アンキロサウルスと金色の……
またしてもウジャウジャと湧いて出てきているトライロバイトのいる百枚皿を後にして、俺たちはハスフェルの案内でまた別の通路から奥へと進んで行った。
しかし慣れるもんだな。もう、頭上のとんがった鍾乳石を見ても怖く無くなったよ。
まあこれはどちらかと言うと、恐怖心が麻痺したとも言うけどね……。
「それで、今度はどこへ行くんだ?」
通路の周りに乱立する巨大な石筍を見ながら俺がそう尋ねると、シリウスの横を歩いていたハスフェルが通路の先を指差した。
「この先に、まあまあの草食恐竜がいる。お前の持っている剣と、クーヘンの火の術なら……まあ、なんとかなるだろう。頑張れ」
何、今の間は!
もう嫌な予感しかしないんだけど!
遠い目になる俺を置いて通路を進んで行ったハスフェルは、しばらく進んでようやく止まった。
「ここが、ダークブラウンアンキロサウルスの巣がある場所だよ」
アンキロサウルス……?
あ、思い出した! 4本足の草食恐竜で、鎧みたいな棘が背中にびっしり列になって生えてて、尻尾の先が丸くなってる奴だ!
俺、ソフビ持ってたよ。
アンキロサウルスは草食なんだけど、あの全身鎧みたいな姿が格好良かったんだよな。
トリケラトプスやステゴザウルスと並んで、俺のお気に入りの恐竜だったよ。
しかし、あれと戦うのか……。
うん、不安しかないぞ。
通路を出ると、広がっていたのは妙に広い空間だった。
「高いんだな。天井にランタンの光が届かないぞ」
見上げる頭上は真っ暗で、あまりよく見えない。
しばらく目を凝らしていると、巨大な鍾乳石があちこちに長くぶら下がっているのが見えた。それなのにここの地面は、石筍はあまり育っていない。
この水浸しの広場の地面は妙に滑らかで、多少の凹凸はあるが、何というか全体に石筍が山状になっていて平らでのっぺりしている。
「妙な場所だな。何で地面がこんなに滑らかなんだ?」
ハスフェルの指差す方を見ると、俺の記憶にあるよりも、かなり巨大なアンキロサウルスが何匹も動いているのが見えた。
そして、足元を走る小さな何かが見えた。
「あれ? あの足元にいるのは? あれも恐竜なのか?」」
慌てたように俺が質問すると、ハスフェルは笑って首を振った。
「いや、あれはただのネズミだよ。この洞窟の貴重な肉食恐竜の主食の一つだ。
「ええと、つまりこの洞窟にいる肉食恐竜は、ネズミを食ってるのか?」
「ネズミも食ってる、だな。他には、穴モグラ、蝙蝠、グレイ大ネズミ、それから穴イノシシ」
「ええ、イノシシがいるのかよ。それはちょっと会いたくないかも」
何となく、嫌な予感がどんどん膨らんでいくのは……気のせいだよな。
「あれ? じゃあ草食恐竜は何を食ってるんだ? さっきから、草らしきものは何処にもないぞ?」
気になった事は、聞かずにはいられない。だって、どう見ても今のところ草食恐竜が食えそうな植物なんて何処にもないぞ。
仮に苔を食っていたとしても、壁に僅かに生えている程度では、あの巨体は維持出来ないだろう。
「見たいか?」
振り返ったハスフェルに言われて、俺たちはそのまままた広場に繋がる別の通路に入った。
しばらく歩いていて気が付いた。通路の先が明るいぞ?
トンネルを出た場所は、燦々と日が差し込む明るい広場だった。
おそらくここは、天井がまるごと崩落してぽっかりと地面に巨大な穴が空いたのだろう。
そこは、緑にあふれていた。
「こんなグリーンスポットが、この洞窟には至る所にあるんだ。草食恐竜の発生場所の近くには、必ずこう言ったグリーンスポットがあって、ここで食事をしているんだよ」
稲のような細い葉の雑草が至る所に生い茂り、地面は全く見えない。鳥が運んだのだろう広葉樹も何本も生えている。
「あ、確かにいっぱいいるぞ」
緑の草の中を、さっきのアンキロサウルスが何匹も動き回っている。
その向こうにいるのは……ステゴザウルス! 来たー!
