冒険者ギルドに登録完了!
ヘクターは、まだ騒めきの残る部屋を見渡して、空いたカウンターに俺を引っ張って行って座らせてくれた。そうだよな、その為に来たんだもんな。うん、早く手続きしてしまおう。
当然のように、マックスとスライムを背中に乗せたニニが俺のすぐ後ろに二匹並んで座る。ファルコは俺の肩に留まったままだ。そして、セルパンは完全にニニの首輪の一部に巻きついて擬態している。あれ、絶対ここに蛇がいるって誰も気付いてないレベルだよ。凄えなセルパン。
大人しく、言われるがままに座った俺は、カウンターの向こうで固まっている受付役のお姉さんを見た。
「ええと、冒険者登録をしたいんですけれど、どうしたらいいんでしょうか?」
「冒険者、登録……登録……登録?」
お姉さんは、ブツブツと同じ言葉を呟き、不意に顔を上げた。
「冒険者登録していただけるんですか!」
ものすごい勢いで身を乗り出されて、俺は思わず仰け反って椅子から落ちそうになった。
その瞬間、またしても背後からどよめきが聞こえる。聞こえない聞こえない……。
「なんだよあれ。野良の魔獣使いだったのかよ」
「なのに今更、冒険者登録?」
「へえ、野良ねえ。何の心境の変化なのかね?」
何やらこっちを見て好き勝手言ってくれてるよ。だから野良って何だよ。そんな事を考えながら、目の前で慌てているお姉さんを見た。
「ええ、その為に来たんですけど、ここってその為の場所ですよね?」
「はい、すぐに、すぐにご用意いたします!」
俺がそう言うと、お姉さんは凄い勢いで頷き、数枚の書類を取り出して並べてくれた。
「ヘクターさんのお知り合いですか?」
彼にも書類を渡しながら、そのお姉さんがヘクターに質問する。
「いんや、さっき街道で初めて会ったばっか。でも、これは街中に野良のまま放置するのはマズイかと思ってここへ連れてきたんだ。俺、良い仕事しただろう?」
何故にそこでドヤ顔?
「はい! ありがとうございます!」
しかし、受付のお姉さんも、本気で嬉しそうに笑っている。
「凄いです。こんな大きな魔獣をテイムするテイマーなんて初めて見ました。あ、魔獣使いですね。大変失礼致しました!」
テイムするからテイマー、うん、普通の呼び名だと思うんだけど、魔獣使いとは違うのか?
謝られた意味が分からなくて困っていると、机の上にシャムエル様が現れた。
「えっと補足説明しとくね」
おお、チュートリアル期間中のサービス説明タイム来ました!
「うん、教えてくれ」
聞く体勢になったが、ふと不思議に思った。
受付のお姉さんや隣に座ったヘクターが、シャムエル様に全く無反応なのだ。
もしかして、シャムエル様が見えてないのか?
思わず、目の前のシャムエル様を見つめる。笑って頷いて手を振り返されてしまい、俺は小さく笑った。
うん、成る程。さすがは創造主様だね。
「ええとね、テイムする人には二種類の呼び名があります。初心者がテイマー。それと、ある程度以上の腕の持ち主、つまり、自分の紋章をテイムしたモンスターや魔獣に刻めるだけの腕を持った人を、魔獣使いって呼びます。要するに、テイマーよりも魔獣使いの方がはるかに腕が良いって事。逆に言えば、ニニちゃんやマックス、ファルコほどのモンスターをテイム出来る君に対して、テイマーって呼び掛けるのは失礼になるんだよ。分かった?」
成る程、よく分かりました。まあ俺はなんて呼ばれても別に気にしないけどな。
「あの、ではこちらの書類にご記入ください。あ! 字は書けますか?」
書類を受け取って見てみる。うん、初めて見る文字だけど、何が書いてあるか分かるよ、不思議。
横に立ててあったペンを手にして、必要事項を書いてく。おお、字も書けるぞ。自分ではいつもの字を書いているつもりだが、不思議な事にこの世界の字を書いてる。うん、なんだか不思議な気分だね。
「ええと、出身地……」
小さく呟いて、影切り山脈の樹海、と書いた。お姉さんが息を飲むのが聞こえたが聞こえない振りをする。
「はい、これで良いですか?」
書類の上下をひっくり返してお姉さんに向けて返すと、めっちゃ驚かれた。別に普通するよね? 書類返す時、相手の方に向けるよね?
無言でしばし見つめ合う。
しかし、甘い雰囲気には一切ならず、深呼吸したお姉さんは、俺が書いた書類を見て大きく頷いた。
「はい結構です。登録料として、銀貨一枚になりますが、大丈夫でしょうか?」
銀貨一枚なら、大丈夫だ。もっと取られるかと覚悟してたんだけど、案外良心的なんだね。
俺は背中の鞄を下ろして革の巾着を取り出して銀貨を渡した。
「はい、確かに。では、こちらに右掌を下にして置いてください」
銀貨を受け取ったお姉さんはそう言って、机の下から四角い石の板を取り出して机の上に置いたのだ。
「あ、手袋は外してください!」
そのまま置こうとした俺を見て、慌ててそう付け加える。
「ああ、そうだな。すみません」
手袋を外して、石の上に掌を乗せた。すると、上から布のようなものを被せられた。
何をするのか興味津々で見ていると、布の下の石の板がまるでスキャンするかのよう右から左にゆっくりと光り、しばらくすると横から一枚のカードが出て来たのだ。
え? 何? 今、もしかして……コピーしたのか?
そう言いたくなるぐらいにあまりにも見覚えのある動きと同じだったので、思わず布をめくって中を見てみる。しかし、ただの石の板はそのままで、もうどこも光っていない。
今、何したの?
