金色ティラノサウルスの正体は?
「うわあ……」
無言で俺を見つめる巨大な金色のティラノサウルスを前に、俺に出来たのは呻くような声を上げただけ。はっきり言って、剣を抜くどころか全く逃げる事すらも出来ない。
はい、正直に言います。
腰が抜けました。
やるならせめて一飲みにしてくれないかなあ。
いや、せっかくあんなに沢山食材仕込んだり作ったりしたのに、無駄になるのは悲しいなあ……。
なんて現実逃避をしていると、俺の右肩に現れたシャムエル様が嬉しそうな声を上げたのだ。
「おやおやギイ、久し振りだね。何、今はここが君のねぐらなの?」
すると、金色のティラノサウルスは何度か瞬いた後、俺のすぐ側にまでその巨大な顔を寄せてきた。
あの! 鼻息! 生ぬるい鼻息が掛かってるよ!
「おお、誰かと思えばシャムエルではないか。一体どうした? その可愛らしい姿は何事だ? そしてハスフェルとクライン族はともかく、何故、お前が人間如きと一緒にいるのだ?」
ティラノサウルス喋ったー!
しかも、出会った時のハスフェルと殆ど同じ事言ってるし、そもそもシャムエル様が見えてるって事は、普通じゃ無い事確定! ってか、まさかの神様友達再び? ナニコレ、またしても新たなるフラグ立ちまくりなのか?
無言でパニクる俺に構わず、金色ティラノサウルスの鼻の頭に一瞬で移動したシャムエル様は、巨大な口の上で平然と話しをしている。
ちなみにクーヘンは、俺の隣で最初っから固まったまま一言も発せず硬直している。
「久し振りだなギイ。今度の姿はまた豪快だな」
そして、俺の背後から聞こえるハスフェルの嬉しそうな声。
うわあ、やっぱり神様友達確定かよ。
遠い目になる俺の肩を、すれ違いざまにハスフェルが叩く。笑った彼は、そのまま巨大なティラノサウルスのところへ駆けて行った。
「なあ、大丈夫か? クーヘン」
あまりにも静かなので横を見ると、クーヘンは腰を抜かして地面に座り込んだまま気絶していた。
うん、あれを間近に見たら、まあ普通はこうなるよな。
とにかくクーヘンを抱き上げて、チョコの背中にうつ伏せにして乗せてやる。
さすがに、水に濡れたまま地面に転がしておくのは可哀想過ぎるもんな。サクラに頼んで、びしょ濡れの身体も綺麗にしてもらってやった。
気絶したままなのを確かめて、俺は大きなため息を一つ吐いて振り返った。
次はやや呆然としているマックスとニニのところへ行って、その首に順番に抱きついた。
ああ癒される……うん、やっぱりこのもふもふが良いよな。
「なあ、お前らの目には、あれってどんな風に見えてるんだ?」
「金色の……ティラノサウルスですね」
「そうよね。だけど、普通に喋っていたわね」
マックスとニニの声を聞いて振り返った俺は、いつの間に戻って来たのか、ハスフェルにベリーまで加わって話をしているのを黙って見つめた。
「って事は、普通のティラノサウルスは喋ったりしない?」
「もちろんです。誰かにテイムされれば別ですが、普通の状態では、ティラノサウルスは言葉を喋る事は出来ませんよ」
「あれって、姿はティラノサウルスってジェムモンスターだけど、絶対違うよな?」
「違いますね。そもそもジェムの波動を感じませんから、あれはジェムモンスターではありませんよ」
「ジェムの波動?」
また知らない言葉が出てきた。
「ああ、我々には普通の動物とジェムモンスターの違いが感覚的に分かるんです。その際の判断基準がジェムの波動と呼ばれるもので、何て言ったらご主人にも分かるんでしょうかね……」
俺の質問に、マックスが答えながら考え込んでしまった。
恐らく感覚的なものだと言っているから、表現する言葉が出てこないのだろう。
「ああ、いいよいいよ。そりゃあそうだよな。狩りに行ってジェムモンスターと自分の獲物を間違ったら大変だもんな。お前らには違いが分かって当然だよな」
そんな会話で現実逃避をしていると、突然名前を呼ばれた。
「ねえケン。ギイを紹介するからこっちに来てよ」
そうだよな。そうなるよな。覚悟を決めて振り返った俺は、目を疑った。
あれ? 金色ティラノサウルスがいないぞ?
