初日の終了と弁当の話
「走らないでくださ〜〜い!」
「横入りは禁止ですよ〜〜〜〜!」
時折、元気なスタッフさんの注意する大きな声が会場に響くくらいで、あとはもう聞こえるのは、ありとあらゆるバリエーションの歓声と悲鳴と笑い声ばかりだ。
それから時折大きく響き渡る子供の泣く声。これはどこも、もう帰ろうと言い聞かせるお父さんやお母さんと、もっと遊びたいと駄々をこねて座り込んだり床に転がったりする子供との対決状態の結果だ。
いやあ、子育てご苦労様です。頑張ってください!
俺自身は子供は好きだけど、子育てなんて全くした事無いよ。いろんな経験をしてきたけど、これは完全に未知の世界だ。
冷静に考えてあの泣き喚く子供と四六時中一緒にいるのは、ちょっと想像しただけでもそりゃあ大変だと思うよ。
いやマジで頑張ってください。
ここから見える、疲れた顔でため息を吐きながら死んだ目になっているお父さんとお母さん達に、心の中でそっと手を合わせてエールを送っておく。
そんな感じで途中に休憩も挟みつつ密かに人間観察も楽しんだ俺は、思ったよりも平和なスライムトランポリンの会場をのんびりと眺めて過ごした。
「お疲れさん。今到着した馬車が、今日最後の馬車だよ。終了までもう少しだからな」
足元から聞こえた声に見下ろすと、商人ギルドのギルドマスターのヴァイトンさんが笑いながら手を振っていた。
「ああ、お疲れ様です。まあ俺はほとんどここに座っているだけですから、そんなに疲れていませんけどね」
俺も笑って手を振りかえしながらそう言って肩を竦める。
「いやいや、いくつもトラブルを発見して即座に対応してくれたと報告を聞いているよ。新年早々働かせてすまんが、あと少し頑張ってくれよな。終わったら夕食も用意しているよ」
「あれ、そうなんですか。夕食まで用意してもらうなんて、なんだか申し訳ないですねえ」
どこかで食べて帰るつもりだったから驚いてそう言うと、笑顔のヴァイトンさんが奥の休憩用にしている昼食を食べたあの部屋を指差した。
「草原エルフの皆さんの分もあるからな。まあ、あると言っても弁当だから大したもんじゃあないよ。ここで食って帰ってくれてもいいし、持って帰って食べてくれてもどちらでも構わない。一応弁当箱は後日でいいから商人ギルドへ返却してくれると有り難いんだけどな」
なんでも、弁当などを注文する際、代金の中に弁当箱と飲み物用の瓶の保証金が含まれていて、空箱や空瓶を壊さずに返すとお金を返してくれる仕組みらしい。成る程、完璧なるリサイクルシステムだね。
「へえ、そうなんですね。分かりました。じゃあ他の皆の意見も聞いてからどうするか決めます」
「ああ、それで構わないよ。それと最終日には、ここでそのまま打ち上げをするから、草原エルフの皆さんにも参加してくれるようにお願いしておいてくれるか。今日会場で見かけたら声をかけようかと思っていたんだが、残念ながら人が多すぎて見つけられなくてな」
確かにあの身長なら、人混みに埋もれて見えなくなっていそうだ。
「了解です。きっと誘ったら大喜びで参加すると思いますよ」
「ああ、そうだな。それから最終日の打ち上げは、差し入れ大歓迎だからな!」
にんまりと笑ったその言葉に、俺は笑顔でサムズアップしておく。
了解です。新年早々頑張ってお仕事しているスタッフさん達を労う意味を込めて、俺からは岩豚の肉と、ハイランドチキンとグラスランドチキンのお肉の塊をそれぞれ進呈させていただきますよ!
最後まで並んでくれたお客さん達には、なんとか時間ギリギリまで遊んでもらい、無事に初日のスライムトランポリンは終了した。
スライム達を撤収してそれぞれの主人のところへ戻ってもらい、それから用意されていた夕食を揃ってもらいに行った。
なんと、あの鉱夫弁当をそのまま一回り小さくしたくらいの大きさの三段弁当箱で、はっきり言ってこれも余裕で二人前、いや、俺なら三人前サイズ。
それを見て大喜びのハスフェル達だったんだけど、休憩スペースはもう一杯だったので、俺達はこのまま弁当を貰って帰る事にしたよ。
笑顔で手を振るスタッフさん達に俺達も笑顔で手を振りかえし、別室で留守番しているマックス達を迎えに行った。
「マックス〜〜〜! 留守番ご苦労様〜〜〜! さあ、帰るぞ!」
俺の声に塊になって寝ていた従魔達が一斉に起き上がる。
尻尾扇風機状態で飛びついてきたマックスに思いっきり押し倒されて涎まみれにされた俺は、悲鳴を上げながらなんとかマックスのデカい顔を押し返した。
「だからお前は、自分の体の大きさを考えろって! 嬉しいのは分かってるから! だあ、ちょっと落ち着けって! ステイ! ステイ〜〜!」
最後に必死で大声でそう叫ぶと、ピタリと舐めるのをやめて下がって即座に良い子でお座りするマックス。
よしよし、これだけはちゃんと躾けていて良かったと割と本気で毎回思うよ。
「はあ、ビッチョビチョじゃんか」
涎まみれになった新しい装備を見てため息を吐くと、サクラが鞄から跳ね飛んで出て来てくれた。
「ご主人、綺麗にするね〜〜〜!」
声とほぼ同時に一瞬で俺を包んでくれて、元に戻った時にはもうサラサラだよ。ついでに言うと、会場内は結構暑かったので汗ばんでいたんだけど、それも無くなってさらさら快適。
「いつもありがとうな」
笑って手を伸ばしてサクラをおにぎりにしてやる。
それから、それぞれの従魔達に鞍と手綱を装着した俺達は、そのまま街の中はゆっくりと進み、アッカー城壁から向こうはセーブルを先頭にせっせと雪を掻き分けてお城へ戻って行ったのだった。