「はい、こちらが貴方の登録カードになります。再発行は有料になりますので、無くさないようにしてください」
手渡されたカードは、キャッシュカードの倍くらいの大きさの、硬いカードだ。
うん、プラスチックっぽいけどちょっと違うな。何の素材だろう、これ?
不思議に思ってカードを持ってじっくりと眺めた。
表面には、一番上にレスタム冒険者ギルドの文字と剣と盾の紋章っぽいものが描いてあり、カードの真ん中に、俺の名前と魔獣使いの文字が書いてある。
ひっくり返してみると、裏面にも同じくレスタム冒険者ギルドの文字があり、このカードを持つ俺が、ギルドに認められた冒険者なのだと書いてあった。これがさっき言ってた裏書きってやつか?
そして気になるのが、表面の俺の名前の上にある『上位冒険者』の文字だ。
俺、全くの初心者なんですけど、いきなりの上位認定なのは何故!
ってか、そもそも冒険者って、この世界では何する人な訳?
困り果てて思わず、目の前のお姉さんを見る。
「あの……俺、正直言って冒険者超初心者なんですけど、いきなり上位認定は無茶なのでは?」
すると、お姉さんは小さく吹き出したのだ。
「冗談はやめてください。それほどの従魔を二匹もテイムしている貴方が、初心者の訳無いじゃありませんか。噂は一切聞きませんでしたが、今までどちらで活動されていたんですか?」
異世界でサラリーマンやってました……なんて言えるわけも無く、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
「今までは樹海で遊んでました。って、言えばいいのに」
「何か聞かれたらどうするんだよ。樹海がどんな場所なのかすら全く何も知らないのに」
小さな声で言い返すと、またしてもにっこり笑われた。
「慎重だね。まあ良いや。上手く登録出来たね。おめでとう。じゃあこれにてチュートリアルは終了だから、あとは自力で頑張ってね。まあ……本当に困った事があれば、遠慮無く呼んでくれて良いからね」
突然そう言って手を振ると、机の上にいたシャムエル様はくるりと回って消えてしまった。
おお、冒険者登録までがチュートリアルだった訳か。
いなくなった机の上を呆然と見ていると、書類を片付けたお姉さんが、後ろのマックスとニニを見た。
「さすがにその従魔と一緒に泊まれる宿は無いと思いますね。ギルドの宿泊所をお使いになられますか?」
立ち上がりかけていた俺は聞き捨てならない言葉に即行座り直した。
「ええ! ちょっと待って! 街の宿屋って、従魔と一緒だと泊まれないんですか!」
さすがにそれは困る。ニニの腹で寝るのも良いが、たまにはベッドで寝ないと、俺の身体が早晩お亡くなりになるぞ。
「少なくとも私の知る限り……聞いた事がありませんねえ」
困ったようなお姉さんの言葉に、俺の目の前は真っ暗になった。
「あの、ギルドからどこかの宿と交渉しておきます。それまではギルドの宿泊所をお使いください」
「うう、お願いします。ベッドで寝たいよ……ってか、その宿泊所って街の宿屋とは何が違うんです?」
突っ伏していた机から、ちょっとだけ顔を上げて質問する。答え次第で俺は泣くよ。
「ご安心ください! ちゃんとベッドは大きなのが有りますよ。ただし、水は有りますが食事が一切付いていませんので、自炊か外食になります」
申し訳なさそうなお姉さんの言葉に、俺は安心した。
何だよ、その程度なら全然構わないや。要は素泊まりのビジネスホテルみたいなもんだろ?
「じゃあ、しばらくはこの街に滞在する予定だったから、そのギルドの宿泊所を使わせてもらいます」
俺の返事に、お姉さんはにっこり笑ってまた別の用紙を手渡してくれた。
「一泊につき銀貨一枚です。三日以上滞在される場合は、最低三日分の料金を前払いで頂きます。ええと従魔は一匹につき銅貨一枚の追加料金が掛かります。これも、抱いていられない従魔は追加料金の対象になりますので、その二頭分は追加料金の対象になりますね」
申し訳無さそうなお姉さんに頷いて、俺は鞄から革の巾着を取り出した。
確か、金貨は銀貨が十枚分なんだって聞いたな。
「じゃあ、とりあえず十日分払っときます」
素泊まりだけど、従魔と一緒に泊まれて一泊千二百円って安いだろう。……違うのかな?
相場が分からないから安いのか高いのか判断出来ないが、聞けばギルドが経営してるみたいだから、そんな暴利は貪らないだろう……多分。
信用して、前金で金貨を一枚と銀貨を二枚を取り出す俺に、お姉さんは満面の笑みになった。
「十日分、確かに頂きました。ではご案内いたしますので、こちらへどうぞ!」
背後から掛けられた声に振り返ると、お姉さんとよく似た服を着た細い男性が立っていた。間違いなく冒険者じゃないね、この人は。
はい、ここからは男性担当な訳ね。行きます行きます。
でもその前に、俺は、隣でずっと見ていたヘクターに座ったまま向き直った。
「ここまで連れてきてくれて有難うな。おかげで無事に登録出来たよ。良かったら奢るから、後で飯でも一緒にどうだ? せっかく知り合えたんだから、先輩冒険者に色々と詳しい話を聞きたいしさ」
軽い口調でそう言うと、ヘクターは笑顔になった。
「ああ、もちろん喜んでご一緒させてもらうよ。じゃあここで待ってるから、先に宿で荷物を置いてこいよ」
その言葉に、俺は頷いて手を振って男性職員について外に出た。
歩きながら浮かんだ不安を、頭の中で何処かへ放り投げておく。うん、マックスやニニを連れて入れる店があるのかどうかは、今は考えてはいけない。