サイン色紙の行き先
「到着〜〜! うう、寒いぞ!」
小雪が散らつき始めた道を急いで冒険者ギルドまで戻って来たんだけど、暖かかった劇場の空気に慣れていた俺達は、揃って震え上がっていた。
今更ながら気がついたよ。マックスに乗っていると意外と暖かかったんだなあって。
ムービングログは確かに楽なんだけど、微妙な体重移動だけで動いてくれるから乗っているとほぼ突っ立っているのと変わらない。運動量ほぼゼロ。
それに比べてマックスの背中に乗っている時は、ゆっくりであっても常にバランスをとっているから足に力が入っているし、腹筋や背筋も実は結構使う。
それにむくむくなマックスの毛のおかげで、案外足の内側辺りは暖かいんだよなあ。
「寒い寒い!」
皆口々に寒い寒いと文句を言いつつ、ムービングログを即座に収納して冒険者ギルドへ駆け込んで行った。
「はあ、あったかいよ〜〜〜」
冒険者ギルドの受付は、温風の出る暖房器具がフル稼働中でかなり暖かい。
思わず深呼吸してから顔を見合わせて吹き出した俺達は、体についた雪を慌てて払い落とした。
「ええと、じゃあ……」
冒険者ギルドの受付は、銀行のカウンターみたいにいくつもの窓口が並んでいる。
右側の壁面は、全面にわたっていわゆるクエストボードになっていて、何枚もの依頼の概要を書いたメモが貼り付けられている。受注するなら、ここからメモを剥がして受付するみたいだ。まあ、俺は自分から選んでの依頼の受注はやった事がないけどね。
俺の場合は、持ち込みの買い取り品だけで充分ギルドに貢献していると判断されているみたいで何も言われないけど、普通は一定期間、理由もなく依頼を全く受けなかったら一応注意されるんだって。
まあ、ギルドカードは身分証を兼ねているから、全く何もしないのはそりゃあ駄目だよなあ。
反対側の壁面は雑談出来る様に椅子や机がいくつも並んでいて、大体いつも大勢の冒険者達が暇そうに集まっている。
ここは飲食してもいいみたいで、皆色々持ち込んで飲んだり食ったりしながら賑やかに話をしているのは日常の光景だ。
こんな時間だけど、そっちには何人もの冒険者達が集まって飲んでいるので、フクシアさん達を連れて行くのはちょっと憚られる。
「ええと、物の引き渡しをしたいので、すぐにすみますからちょっと会議室をお借りしてもいいですか」
滅多に出さないギルドカードを一応出して受付で聞いてみると、一時間単位で有料で部屋を借りられるらしいので、とりあえず一時間だけお願いする。
ギルドカードと一緒に鍵を貰って、全員揃って言われた部屋に向かった。
「おお、ここも寒い!」
置いてあった暖房器具にジェムが入っているのを確認してから、急いでスイッチを入れる。勢いよく温風が吹き出してくるのを見て笑った俺は、机の上に先ほど貰った袋を取り出した。
「ええと、先に彼女達に選んでもらっても構わないよな?」
俺の持つ袋を見ているハスフェル達やリナさん一家を振り返ってそう尋ねる。一応、確認はしておかないとな。
「好きなだけ選んでもらってくれ。ってか、何枚も要らないのでなければ、俺の分はよかったら進呈するから貰ってくれるか」
苦笑いしたギイの言葉に、フクシアさんとファータさんの目が見開かれる。
「あの……よろしいんですか?」
「いやあ、今はケンの城に世話になっているけど、何しろ基本的に住むところも持たない気軽な浮草暮らしだからなあ。それに、今日の彼女達の様子を見ていると、俺なんかが持っているより彼女達に持っていてもらった方がサインも幸せな気がするんだよ」
「ああ、それは確かにそうだなあ。それなら俺も遠慮するよ」
ギイの言葉に頷いて苦笑いするハスフェルの言葉に、またしてもこぼれ落ちそうなくらいに見開かれるフクシアさんとファータさんの目。
「あ、それなら王都にいる俺達の姉にお土産にしたいんで、俺達の分は二枚だけいただけますか」
リナさん一家が顔を寄せて相談をしていたんだけど、話が決まったみたいでアーケル君が代表して手を上げながらそう言ってる。
「俺は、バッカスの土産にしたいんで、出来れば頂けますか。有名な方のようなので、あいつの店に飾ってもらったら良いかと思って」
少し恥ずかしそうなランドルさんの言葉に俺は机の上に置いた袋を見た。
「あ、それなら俺の分はクーヘンへのお土産にしよう。クーヘンの店にも飾ってもらえるよな。女性客が多い店だから、きっとヴェナートさんを知っている人もいるだろうからさ」
いい事思い付いたと思ってそう言ったら、何故か全員から呆れたみたいに見られた。
「いや、お前は最低でも一枚は持っていろよ。自分の役をしてくれた人のサインだぞ」
ハスフェルの呆れたような言葉に無言でフクシアさん達を見る。
「当たり前です! ケンさんは絶対にもらってください!」
二人から真顔でそう言われて、確かにその通りだと思って苦笑いしつつ頷き、とりあえずサイン色紙を袋から出して並べた。
「おお、めっちゃ綺麗な字だな。へえ、これがヴェナートさんのサインなんだ」
色紙を手にした感心したような俺の呟きに、何故かフクシアさんとファータさんが揃ってドヤ顔になってる。
それで相談の結果まずは彼女達に一枚ずつ選んでもらい、ランドルさんとアーケル君とリナさんがそれぞれ一枚ずつ選ぶ、それで二枚を俺が選び、残った四枚をそのまま彼女達に進呈する事にした。
なんでも、彼女達の友人に同じくヴェナートさんの大ファンの人が丁度四人いるらしく、よければその人達にも分けてあげたいと言われたのだ。
もちろん俺達に拒否する理由なんて無い。
って事で、無事に余ったサイン色紙の行き先も決まったよ。
「本当にありがとうございました!」
目を輝かせてサイン色紙の入った袋を抱きしめたフクシアさんとファータさんの言葉に、苦笑いしながら手を振った俺達は、嬉々として部屋を出ていく二人を見送った。
あの、サイン色紙の入っていた袋もそのまま進呈したよ。だって、サインを書いてくれたヴェナートさんが一度は手にしている袋だもんな。だけど袋は一つしかないから、そこは二人で相談して決めてください。
「いやあ、なんて言うか……面白い一日だったな」
振り返った俺のしみじみとした言葉に全員揃って同時に吹き出し、大爆笑になったのだった。
いやあ、あれがいわゆる推し活っていうんだよな。割と本気で気になるんだけど、今日一日で彼女達って幾らくらい使ったんだろうな。
笑って今日のフィナーレの時の歌を歌いながら机の上でダンスを始めたシャムエル様を見て、また吹き出した俺だったよ。