吹雪と帰宅
「さてと、もうそろそろ日も暮れて来たな。ううん、冬は日が暮れるのが早いよ」
薄暗くなってきたのに気付き、そう言って空を見上げたところで顔に冷たいものが当たった。
見ていると、あっという間にチラチラと小雪が舞い始めて内心ちょっと慌てる。
「なあ、夕食をどこかで食べようかと思っていたんだけど、これって早く帰った方が良さそうじゃないか?」
そう言いながら見上げた暮れ始めた空は、もう真っ黒な雪雲が一面を覆い始めている。
「ああ、今日の夕食は焼き鳥の美味しい居酒屋さんへ行こうと思っていたんですけど、確かにこれは……帰った方が良さそうですねえ」
アーケル君達も、困ったように頭上を見ながらそう言って顔を見合わせている。
なんとなく、雪が降るのは夜の寝ている間が多かったからここではそんなものなのかと思っていたけど、冷静に考えて雪が降るのは自然現象なんだからそんなはず無いよな。
今のところ、日中のひどい吹雪には俺はほとんど会った事が無い。だけど、一晩でお城の周りが新雪で埋もれるくらいの雪が降るんだから、こんな程度の雪で済むわけが無い。
しかもあの頭上の真っ黒な雪雲を見るに、確実に吹雪になりそうな予感がする。
「これは戻った方が良さそうだな」
ハスフェルまでが空を見上げたままそんな事を言い出したので、結局買い物はここまでにして、急ぎお城へ戻る事にした。
「だけど、スライムトランポリンの間は、ひどい雪は降って欲しくないよなあ」
大急ぎでドワーフギルドへ戻り、ギルドの厩舎で留守番してくれていたマックス達を引き取ってきた俺達は、いつもよりも早足で街の中を抜け、貴族の別荘地へ入ったところで全員が騎乗して早足で広い道を駆けて行った。
小雪がちらつく程度だったんだけど、だんだん風が出てきて雪がバシバシ顔に当たり始めた。
「なあ、これって大丈夫か?」
マントの襟を立ててそこに首をすくめて潜り込みながら、そっとマックスの首元を叩いてやる。
「まあ、我らはこれくらいどうという事はありませんが、かなり気温も下がって来ていますので、ご主人は寒くないようにしてくださいね」
実を言うと、かなり着こんでいるにも関わらず、かなり寒い。
足の先とか、ちょっと感覚が無くなってきている気がする。すぐに凍傷になるって事は無いだろうけど、これは用心した方が良さそうだ。
「ご主人、じゃあ暖めてあげるね」
ラパンとコニーがそう言って、俺の胸元に飛び込んでくる。
「じゃあ私はここね」
タロンがティグの背中からぴょんと飛んで来て、俺の背後から首周りに覆い被さるみたいにしてくっついてくる。
タロン襟巻きの完成だ。
「ああ、これはあったかい。ありがとうな」
交代で二匹の間に手を突っ込んで暖を取りつつ、指先も何とかして靴の中で指を動かしておく。
「ああ、切実にカイロが欲しいよ。無いのかなあ。誰かに頼んだら作ってくれそうなんだけど、あれってどういう仕組みになっているのか知らないよなあ」
俺が知っているのは、いわゆる使い捨てカイロ。確か活性炭と水だっけ。あれを混ぜると発熱するんだよな……無理、それをこっちの世界で作るなんてそんな知識も技術も俺には無い。
「あれ、だけど昔の金属製のカイロならなんとかなりそうだけど、あれって仕組みはどうなっていたんだ?」
考えてみたけど、詳しい仕組みなんてさっぱり分からない。
だけどオイルライターがあるんだから、何とかなる気がするんだけどなあ……。
などと現実逃避している間にアッカー城壁をくぐった俺達は、一気に積もった雪原に突っ込んでいく。
「うひゃあ、無茶するなって!」
既に、雪はかなり降っているし風もかなり強くなってきたみたいで、マジで顔が寒い。喋ると口が寒い。
本気で不安になって一応後ろを確認したけど、ちゃんと全員揃ってついて来ているの見て安心したよ。
そのまま巨大化したセーブルを先頭にして雪をラッセルしながら走り続け、なんとか吹雪が酷くなる前にお城へ無事に到着する事が出来た。
「うわあ、寒い!」
広い玄関でマックスから飛び降り、急いで扉の鍵を開けようとしたが、手がかじかんで全然いう事を聞かない。
「ああ、落ちた!」
玄関の扉用の大きな鍵が、俺の手を嫌がるようにするりと抜けて床に落ちる。
カツーン! と、硬い金属音を立てた大きな鍵は大理石っぽい床に当たって跳ね返り、何故かそのまま勢いよく吹っ飛ぶ。
「うああ! 鍵が〜〜〜〜!」
すごい反動で大きく飛んだ鍵が、玄関横の見上げるほどに積み上がった雪に突っ込んでいきそうになり思わず叫ぶ。
その瞬間、飛び出したのはタロンだった。
「げふう!」
俺の首を思いっきり蹴って飛び出したタロンは、まさに雪に突っ込む寸前だった鍵を咥えてひらりと身を翻して見事に着地してみせた。
それを見た全員から拍手が起こったけど、その時の俺は蹴られた反動で首が横を向いてて悶絶していたので、残念ながらタロンの見事な着地を見損なったよ。
「もうご主人ったら、何してるんだか」
呆れたみたいにそう言いながら足元に鍵を落としてくれたので、俺はしゃがんでタロンを抱き上げた。
「あはは、ありがとうな。ついでにちょっと俺の手を温めてくれ」
笑って抱きしめたタロンの体はほかほかで、笑った俺は手袋を外してもう一回抱き上げさせてもらった。
はあ、温かい上にふわふわ……。
抱きしめたまま一瞬意識が飛びかけて慌てて立ち上がる。
「いかんいかん。自分家の玄関先で凍死とか。洒落にならんって」
今度は慎重に鍵を開け、とにかく急いで中に入った俺達だったよ。
うん、次からはこの鍵には紐を付けておこうと割と本気で思った俺だったよ。