シンリンオオカミをテイムする!
「ええ、なんか複数の声が聞こえるんだけど。大丈夫か?」
「だよな。これってちょっとまずくないか?」
明らかに複数が戦っていると思しき鳴き声に、オリゴー君とカルン君が若干ビビっている。
「まあ、初手は従魔達に任せておけばいいさ。さて、どんなのが来るのかねえ」
マックスの背中に乗ったままで、俺はにんまりと笑ってガサガサと音がし始めた森の茂みを眺めていた。
「来た!」
「うわあ、これはデカい!」
一気に鳴き声が大きくなり、その直後に茂みの中から何だかよく分からないまだらな塊が転がり出てきた。
それを見たオリゴー君とカルン君の悲鳴のような声が聞こえる。
出てきたのは全部で三匹の真っ白な毛皮のシンリンオオカミで、ティグとヤミーがそのうちの二匹に噛み付いて取り押さえていた。
そしてサーベルタイガーのクグロフとグラスランドウルフの亜種のマフィンが二匹がかりで三匹の中では一番大きなシンリンオオカミを抑え込んでいる。だけど、今にも振り払われそうだ。
それを見て巨大化したセーブルが駆け寄り、軽く前脚でシンリンオオカミの顔を叩きそのまま軽々と片手で大きな体を押さえ込んだ。それを見て二匹が離れる。セーブルなら任せても良いと判断したのだろう。
「捕まえましたよ、ご主人。もう抵抗しませんので、どうぞお好きな子をテイムしてください」
「あ、ああ……」
半ば呆然と返事をして、一応二人の分をテイムする予定にしていたアーケル君を振り返る。
「ええと、どれにする?」
明らかにセーブルが取り押さえている子は大きさが違う。それになんだか自分でもよく分からないんだけど、他の二匹とは明らかに違うような気がして俺は首を傾げていた。
「ああ、何か違うと思ったら、セーブルが取り押さえているのは、シンリンオオカミの魔獣だな」
「へえ、魔獣がジェムモンスターと一緒にいたのか。同種だからこそだな」
それぞれの騎獣に乗ったままだったハスフェルとギイの呟きに、思わずそっちを振り返る。
「ん? ドユコト?」
「今言った通りさ。あのセーブルが捕まえているのだけが魔獣で、残りの二匹はジェムモンスターだよ。シンリンオオカミは、元になる原種の野生動物である普通のシンリンオオカミと、それらが魔獣化したシンリンオオカミとその亜種、それからジェムモンスターのシンリンオオカミとその亜種の三種類がいるんだよ」
「通常は、野生の原種とジェムモンスターは生息地が違ったり、見かけの毛色に変化がある事がほとんどなんだが、ここは三種類の見かけもほぼ同じで生息地が完全に重なっているのさ。なので今みたいに、魔獣とジェムモンスター、時には野生の原種までが一緒になって一つの大きな群れになる事がある。大抵は魔獣か原種がボスで、ジェムモンスター達は群れを構成するな」
ハスフェルとギイの説明に俺達は納得して大きく頷く。
「って事は、もしかして……?」
アーケル君を見ると、彼は泣きそうな顔でこっちを見ながら首を振っている。
「あんなデカいの俺には無理です! あれはケンさんにお願いします!」
「よっしゃ! シンリンオオカミの魔獣テイムするぜ!」
必死の顔でそう言われて、思わずそう呟いて拳を握った。
「じゃあ、俺が先にあのデカいのをテイムするよ」
嬉々としてそう言い、マックスをゆっくりと進ませて近くまで行く。
ううん、マックスほどじゃあないけど、このシンリンオオカミも相当大きいぞ。
押さえつけているセーブルがあまりにもデカいので気が付かなかったけど、近くへ来るとその大きさにちょっとビビった。
「どうぞ」
俺がマックスから飛び降りたのを見てセーブルが少しだけ下がる。とはいえ、胴体を押さえつけている前脚はそのままだ。
