。
しかし、次々にぶち当たってくる雪まみれのスライム達に俺達も本気の悲鳴をあげる羽目になったのだった。
誰だよ。こんな無茶な遊びをスライム達に教えたのは……あ、俺か。ごめん。