リナさんのテイムと従魔の名前
「あれ、オリゴー君って従魔と話が出来るのか? 確か、魔獣使いにならないと普通は従魔とは会話出来ないんじゃあなかったっけ?」
テイムしてもらったパールと、あまりにも自然に仲良く会話をしているオリゴー君を見て、思わず俺はそう尋ねる。
俺の声に驚いたみたいに振り返ったオリゴー君が、笑いながら顔の前で手を振る。
「へ? まさか、俺にそんな能力はありませんって。でもアーケルがいつも言っていたし、親父にも聞いたところによると、こっちが理解出来なくても従魔は俺の言葉が分かってるんでしょう?」
「ああ、テイムされた時点で知能は相当上がるみたいだから、主人だけじゃあなくて俺達や他の人達が言っている言葉だって分かるし、聞けば普通に答えてくれているよ」
「みたいですね。それなのにケンさんは、他の従魔達の言っている事も分かるんだって聞きましたよ。凄いですよね」
目を輝かせるオリゴー君の言葉に、アーケル君やリナさん、ランドルさんまで一緒になって笑顔で拍手してくれている。
「あはは、ありがとうな」
誤魔化すように笑う俺を見て、オリゴー君は笑ってもう一度パールを撫でた。
「って事だから、何となくパールが言ってる事の予想はつきますよ。ええと、最初に俺が名乗って俺を乗せてくれるかって聞いたら、軽く吠えた後に俺の体に合わせて小さくなってくれたでしょう。だからきっと乗るならこれくらいの大きさで良いかって聞いたんだと思ったんです。それで、次に俺が街へ戻ったら鞍と手綱を買うからって言ったら、また嬉しそうに吠えたから、これはきっとそれまで手綱無しで乗っても大丈夫なのかって聞かれたのかと思ったんですけど……違いました?」
「いや、その推理でほぼ完璧。横で聞いていたら、普通に会話してるみたいだったよ」
「よし、俺達相性バッチリみたいだな。これからもよろしくな、相棒!」
笑った俺がそう言ってサムズアップしてやると、嬉しそうに笑ったオリゴー君は大喜びでパールに横から抱きついて笑いながら体を撫で回していた。
パールも嬉しそうに一声吠えると、離れたオリゴー君の体に頬擦りするように頭を何度もこすりつけていた。
うん、確かに相性バッチリ相思相愛って感じだな。
「じゃあ、次は私だね」
同じく石付きの短剣を抜いたリナさんの声に、オリゴー君とパールが慌てたように下がって場所を開ける。
ヤミーが咥えたままずっと押さえ込んでいたもう一匹のシンリンオオカミは、待っている間に闘志が復活したみたいで近付いてくるリナさんに向かってもの凄い勢いで歯を剥き出しにして威嚇している。
「うわあ、改めて見ると狼の牙ってすげえ」
密かに感心しながら見ていると、進み出たリナさんがあのダイヤモンドが付いた短剣を掲げる。
「いけ!」
ごく軽いリナさんの一声の直後、もの凄い竜巻がシンリンオオカミに襲いかかった。
リナさんの、相変わらず容赦のない攻撃。
改めて見ても、これは確かに局地災害レベルだよ。しかも攻撃対象は標的限定で、それ以外にはシンリンオオカミを捕まえているヤミーを含めて俺達には全く実害無しの微風程度ってところがもっと怖い。
大きなシンリンオオカミの体が竜巻に巻き込まれて一気に浮き上がりモコモコの毛が完全に逆立っている。まるで全身静電気状態になったみたいだ。
突然の竜巻に慌てたようにヤミーが脚を広げて地面に俺の指よりもデカい爪を立てて全身で踏ん張り、唸り声を上げてシンリンオオカミが飛ばされないように必死になって捕まえている。
先ほどまで歯を剥き出しにして威嚇していた当のシンリンオオカミは、今はもうただただ吹き荒れる竜巻に揉みくちゃのフルボッコ状態で、もう完全に戦意を喪失していた。
「キャウ〜〜〜〜ン」
誰が聞いても「降参です」としか聞こえないシンリンオオカミの悲鳴のような鳴き声が聞こえて、リナさんが掲げていた短剣を下ろした。
それと同時に一瞬で竜巻がかき消えて静かになる。
地面に落ちたシンリンオオカミは、全力疾走した後みたいに口を開いて舌を出した状態でハアハア言って硬直している。
それを見たヤミーは、噛み付いていた口を離してゆっくりと下がった。だけどすぐ近くで止まっているから、もしも何かあれば即座に反応出来る位置なんだろう。
しかしリナさんが一歩踏み出した途端、ビクってなってもう一度鼻で鳴いたシンリンオオカミは、ゴロンと倒れてお腹を上にして仰向けになって見せた。しかも視線はリナさんを直視しない。
これは、犬族伝統のいわゆる完全服従のポーズだよな。
苦笑いした俺達が見守る中、仰向けになったシンリンオオカミの喉元にリナさんの細い手が伸びて軽く押さえつける。
「私の従魔になるか?」
「はい、貴方に従います」
静かなリナさんの問いに、可愛らしいシンリンオオカミの声が聞こえた。どうやら、この子も雌みたいだ。
一瞬ピカっと光り、リナさんが手を引くと、シンリンオオカミはゆっくりと起き上がって良い子座りになった。
さっきのパールと同じように胸を逸らすのを見て、手袋を外したリナさんが笑顔で頷く。
「それで、名前は?」
ここで振り返ってカルン君に尋ねる。
「スノーホワイトってどう? 普段はスノーって呼ぶって事で……」
「クーヘンの店のお兄さん夫婦の娘さんの名前がスノーさんだよ」
何だか駄目出しばかりで申し訳ないけど、さすがに従魔と同じ名前は失礼な気がする。会う前ならともかく、彼らもクーヘンとは知り合いなわけだし。
俺の言葉に吹き出すハスフェル達とランドルさん。アーケル君達は遠慮なく大爆笑している。
「ああ、そうか〜〜ええ、二個とも考えていた名前が駄目って、うう、どうしよう」
頭を抱えるカルン君を見て何だか申し訳なくなる。
「あ、それならネージュってどうだ? ええと、俺の故郷の言葉で、これも雪って意味なんだけどなあ」
「それいただきます!」
もの凄い勢いで顔を上げたカルン君の言葉にリナさんが吹き出し、俺達も遅れて吹き出す。
「了解。それじゃあお前の名前はネージュだよ。お前は私の息子のところへ行くんだ。可愛がってもらえよ」
優しいリナさんの声の後に、胸元に当てた手の辺りが光り、離した時にはリナさんのあの紋章が綺麗に刻まれていた。
「よろしく、ネージュ。カルンだよ。俺をその背中に乗せてくれるか?」
「はい、よろしくです新しいご主人!」
笑顔で駆け寄るカルン君に甘えるように鳴いたネージュが飛びついていき、体の小さなカルン君は一瞬で仰向けに押し倒されてしまいネージュの体に完全に隠れてしまった。
「わふう! うわあ、なにこれ! なにこれ! ふわふわにも程があるぞ! うわあ〜〜最高〜〜〜!」
手しか見えていないのに、歓喜の表情まで目に見えるくらいのその嬉しそうな悲鳴を聞いて、慌てて駆け寄ろうとした俺達は、またしても揃って吹き出して大爆笑になったのだった。