フクシアさんとの語らいと新しいワイン
「ううん、やっぱり猫と女の子のコンビは最強だなあ」
「あれって本当だって噂を聞きましたけど」
「本当に猫と女の子が出場していたんですか?」
舞台では初日の子供達のレースの再現をしていて、なかなかに賑やかな歌と踊りと共にレースを再現した追いかけっこが始まっている。
それを見ながら思わずそう呟いたら、俺の左右に座ったフクシアさんとファータさんから同時に小さな声で質問された。
「ええ、そうなんですよ。あれ、本当にあのまんまって感じのレースなんですよ。なんて言うかもう、子供可愛いぞ! ってのが前面に出たレースですよ」
笑った俺の言葉にハスフェル達も笑って何度も頷いている。もちろん舞台の邪魔にならないように小さな声での会話だ。
「へえ、そうなんですね。是非一度本物の早駆け祭りのレースを見てみたいものです」
笑ったフクシアさんとファータさんの言葉に、俺は笑うしかない。
基本的に、この世界の人達の行動範囲はとても狭い。俺達みたいな長距離を簡単に移動出来る手段を持っている人は、この世界ではごく少数だ。
自分が生まれ育った街から一歩も出る事なんて無い人が殆どだろう。
それこそ冒険者になるか、街をまたいで活躍出来るほどの商人になるくらいしか日常的に街の間を移動する人なんていない。
聞く限り、街道警備と各街の城壁の管理が仕事の軍の人達も、殆どの場合は地元で採用されるって言っていたから、軍の人事異動も無いのだろう。
「そうですね。いつか見られると良いですね」
社交辞令的にそう言って、ワインを口に含む。
「私、夢があるんです。いつかもっと簡単に人々が長距離を早く移動出来るような手段を作りたいって。ムービングログは、その最初の第一歩です。あれは、あくまでも徒歩よりも少し早い程度までしか速度が出ませんし、乗れるのはせいぜいが二人程度までですからね。まだまだ理想には程遠いです」
少し恥ずかしそうにしつつも、キッパリとそう口にするフクシアさんは、オンハルトの爺さんが直接祝福を与えたのだという、職人の街バイゼンが誇る発明王だ。
彼女が本気で取り組めば、それこそ自動車みたいな物だっていつかは出来るかもしれない。
「それは素晴らしいですね。ぜひ実現させてください。ああでも、そんな手段が発明されたら、従魔はお役御免になっちゃいますねえ」
「ああ、それは駄目です! あくまでも、対象は移動手段のない一般人を相手の場合です! ケンさんは、どうぞマックスちゃんにずっと乗っていてください!」
慌てたように必死になって首を振るフクシアさんに、俺は思わず吹き出してしまい、慌てて口を押さえた。
それで以前、ムービングログを買う時にマックス達の目の前で試乗会をしたら、自分達はもうお役御免になるんだと勘違いした従魔達が大ショックを受けてしまい、思い切り凹んで大変な騒ぎになったあの時の事を話した。
「なので、せっかく買ったムービングログですけど、実を言うと乗れる場合って、ごく限られているんですよね。まずマックス達が側にいない事が大前提です。なのでギルドの厩舎に預けていたり、狩りに連れて行ってもらって俺が留守番している時くらいですね。ああ、ちなみに今日は従魔達を冒険者ギルドの厩舎に預けて来ているので、ここまでムービングログで来ましたよ。あれは良いですよね。足元が雪でも滑ったりしないし、移動が楽で良いです。草原エルフの皆は、人混みの中でも視界は広いし安全だから嬉しいって言っていましたよ」
「ああ、確かにそう言う利点も有りますね。少しでも喜んでもらえているのなら、私も嬉しいです」
アーケル君達のテーブルをチラッと見たフクシアさんは、嬉しそうに笑ってそう言いまたワインを飲む。
ううん、なんて言うんだろう。女性と話をしているって緊張感があんまりない。すっごく自然体で話が出来るので何だか嬉しくなってきたよ。
「すみません、もう一本頂けますか」
会話が少し途切れたタイミングで、軽く手を上げて控えていたドワーフのスタッフさんを呼んだフクシアさんは、銀貨を数枚渡して新しいワインのボトルを開けてもらっている。
「成る程。追加が欲しい人は、ああやってその場で実費で支払う訳か。それにスタッフさんが全員ドワーフなのはどうしてなのかと思っていたけど、要するに、サービスのために上演中に客席内を歩いていても、ドワーフの身長なら舞台を見る邪魔にはならないって事か」
思わず感心して見ていると、最初のラベルとはまた違ったボトルを手にしたフクシアさんが、それはそれは良い笑顔で俺を見てそのボトルのラベルを見せてくれた。
「これはヴェナート様の役名でもあるケンさんの名前の入ったワインなんです。文字通り、ケンさんのワインですね。はいどうぞ」
にっこりと笑ってそう言われてしまい、またしても吹き出しそうになった俺は必死になって口を押さえてなんとか飲み込んだのだった。
俺の名前を冠したワインを、俺が主人公の舞台を見ながら飲むって……一体どんな羞恥プレイなんだよ。マジでさあ……。
笑顔のヴェナートさんの似顔絵と俺の名前が入ったワインのラベルを見ながら、内心で思い切り突っ込んだ俺は、間違っていないよな!