ムービングログの事
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
岩豚とチキン各種の解体をお願いした俺は、笑顔で見送ってくれるガンスさんとスタッフさん達、それから予想通りに解体担当だったマッチョなおっさん達に手を振り返し、待っていてくれたハスフェル達と合流して冒険者ギルドを後にした。
「じゃあ、まずは言っていた美味しいスープ専門店へ行きましょう。他にもまだまだおすすめの店がありますからね」
ギルドを出たところで、満面の笑みのアーケル君がそう言い、笑顔で頷いた全員が即座にムービングログを取り出して飛び乗る。
そうそう。従魔達を預けている今は、遠慮なくこれに乗れる貴重な時間なんだよ。
「俺達的には、視界が広くなるし歩いている人にぶつかられる事も無くなるから、これは本当にありがたい乗り物なんですよね。今のところジェムもかなり確保してあるので少々乗っても問題ないですからね」
アーケル君の嬉しそうな言葉に、リナさん達も揃って頷いている。
以前も言っていたけど、小柄な彼らは人混みの中では埋もれてしまうし、うっかり体格のいい奴にぶつかられたら、間違いなく力負けするだろう。
そういう意味でも、ムービングログは確かに安全で快適な乗り物だよ。
まあこれだけの大人数でムービングログに乗っていると無駄に大注目を集めるんだけど、それはもう今更だよな。
って事で予想通りに無駄に大注目を集めつつ、いっそ開き直って堂々と一列になって道の端を進んで行く。
時折、興味津々で近寄って来る観光客らしき人にムービングログについて聞かれたりもするので、その時はお近くのギルドで聞けばいいよと、全部丸投げしている。
これについては一応、少し前に冒険者ギルドのギルドマスターのガンスさんに確認したところ、基本的に、バイゼンの街では何処のギルドでもムービングログの注文受付はしてくれるんだって聞いている。
なので、滅多に無いけれど冒険者ギルドでもムービングログの注文は受け付けているらしい。
ちなみに、今の所バイゼンでしか注文は受け付けていないので、例え王都の貴族であっても、欲しければバイゼンまで買いに来なければいけないらしい。
しかもある程度のパーツは作ってあるとは言え、基本的に受注生産。なのでそれなりに時間も掛かる。
わざわざバイゼンまで来なければ買えないというのもある種の希少価値になっているらしく、今や納品まで一年以上の待ちになっているのだとか。
あれ、確かハスフェル達やランドルさんやリナさん一家の時は、普通に頼んで組み立てに数日かかるくらいで買えていたよな?
そんな事を考えて首を傾げていた俺に、教えてくれていたガンスさんはにんまりと笑ってこう言ったんだよ。
「通常で売っているのは、決まった形の定番品だよ。だけど貴族達から注文を聞く際には、あえてこう言ってやるのさ。ところで紋章はお入れになりますか? 様々な模様や飾りをエッチングやカービングでご希望の場所に施すサービスも特別に行なっております。それ以外にも、ハンドルの形状や土台の色を変えたり、傷の付かないミスリル合金のハンドルに交換したり、乗り心地をお求めの方には、足元に革や金属の板を敷いたりも出来ますよ。いかがなさいますか? とな」だってさ!
きっと見栄を張りたい貴族の人なんかは、張り切って色々とオプションを注文するんだろう。
その結果、手間が掛かるからと言っておけば納期に余裕が出来るし、職人さん達には仕事が増えるし、さらには価格も倍増! 良い事尽くめだよ。いやあ、さすがは商売上手。恐れ入りました!
「つまり俺達が乗っているのは、定番の量産品だって事だよな。だけど乗るだけならこれで充分だって」
小さく笑ってそう呟く。
言ってみれば、俺達が乗っているのは自転車屋さんやホームセンターなんかで売っているシンプルな量産品なので価格も安め。それに対して、貴族の人達に売っているのは完全受注生産のオンリーワンな一品。そりゃあ見かけも価格も違って当然だよな。
のんびりとそんな事を考えつつ、アーケル君おすすめのあの美味しいスープ専門店へ向かう。
ハンドルの真ん中に座って周囲を見回しているシャムエル様の尻尾が、右に左にゆったりと揺れている。これは、機嫌が良い時の尻尾。て事は、ちょっとくらいは触っても大丈夫だな。
「ご機嫌だな」
笑ってそう言って、左手でハンドルを持ったまま右手を伸ばす。
「見晴らしが良いから、この乗り物も良いね。だけどまあ、マックスの頭の方が見晴らしも乗り心地も良いから好きだけどさ」
そう言って笑ったシャムエル様が後ろを振り返ってチラッと俺を見ると、もふもふ尻尾が触る寸前だった俺の手を軽く叩いてクルッと小さな体に巻き付けられてしまった。そしてそのまま尻尾のお手入れを始める。
ああ、せっかくご機嫌な尻尾をもふろうと思ったのに逃げられちゃった。残念!
苦笑いしつつ、ハンドルに手を戻した俺だったよ。