「グルル〜〜〜」
怒りに爛々と目を輝かせた真っ白なシンリンオオカミは、正面に立った俺を見上げて歯を剥き出しにして威嚇してくる。
「ここはまた、氷の出番だな」
ワンパターンだけど、一番効果のある攻撃兼防御だもんな。
頭の中で、カッチカチに凍らせた氷をイメージしながらゆっくりと近寄っていく。
唸っているシンリンオオカミの視線は、俺にロックオンされたままだ。
「じゃあ、いきますよ!」
差し出した右手に、バスケットボールよりもまだ大きなカッチカチの氷が現れる。
またセーブルが少し腕を引いて緩めた瞬間、シンリンオオカミは首を伸ばして俺に噛み付きに来た。
「これを待ってたんだよ!」
大きく開いた口に、作った氷を思い切り突っ込んでやる。
「ギャン!」
情けない悲鳴をあげたシンリンオオカミは、それでもすぐに復活してギリギリと音を立てて氷を噛み砕こうとしている。
だけど、俺の渾身の力を込めたその氷には、ヒビが入る気配すら無い。
いつも思うけど、ただの氷がこれだけ硬くなるって、自分で作って思うのも何だけど、これってどういう仕組みなんだろうなあ。
全く砕ける様子のない氷に驚き目を白黒させるシンリンオオカミを見ながら、若干斜め上な事を考えていた俺は、腕を伸ばして大きな頭を押さえつけた。だけど片手では押さえきれずに、両手を使って全身で押さえ込む。
氷を口に咥えたまま、ものすごい怒りの唸り声を上げるシンリンオオカミ。
「俺の仲間になれ!」
両手で力一杯押さえつけながら、腹に力を込めて大声でそう叫ぶ。
しかし、シンリンオオカミは唸っているだけで、返事をしようとしない。
それを見たテンペストとファインの狼コンビが、いきなり左右からシンリンオオカミの首元に噛み付いて押さえ込んだ。
悲鳴のようなシンリンオオカミの鳴き声が響き、しばしの沈黙……頭を押さえている俺も、ここぞとばかりに力一杯押さえ続けた。
「もう一度言うぞ。俺の仲間になれ!」
腹の底から力一杯の大声でもう一度そう叫ぶ。
直後に、大人しくなったシンリンオオカミは、可愛らしく鼻で鳴いて完全に伏せの体勢になった。
それを見たセーブルとテンペストとファインがそれぞれ離れていく。
「ロックアイス、砕けろ」
俺の言葉の直後に、口の中いっぱいに押し込まれていた氷が粉々になって砕ける。
ゆっくりと起き上がったシンリンオオカミは、俺を見て可愛らしく瞬きをした。
「俺の仲間になるか?」
「はい、貴方に従います」
俺の問いにこれまた可愛らしい声でそう答えたシンリンオオカミがピカッと光る。だけど大きさは変わらない。
「そうか、魔獣は大きさが変わらないんだったな。ううん、これまた大きいのが仲間になったなあ。それにどうやら、この子は雌みたいだな」
笑った俺は小さくそう呟き、そっと手を伸ばしてさっきまで力一杯押さえつけていた額の辺りを撫でてやる。
「紋章はどこに付ける?」
右の手袋を外しながらそう尋ねると、良い子座りになったシンリンオオカミは胸を反らせるようにして大きく突き出す。
「ここにお願いします!」
笑った俺は、右手を胸元に当てる。
「お前の名前はビアンカだよ。よろしくな。ビアンカ」
確か、イタリア語で白って意味だ。いいよな。真っ白だし。
もう一度ピカっと光り、すぐに光が消える。
「お見事でした。いやあ、さすがですね。見ていてドキドキしましたよ」
拍手したランドルさんの言葉に、皆も揃って拍手をしてくれた。
「って事で、次はアーケル君の番だよ。ほら、頑張れ!」
笑った俺は、右手の手袋をはめ直してから力一杯アーケル君の背中を叩いてやった。
情けない悲鳴を上げて仰け反る彼を見て、皆吹き出して大笑いになったのだった。