午後のお仕事とシャムエル様の気付き
「おう、おかえり。今日も特に問題無しだよ」
俺が戻って来たのに気付いて、見張り用の背の高い椅子に座っていたハスフェルが降りてきてくれる。
「ああ、悪かったな。ヴァイトンさんに教えてもらって残っていた投票券を投票しに行ってきたんだ」
俺の言葉に、驚いたハスフェルが目を見開く。
「ああ、そう言えば俺も確かにもう少し残っていたなあ。ええ、もしかしてわざわざ投票しに街まで戻っていたのか?」
「違う違う。出た右側にギルド直営の臨時の投票所が設けられているんだよ。おまとめ投票も出来るから、忘れないうちに行ってこいよ。ああ、ギイとランドルさんにも教えてやってくれよ。何でも、すっげえ僅差らしいから、一票でも貴重だぞ!」
笑った俺の言葉に、ハスフェルは吹き出しつつうんうんと頷いた。
「成る程な。了解だ。ありったけ投票してくるよ」
笑ってハイタッチした俺は、早足で外へ出ていくハスフェルを見送ってから急いで見張り用の椅子に座った。
見ていると、ハスフェルは途中でギイとそれからランドルさんにも声を掛けていたから、彼らも交代で投票に行くみたいだ。よしよし、貴重な投票券が無駄にされずに済んだよ。
頑張れ愉快な仲間達パート2!
「あれ? だけどお祭りの終わりに表彰式とかは無いのかねえ。俺達全員、お祭り終わるまでここから動けないんだけどなあ?」
賑やかな笑い声や悲鳴が響く会場をのんびりと眺めながら、俺達のチームが上位に入賞した場合、表彰式とかどうなるんだろうな? なんて事をのんびりと考えていた。
街からの馬車が到着するたびに、大きな扉からどっと人が会場へ入ってくる。即座に走らないでくださいと注意するスタッフさん達の声が聞こえるのも、この数日の間ですっかり見慣れた光景だ。
次々に人が並んで行列が長くなっていく。だけど待っている人達も皆笑顔だ。
スライムトランポリンが始まる度に賑やかな笑い声や悲鳴が聞こえ、ごくたまに聞こえるスライム達のヘルプにも対応しつつ時間を過ごしていた俺は、三時の鐘の音が聞こえてきて思わずため息を吐いた。
「ああ投票が終了したよ。結局、愉快な仲間達パート2は何位になったんだろう。うわあ、気になるよ〜〜〜〜!」
見張り用の椅子に座ったまま、ジタバタと足をばたつかせて思わずそう呟く。
「投票は終了したみたいだねえ。さて集計の結果は如何に?」
不意に聞こえたシャムエル様の声に、慌てて右肩を見る。
笑ったシャムエル様が手を振っているのを見て思わず指で突っついてやる。
「あれ、最終日なんだからシャムエル様は祭壇にいないと駄目じゃあないか。ハスフェル達の話によると、お祭り最終日の午後は、閉祭の儀ってのをするんだろう? 神官達総出でお祈りするんだって聞いたぞ」
「うん、そうなんだよね。もう、朝からずっとひたすらお祈りばっかりでつまんないんだよねえ。しかも御供物もほとんど下げられちゃって残っているのは乾き物ばっかりでさ。それに朝からずっとお香が山ほど焚かれて堂内が煙だらけなんだよね。大事な毛皮が、すっかりお香臭くなっちゃったよ」
若干ご機嫌斜めで尻尾をブンブンと振り回すシャムエル様。
「成る程。なんか嗅いだことのない香りがすると思ったら、シャムエル様からだったのか」
笑って顔を寄せて、確認するみたいにクンクンと嗅いでみる。
俺の知る仏壇なんかに立てるあの緑色の細いお線香とはちょっと違って、もう少し強いスパイシーな香りだ。
「まあ、一生懸命祈ってくれているのは分かるんだけど、もう煙たくて煙たくて仕方がないんだ。ちょっと換気を良くしてくれないかなあっていつも思うね」
嫌そうに自分の体を叩きながら文句を言っている。
「ええと、その教会の礼拝堂っていうのかな? そこにシャムエル様が自分で風を起こすのとかは駄目なのか? こう、祭壇から外に向かって風が吹く感じでさ。どうせ教会の扉は開けっぱなしなんだから、絶対それだけで簡単に換気出来ると思うけどなあ。以前、この世界の個人の事象に対してはシャムエル様は何も出来ないって言っていたけど、ただ風を吹かせるとかそういうのも駄目?」
単なる思いつきでそう言ったんだけど、ポカンって感じに目と口を開いたシャムエル様は、まじまじと俺を見つめたきり固まってしまった。
「ええと、もしもし〜〜シャムエル様〜〜聞こえてますか〜〜〜? せめて瞬きくらいはしてくれ、怖いって」
苦笑いしながらもふもふ尻尾を突っついてやると、唐突に我に返ったらしいシャムエル様はいきなり笑い出した。
「あはは、本当だよね。そっか、そうすれば良いのか! ありがとうケン。やっぱり君は私の心の友だよ。これで残りは快適に過ごせそうだ! じゃあまたあとでね! それと、何位かは言わないけど受賞おめでとうね! 初出場であの成績は凄いと思うよ!」
満面の笑みになったシャムエル様は、言いたい事だけ言ってサムズアップをするとそのままいきなり消えてしまった。
「何だかよく分からないけど、お役に立ったみたいだな。ああ、だけどあの様子だとシャムエル様は順位を知っているみたいだったなあ。うわあ、マジで何位だったんだろう」
唐突に消えてしまったシャムエル様が座っていた右肩を見た俺は、最後の意味深な言葉を思い出して、終了の声が聞こえるまで、延々と悶々し続ける羽目に陥ったのだった。