背中に並んだ大きな板が、草地の中をノソノソと動き回っていた。
「ただし、ここでは狩りはしないぞ」
「え? ここなら待っていたら、幾らでも来るんじゃないのか?」
「まあ言ってみればここは聖域だよ。冒険者達も、グリーンスポットでは剣を抜かない。分かるか?」
「ええとつまり、ここでは戦っちゃ駄目! って事だな」
「まあそういう事だ。万一、洞窟内で一夜を明かさなくちゃならなくなったら、グリーンスポットでテントを張ればいい。ここは安全なんだよ」
「了解です。じゃあ戻ろうぜ」
うん、ステゴザウルスを見て思った。あれは無理。あの大きさは絶対無理!
俺の知ってるステゴザウルスの三倍はあるよ。ステゴザウルスであれなら、ティラノサウルスって……うう、絶対駄目だって! そんなの絶対会いたくないよ!
元来た道を戻り、さっきの広場に戻った。
「あの地面が妙にツルツルなのはあいつらのせいだよ。四つ脚のあいつらが歩き回るおかげで、地面がどんどん削れてこんな風になったんだよ」
見えるところにいるアンキロサウルスは五匹、うん、あれも絶対大きすぎるよ。
「とにかく一度戦ってみろ。まずは足を狙って動きを止める事だな。それで転がせばこっちのものだ。腹側は柔らかいからその剣でも十分だぞ。さあ、どうやって戦う?」
ハスフェルの説明に、クーヘンと俺は顔を見合わせて考えた。
「ここは協力すべきじゃないか? 俺が足を切りつけて足止めするから。クーヘンの火の術でひっくり返してくれよ。それで俺が倒すから」
「そうですね。たしかに協力した方が何とかなりそうです。ではやってみましょう」
クーヘンは、短剣を抜いて頷いた。
「とりあえず一頭倒すのが目標だ」
「ですね。まずはやってみましょう」
手前側にいる巨大なアンキロサウルスに向かっていく。
しかし、そいつは俺達をちらりと見て知らん顔だ。
「無視されると、なんか腹立つぞ」
ゆっくりと近寄って、剣が届くまであと少しという時だった。
一瞬、地震のような揺れを感じ、足元の水たまりが、妙な波紋を起こしたのだ。
突然、アンキロサウルス達が一斉に顔を上げた。
次の瞬間、一斉に俺たちに向かって走り出したのだ。
「うわあ!」
ぶつかりそうになって、避けながら剣を振るう。
見事に直撃して足に一撃お見舞いしたアンキロサウルスが、地響きを立てて転がった。
「よし!」
剥き出しになった腹側を斬りつけると、バスケットボールほどの大きさの巨大なジェムになって転がった。
「うわあ、大きい!」
叫んだ俺は、そのジェムを拾おうと前に出る。
ピギー!
またしても、地響きと奇妙な鳴き声がして、黒い軽自動車程の大きさの塊がこっちへ向かってきた。
「穴イノシシだ! 避けろ!」
ハスフェルの声がして、俺は咄嗟に横へ飛んだ。
そのすぐ横を、地響きを立てて巨大なイノシシが走り抜けていく。
うわあ、当たらなくて良かった。はっきり言って恐竜よりあっちの方が怖いぞ。時速何キロだよあれ。
地面に転がったまま半ば呆然と、穴イノシシがそのまま別の通路へ走り去るのを見送った。
転んだ為にびしょ濡れになった俺は、クーヘンに助けてもらってとにかく起き上がった。
「ケン、凄かったですね。あの巨大なアンキロサウルスを一人でやっつけてしまいましたよ」
目を輝かせるクーヘンに、苦笑いした俺はとにかく持ったままだった剣を鞘に戻した。
「協力するとか言ってたのに、ごめんよ、一人でやっつけちゃったよ」
苦笑いして謝る俺に笑って首を振り、クーヘンは、もう一度やりましょうと目を輝かせている。
「そうだな、じゃあ今度こそ二人で……」
しかし、広場には一匹もアンキロサウルスがいなくなっていた。
そして、広場の真ん中には代わりにとんでもない奴がいました。
「ちょっと待て! ここは草食恐竜の出る場所なんだよな!」
咄嗟に叫んだ俺は間違ってないよな。いつの間にあんな巨大なのが現れたんだよ!
俺達の視線の先にいたのは、全身金色の超巨大なティラノサウルスだったのだ。
あれ、もっと天井って高かったよね?
しかも、そいつは間違い無くさっきの穴イノシシが逃げて行った先。つまり、俺達のいる方を向いていたのだった。
あ、金色ティラノサウルスと目が合っちゃったよ……。
これ、俺の異世界生活……ってか、人生詰んだかも。