そして、何故かハスフェルが二人いる……。
いや、よく見ると、髪の色が違う。奥に立っているのは金髪だった。
でもって絶対ハスフェルよりも更に筋骨隆々の超マッチョで背も高い。多分2メートルは余裕で超えてる。
恐る恐る近寄ると、金髪マッチョのおっさんは、真剣な顔で俺に右手を差し出した。
「ギーベルトアンティスだ。どうぞギイと呼んでくれ。そして異世界人よ。この世界を救ってくれた事、心より感謝する。其方に自覚が無かったとしても、何度でも言う。本当によく来てくれた」
「ケンです。あの、その話は俺には本当に自覚が無いんで、お礼はこちらにお願いします」
いつの間にか右肩に戻っていたシャムエル様を指差して笑って誤魔化した。
「ああ、また私に丸投げしようとしてるし」
「で、この金髪のギイさんが、まさかとは思うけど……さっきのティラノサウルスだったりする?」
この展開から考えると、それ以外無い。
「そうだよ。彼はええとね……ケンに分かる言い方をすれば。天秤、つまり調停の神様の化身、かな?」
「調停の神様? ええと、つまり誰かが喧嘩をしたら仲裁に入ってくれるって事?」
「まあ、個人間での諍いにまではさすがに全部は無理だけどね。彼がこの世界にいてくれるおかげで、貴族間や街同士の諍い事は、最低限で済んでいるんだよね」
「ええと、要するに、存在しているだけで喧嘩を停められるわけ?」
「まあ、この世界の理の中に調停者の存在を織り込ませている、ってとこかな」
ほお、成る程。うん、さっぱりわからんよ。
駄目だ。これまた俺には分からない話になってきたぞ。
うん、これはいつもの如く、明後日の方向に全部まとめて放り投げておく事にした。
なんとかそれで納得した俺が深呼吸をして、改めて彼を見た。
「しかし、これまた見事な体格だな。ハスフェルより大きい奴がいるなんて思ってもみなかったよ」
誤魔化すようにそう言うと、シャムエル様は面白そうに笑った。
「あれは仮の姿だからね。ハスフェルを見てもう少しだけ大きくするって言ってああなったんだよ。第一彼は、今の人の姿やさっきのティラノサウルスだけじゃなくて、私と同じで多くの仮の姿を持っているんだよ」
「あれ、ハスフェルみたいに人じゃ無いのか?」
「あの姿の時は人だよ、だけど、ハスフェルよりはまあ……姿は変化してるね」
「そう言うもんなのか?」
「まあ気にしないで」
簡単にそう言われて、もう笑うしか無かった。
その時、ハスフェルが、地面に転がったままになっているアンキロサウルスのジェムを拾ってアクアに渡してくれた。
「それで、お前は何故こんなところにいるのだ?」
顔を上げたハスフェルの質問に、ギイは苦笑いをして肩を竦めた。
「半月ほど前にちょっと奇妙な波動をこの洞窟で感じてな。数日前からこの洞窟の深部で色々調べていたんだがどうにもよく判らん。それで、シャムエルを呼ぼうか考えていたところさ。ちょうど良かった。どうだ? お前は何か感じないか?」
最後は真顔でそう言い、シャムエル様を見つめる。
おお、これまたハスフェルとは違うタイプのイケオジだね。幾つぐらいの設定なんだろう?
ギイの質問に、彼の肩に現れたシャムエル様が、まるで匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせ、さらには立ち上がって身体を上に伸ばした。
「あれあれあれ、確かにこれまた妙なのがいるね。どうしてこんな所にいるんだ?」
俺はもう、その言葉を聞いた瞬間、ここから帰りたくなった。
だって、もう次に来る言葉とシャムエル様の表情まで、その瞬間に予想出来ちまったから。