職人さんの乾杯とは
「おお、また場面が変わった。これはホテルハンプールの部屋だな」
今度は簡単な場面転換で、俺達が寛いでいる広い部屋に変わる。
とろとろオムレツとフランスパンを食べ終えた俺は、半分収納してもまだ山盛りに残っているフライドポテトを摘みつつ、のんびりとワインを楽しんでいた。
「なんて事だ〜〜〜六日もここに、缶詰だ〜なんて〜〜〜!」
「仕方ないから、ここは諦めて、普段は、出来ない、贅沢な、暮らしを、た〜の〜し〜め〜〜〜!」
「そんなの絶対無理〜無理〜〜無理〜〜〜だって俺は〜〜〜庶民、だ〜か〜ら〜〜〜〜!」
そして、謎の歌を歌いながら広い部屋の中を追いかけっこをするかのように笑って踊りながら歩く俺達と、同じく踊りながら楽しそうに俺達を追いかけて部屋中を走り回る従魔達。
ちなみに、俺は庶民だからって舞台のケンが歌った時に、客席は大爆笑になっていたよ。
早駆け祭りの英雄がそんなわけないだろうって会話が、あちこちから笑い声とともに聞こえて俺は遠い目になる。
ちょっと待って。世間一般での俺のイメージって、一体どんな奴なんだよ。
いやいや、俺は〜〜マジで〜〜めっちゃ庶民なんですけど〜〜〜!
思わず内心で適当に音程を付けて歌いながら突っ込んだら、冷たい目をしたシャムエル様と目が合ってしまい、誤魔化すように笑ったらもっと冷たい目で見られた。
うう、ダンスだけじゃあなくて音楽全般の才能も俺には無いみたいだけど、そんな目で見なくてもいいいじゃないか。ちょっと傷付いたぞ。
「まあ、誰にだって苦手なものはあるよね」
呆れたように笑ったシャムエル様は、手にした空になったショットグラスを見て、それから俺が食っているフライドポテトを見る。
おう、何も言わずとも言いたい事は分かるよ。
「これだな。はいどうぞ」
笑ってフライドポテトの出来るだけ大きそうなのを摘んで渡してやる。フライドポテトはかなり渡したと思ったけど、もう完食してるもんなあ。
それから、嬉しそうに差し出された空になったショットグラスにも追加のワインを入れてやった。
「これ、案外軽くて飲みやすいワインだよなあ」
まだ俺のボトルには半分以上残っている。
隣を見ると、フクシアさんはワインが好きらしくボトルにはあと一杯分位しか残っていないし、グラスもほぼ空になっている。
「ええと、少し飲みますか? 俺にはちょっと多いみたいだからさ」
小さな声でそう言い、持っていたワインのボトルを見せる。
「良いんですか! ありがとうございます」
嬉しそうに笑ったフクシアさんが、遠慮がちに空になったワイングラスを手にした。
「はい、どうぞ」
こぼさないようにゆっくりと注いでやる。しかし、そのまま飲まずに俺を笑顔で見ているフクシアさん。
何事かと一瞬考えた俺だったけど、直後に理解したよ。
「愉快な仲間達に乾杯」
「愉快な仲間達に乾杯」
って事で、小さな声でそう言うと、彼女も笑顔でそう言ってくれた。飲みかけていたワイングラスを手にして、彼女のワイングラスのすぐ横で軽く触れる振りをする。
乾杯の時、こんな繊細なワイングラスを実際にぶつけちゃあ駄目なんだぞ。
今度は嬉しそうに飲み始めた彼女を見て、俺も小さく笑って残りのワインを飲み干した。
「じゃあ、私も。あの……どうぞ」
何やら大きく深呼吸をしたフクシアさんが、残り少なくなっていたワインボトルを手にして真剣な顔でそう言う。
「ええと……はい、いただきます」
気圧されつつも頷く。何やら真剣な様子のフクシアさんには、断れないオーラ見たいなものを感じたんだよな。
それはそれは真剣に俺のグラスにワインを注いでくれるフクシアさん。だけど、もう一度乾杯しようにも彼女のワイングラスは空になってる。
なので、成り行き上もう一度彼女のワイングラスに俺のワインを入れてやる。まあ、残りがちょうど良い量になったからいいんだけどさ。
「創作を司る鍛治と装飾の神に乾杯」
それはそれは真剣な様子でフクシアさんがそう言ってグラスを掲げる。ちょっと驚いたけど、どうやら職人さんはオンハルトの爺さんに乾杯するのが慣習みたいだ。
「創作を司る鍛治と装飾の神に、乾杯」
笑って俺がそう言うと、何故か唐突にフクシアさんが真っ赤になった。
そのまま無言でワイングラスを持ったまま、何故か見つめ合う。
舞台の上ではあっという間に祭り当日になっていて、さあ頑張るぞと全員揃って張り切って歌いながらダンスをしている愉快な仲間達。
ええと、だけどはっきり言って、今舞台を見るどころじゃあないんだけど……これって、どうすればいいんだ?
女性と付き合った事皆無の俺には、ちょっと高難易度クエストなんですけど!
内心で力一杯そう叫ぶと、ワインをグイッと飲み干したシャムエル様が、小さなゲップと共に呆れたようにため息を吐いた。
「全くもう。あのね、そう言う時は、にっこり笑ってこれからもよろしくって言うの。ほら」
立ち上がって俺の左手のすぐ横に一瞬で移動したシャムエル様は、呆れたようにそう言いながらゲシゲシと俺の腕を蹴っ飛ばす。
「痛いって……ええと、改めまして、これからもよろしく」
何とか場を取り持とうと、出来るだけ自然に見えるように笑いながらそう言うと、まだ赤い顔をしたフクシアさんは、嬉しそうににっこりと笑った。とてもいい笑顔だ。
「そうですね。改めてよろしくです」
笑顔でそう言うと、ゆっくりとワインを飲み始めた。それを見て、俺も一口だけワインを飲み、短いポテトを一つ摘んで口に放り込んだ。
舞台の上では、またしても大掛かりな場面転換が行われていて、いよいよ祭り当日の場面になるみたいだ。
「ううん、結果は知っていても何だかドキドキしますねえ」
場が持たなくて、そう言って誤魔化すように笑う。
「確かにそうですね。実際はどんな風だったのか、是非今度詳しく教えていただきたいです」
笑顔のフクシアさんの言葉に、反対側に座っていたファータさんまでが小さく拍手なんかしてる。
「ああ、いいですよ。それくらいお安い御用です」
笑った俺はそう答えて、それなら岩豚の肉が手に入ったら彼女達にもご馳走してあげればいいかなあ。なんて、のんびりとそんな事を考えながら、いよいよ始まる早駆け祭りの舞台を眺めていたのだった。