ビビンバ美味しい!
「いやあ、まさかのグッズ展開があったとは。劇団風と大河の戦略恐るべしだな。だけどまあ、目の付け所としては正しい商売の仕方って気がするなあ。ちなみにグッズ展開って、役者さんの名前とかだよな。まさかとは思うけど……俺の名前なんて事は、無いよな。ナイナイ。うん、それは無い」
笑った俺が一人で納得してうんうんと頷きながらそう呟いていると、大きなワゴンを押したスタッフさんらしきエプロンをつけた人がテントに入って来た。
「お待たせいたしました。八番の番号札でお待ちのお客様〜〜」
「はあい、こっちで〜〜〜す!」
注文表と思しきプレートを手にしたスタッフさんの若干気の抜けた呼び声に、笑ったアーケルくんが元気よく返事をする。
「うわあ、山盛り……どれだけ食う気だよ」
ワゴンに積まれたそれを見て、思わずそう言わずにはいられなかった。
多分、一番端っこに置いてある野菜多めなのが俺の分だろう。それ以外の全員の分は、そもそも俺のとは器の大きさが違う。俺の感覚ではあれはビビンバ三人前だよ。多分、あれがご飯大盛りバージョン……。
俺の分の彩りはめっちゃ綺麗だ。
多分ニンジンっぽいのや緑のほうれん草っぽいのなどが綺麗に盛り付けられている。味付きの肉もたっぷり入っているし、真ん中には温泉卵みたいな半熟とろとろ卵まで乗っているよ。成る程、生卵の黄身は駄目だから、ここでは温泉卵バージョンなわけか。
「うわあ、しかも大盛りは肉も山盛りだよ。見ただけで胸焼けしそう……」
そう言いたくなるのも無理はない。どどんと目の前に並べられた木製のトレーに乗せられた巨大なスキレット自体、俺が料理する時のボウルサイズだぞ。
しかも、多分野菜はそのままで肉だけを追加したのだろう。ほぼ野菜は見えなくて全体に茶色一色になってるよ。
「はい、ケンさんのは野菜多めの並盛りです。だけど本当にこれで足りますか?」
「おう、ありがとうな。俺的にはこれで充分だよ。しかしこうして見ると俺の分だけ小盛りみたいに見えるけど、これが標準サイズだよな?」
笑ったアーケル君が一番小さなスキレットを俺の前に押し出してくれる。心配そうなその言葉に、俺も笑いながらツッコミ返したよ。
「あはは、確かにこれが並盛りですけど、このサイズを注文する人は多分ここでは少数ですよ」
「俺にはそっちの方が理解出来ないよ」
呆れたような俺の視線の先には、巨大スキレットからさらにあふれんばかりに山盛りにされた肉しか見えないビビンバもどきが並んでいた。
ううん、リナさんもあれを食うのか。毎回思うけど、やっぱりこの世界の人達は食う量がおかしいと思うぞ。ってか、あの山盛りの肉をどうやって混ぜるんだ? 量よりもそっちの方が気になるんだけど?
しかし、よく見ると俺以外の全員のスキレットの横には空の大きなお皿が置いてあるから、多分肉を一旦お皿に退場させておき、混ぜて食べながら肉を追加していくんだろう。
それなら最初から肉は別盛りにすればいいのに。と思った俺は間違ってないよな?
「こちらのスプーンで、しっかり混ぜてからお召し上がりください。器は熱くなっていますので火傷にご注意ください」
笑顔でそう言ったスタッフさんが、一礼してから空になったワゴンと共に退場した後、俺はいつものお供え用の敷布の上に自分の分のスキレットをトレーごと乗せてからそっと手を合わせた。
「ええと、昼食はビビンバっぽいお店に来てます。大丈夫だとは思うけど、熱いので気をつけてください。全体に混ぜて食べるのがおすすめです。多分最後の方になると下に焦げが出来るけど、それも美味いので剥がして食ってください」
実際にシルヴァ達が向こうの世界でどんな風に供えたものを食べているのか知らないけど、一応食べ方の説明もしておく。
頭を撫でられる感覚に目を開くと、いつもの収めの手が俺の頭を何度も撫でてからビビンバを嬉しそうに撫で回し、スキレットごと持ち上げる振りをしてから消えていった。
「ちゃんと通じたみたいだな。じゃあいただくとするか」
俺が手を合わせるのを見て、皆も一緒に手を合わせてくれていた。笑顔で頷き合って、用意されていた大きめのスプーンを手にする。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! じゃじゃジャン!」
いつもよりも若干激しめな味見ダンスの後、目をキラッキラにさせながらお皿を差し出すシャムエル様。
「ええと、ちょっと待ってくれよな。これは混ぜて食うからさ」
見るからに熱そうなスキレットに触らないように気をつけつつ、スプーンを使ってザクザクと混ぜていく。ハスフェル達は、予想通りに肉の山を一旦皿に撤去していたよ。
「おお、香ばしいごま油の香り。あれ、これってキムチっぽい。へえ、キムチがあるならちょっと欲しいかも」
混ぜていて気がついたんだけど、ニンジンだと思っていたオレンジ色の一部はどうやらキムチっぽい。
「へえ、後で持ち帰りが出来ないか聞いてみよう。出来ればキムチは欲しい。あとは多分作れると思う。確かナムルって、基本的に醤油とごま油とすり胡麻があれば出来たはずだもんな。後はニンニクや生姜のすりおろしたのくらいかな」
定食屋の下ごしらえでは何度かナムルっぽいのを作った記憶があるので、それを思い出しながらひたすらザクザクと混ぜる。
「ねえ、まだですか〜〜?」
待ちきれなくなったのか、俺の腕にグイグイとお皿を押し当てるシャムエル様。
「だからそれは地味に痛いからやめてください。よし、これくらい混ぜれば大丈夫だな。はいどうぞ」
大きめのスプーンで、ガッツリすくって盛り付けてやる。
「あ、お焦げがある。ちょっと待って」
早くも底の方に出来ていたお焦げをゆっくりと剥がして、そのまま横に盛り付ける。
「ええ、何それ。焦げてるよ?」
不審そうなシャムエル様の言葉に、笑って首を振る俺。
「まあ食ってみてくれ。この料理は焦げたところが美味いんだって」
「へえ、そうなの? まあいいや。では、いっただっきま〜〜〜〜す!」
「熱いから気をつけろよ!」
俺の言葉と同時に、ビビンバの山に頭から突っ込んでいくシャムエル様。
「熱い! だけど美味しい! でも熱い!」
鼻先に張り付いた肉を慌てたように引き剥がしたシャムエル様は、熱い熱いと言いつつも嬉しそうにご飯粒が張り付いた肉を齧り始めた。
「火傷しても知らないぞ」
笑った俺は、ご機嫌なシャムエル様の尻尾を突っついてから、自分の分をスプーンですくって口に入れた。
「おお、予想以上に美味しい。よし、これも大盛りで持ち帰り候補だな」
多分、俺が作るよりここの方が間違いなく美味しい。それぞれのナムルの味も微妙に違っていて、キムチとの相性も抜群。全部を混ぜ合わせた事で味が混ざって渾然一体となり、美味しさが更にパワーアップしてるよ。
もう、一口食べて美味しいのが分かった後は、それぞれ無言で黙々と美味しくいただいたのだった。
いやあ、お焦げがまた美味しい。