肉とビールと肉!
「ふおお〜〜〜〜! 岩豚のつけダレ焼き最高〜〜〜!」
「ふおお〜〜〜〜! 岩豚のつけダレ焼き最高〜〜〜!」
そしていつもの如く、聞こえていない筈なのに何故か歓喜の雄叫びが完璧なまでにシンクロするシャムエル様とアーケル君。
「あぁもう、大事な尻尾がべちゃべちゃじゃあないか」
食べるのに夢中になっている時のシャムエル様は、尻尾をもふる絶好のチャンスなんだけど……残念ながら、肝心の尻尾が普段のふわふわもふもふは見る影もなく、悲しいまでに尻尾の先まで油とタレでベチャベチャになっている。
「折角のもふもふ尻尾を触るチャンスだったのになあ。ううん、残念」
苦笑いしてシャムエル様の尻尾をもふるのを諦めた俺は、もう何本目か数える気もない新しい地ビールの瓶を手にした。
「ゆる〜く凍れ」
小さな声でそう呟くと、手に持っていた常温の地ビールの瓶に一瞬で霜が降りる。
冷えたビールを急いで飲みたいが為に開発した、題して急速冷蔵。
瓶の部分だけを強めに冷やし、中の液体は凍らない程度に加減して冷やしておくのがコツだ。
会場は暖房器具のスイッチも入っているので、時折足元に暖かい風が吹いて来ているし、広い会場とはいえこれだけの大人数で肉を焼けば、まあかなりの熱気なので部屋の中はかなり暖かい。
そんな暖かい室温に置いておいた凍ったビール瓶は、表面の霜はかなり消えているけど手に持つとひんやりだ。
「よし、もう冷えたはず」
いい感じの冷え具合に満足した俺は、ゆっくりと栓を開ける。
「冬の寒い夜に、豪華な焼肉を温かい部屋で食べながら冷えたビールを飲む。ううん、これぞ最高の贅沢だねえ」
にんまりと笑ってそう言いながら、グラスに冷えたビールをゆっくりと注ぐ。
懐かしい、銀色の缶のドライビールっぽい味のするやや辛めのこのビールは、焼き肉にピッタリだ。
「はあ、美味しい。だけどそろそろ俺の胃袋は限界だぞ」
始まったばかりの頃よりはちょっと落ち着いているが、焼き台周辺はまだまだ大盛況状態だ。
「あの肉焼き担当の人達って、食べられているのかねえ?」
おそらく、どこかの店から来ているのだろう。どう見ても素人の手つきではない数人のガタイの良い男性達が、ずっと肉焼きを担当してくれている。
「まあ、その辺は配慮してくれていると、ギルドを信じておこう」
苦笑いした俺は、空になったお皿を見た。
「なあ、俺はもう限界なんだけど、まだ何かいるか?」
俺が入れてやった地ビールをぐびぐびと飲んでいたシャムエル様が、俺の声に気づいてこっちを見る。
「ううん、そうだねえ。出来ればデザートに果物か甘いものが欲しいねえ」
「あれだけ食って、まだ甘いもんが入るのかよ。俺は遠慮するよ。ああ、でも果物とかなら口直しにちょっとくらいは欲しいかも」
少し考えて、鞄の中に入っているサクラを見る。
「ええと、俺がもらっていい果物って何がある?」
「じゃあ、これでいいですか?」
ニュルンと触手が出てきて、あの飛び地の激うまりんごの、かなり小さめなのを出してくれる。
「ああ、ありがとうな。シャムエル様にも、はいどうぞ」
こちらはかなり大きめなのをもう一つ出してくれたので、そのまま渡す。
「ええと、切らなくても……いいんだな。じゃあ、好きにしてくれ」
両手で鷲掴んで早速齧り始めたシャムエル様を見て、小さく笑った俺もそのままガブリと噛み付いた。
「うん、何度食ってもやっぱり美味しいよなあ」
俺はショリショリと激うまリンゴを咀嚼しながら、まだまだ焼き台に突撃している元気なスタッフさん達をのんびりと眺めていた。
「なんだ、リンゴなんか食って。もうデザートか?」
からかうような声に振り返ると、ヴァイトンさんとガンスさん、それからエーベルバッハさんの三人が揃って笑顔で手を振っていた。
「ああ、お疲れ様です。いやあ、俺は少食なんでもう限界っす。でも、どれも美味しく頂きましたよ。ごちそうさまでした」
「こちらこそ素晴らしい肉の差し入れに感謝するよ。聞けば、すぐに無くなりそうだった岩豚の肉を追加で幾つも出してくれたそうじゃあないか。なんだか申し訳ない」
三人が揃って頭を下げるもんだから、慌てた俺は、食いかけの激うまリンゴを一旦収納しておき頭を下げる三人の肩を叩いた。
「お気遣いなく。以前も言ったと思うんですけど、あの岩豚やなんかは、全部従魔達が狩って来てくれたものだから俺が払っているのって解体費用くらいなんですって。しかも在庫はまだまだありますからね。ああそうだ、ガンスさん。そろそろ岩豚の手持ちの肉が少なくなってきているので、また、まとめて解体してください」
「おう、いつでも言ってくれ。喜んでいくらでも捌いてやるよ」
笑顔でサムズアップされて、俺も笑ってサムズアップを返した。
最後に手を叩きあってから、ギルドマスター達はそれぞれのスタッフさん達のところへ戻って行った。
「何を言って来たんだ?」
振り返ると、右手に地ビールの大瓶を四本掴み、左手には肉だけが山盛りになった大皿を持ったハスフェルとギイが、俺の隣に並んで座る。
「ああ、追加で岩豚の肉を出したもんだから、気を遣ってお礼を言いに来てくれたんだよ。まあ、今日で手持ちの岩豚の肉はかなり減ったから、また次のを頼んで捌いてもらうよ」
「ああ、あの肉は美味いからなあ。切らさないように頼むよ」
「ベリーが言っていたが、あれだけ脂がのっているのはこの寒い時期だけらしいから、落ち着いたらもう一度狩りに行ってくれるそうだ。これがいつでも食えるのは確かにかなり嬉しいからな」
笑ったハスフェルがそう言い、肉の山の一番上に乗っていた岩豚のバラ肉にフォークを突き立てた。
もう腹一杯の俺にしてみれば、ちょっと見ているだけで胸焼けがしそうな光景だよ。隣でご機嫌で食ってるギイのお皿も似たようなものだ。
「お前ら、肉を食うなとは言わないからせめて野菜も食え」
呆れたような俺の言葉に、肉を飲み込んだ二人は揃って鼻で笑っていたよ。
そして、もうデザートを食べたはずのシャムエル様が、何故かハスフェルのお皿の横にいて、自分の顔より大きな肉をもらって齧り始めていたのだった。
おいおい……シャムエル様も、どれだけ食うつもりだ?