最後のブラッシングと密かな約束
「ええと、これで全員……」
散らばっているブラッシングの道具を拾いながら考える。
「あれえ? そういえばまだブラッシングしていない子がいるなあ。どこに隠れているんだ?」
大きめの柔らかい毛用のブラシを手にした俺がそう言って振り返ると、まるで俺の視界の隅をかすめるかのようにもふもふの尻尾が一瞬だけ俺の頬を撫でていった。
「つっかまえた〜〜〜!」
尻尾を追いかけてぐるっと体を回転させてもふもふ尻尾に飛びつく。
「ああ、捕まっちゃった〜〜〜!」
何故か嬉しそうなフラッフィーの声に、笑った俺はさらに尻尾を抱き締める。
「ふふふ、俺のもふもふサーチから逃げられると思うなよ」
手を伸ばして尻尾の付け根の背中側を掻くようにしてやる。
「ああ、そこ気持ち良いの〜〜!」
尻尾を左右に振ったフラッフィーが、悶えるかのようにそう言って俺に飛びついてくる。
「フラッフィーはここが弱点なんだよな〜〜〜」
笑ってもう一回背中を引っ掻いてやってから、まずは濡れタオルで全身から尻尾までしっかりと拭いてやる。一度乾いた布で乾拭きしてからブラッシング開始だ。
硬い方のブラシで背中側をまずはガシガシと擦ってやり、あらかた毛が抜けたところで柔らかい方のブラシで全体をブラッシングしてやる。これまた笑えるくらいに毛が抜けたよ。もちろん最後は体と同じくらいの大きさのあるもふもふ尻尾だ。ううん、良いねえ。これは良き尻尾だ。
そして何故かブラシが終わってから見ると全体に、特に尻尾の毛の量が倍増した気がする。冬場のフラッフィーは尻尾だけじゃあなくて全身ふっかふかの最高な手触りな事が判明したね。
最後にもう一度濡れタオルと乾いたタオルで交互に拭いてやれば終了だ。
「それにしても、これは良きふっかふかだなあ」
遠慮なく抱きしめてふっかふかな尻尾を満喫した。いやあ、これまた夜が楽しみなレベルのふっかふかになったよ。
「そして、最後は誰だ〜〜?」
新しい濡れタオルを手にそう言うと、俺の脇の下にセーブルが遠慮がちに鼻先を突っ込んで来た。
「はあい、ここにいます」
「よしよし、じゃあここにおいで」
大型犬サイズのセーブルもまずは顔から背中、それが終わればお腹の横辺りを順番に濡れタオルで拭いてやる。タオルを交換してお腹側、最後に足回りとお尻を拭けば終わりだ。
セーブルの毛は短くて硬いから、乾拭き無しでそのままブラッシング開始だ。
まずは硬めのブラシと二段になった目地用のブラシで抜け毛をガッツリと収穫する。いやあ、ここでもガッツリ抜け毛が出たよ。
「セーブルの抜け毛は体に当たるとチクチクするなあ。やっぱり短くて硬いからかな?」
体に付かないようにスライム達に抜け毛を素早く回収してもらいつつ、大きな体全体にブラシをかけてやる。
あまりブラシに慣れていないセーブルは、足を踏ん張って何やら我慢するみたいにぎゅっと目を閉じてじっとしている。
「痒いところはございませんか〜〜〜?」
お腹側を柔らかい方のブラシで擦ってやりつつ冗談半分でそう言ってやると、いきなり驚いたように目を開いた。
「今、背中側が痒いのがご主人には分かるんですか?」
「あはは、やっぱりそうか。なんだか我慢しているみたいに見えたからさ。どこだ?」
一番毛が硬いデッキブラシを取り出しながらそう聞いてやると、セーブルはゆっくりと俺に背中を向けた。
「あの、背骨の下辺りが手が届かないので少々痒いのです」
「この辺りか?」
デッキブラシで擦ってやると、今度は気持ち良さそうに目を閉じでグルグルと唸り始めた。これは威嚇の唸り声ではなく、猫族軍団の子達を真似て喉を鳴らす振りをしているんだよな。
「気持ち良いのか。じゃあここですね〜〜〜!」
笑った俺は、両手に力をこめて遠慮なくガシガシと擦ってやった。
これまた面白いくらいに毛が抜けたから、多分、これは前回取り切れなかった抜け毛の残りなのだろう。
「ああ、ご主人……気持ち良いです〜〜〜〜!」
思わずと言った感じの声でうっとりとそう言われてしまい、笑った俺は若干痛くなっていた手に力を込めて、もう一回背中を中心にデッキブラシで力一杯ガシガシと擦ってやったのだった。
「はあ、これで全員かな?」
タオルをアクアに返したところで、マックスの影に隠れて笑いながらこっちを見ているベリーと目が合った。
ええと、さすがに賢者の精霊のベリーに、俺がブラシをするのは失礼だよなあ? ああ、でもあの髪なら普通にブラシ出来るかな?
そんな事をぼんやりと頭の中で考えつつ何か言いたげにしているベリーをもう一度見ると、彼は笑って手の上にカリディアを乗せてそっとこっちへ寄越した。
成る程、そっちか!
「ほらおいで!」
手を差し出してやると、ポーンと身軽に飛び跳ねて俺の腕に上手に飛び乗った。
「カリディアは小さいから、これで良いな」
膝の上に乗せてやり、まずは新しい濡れタオルで、続いて乾拭きしてから一番小さな人間用の柔らかなブラシで全身を優しくブラッシングする。うん、この大きさだとあっという間にブラシ出来たよ。
それから、ペット用の蚤取りくしみたいな細い歯が並んだ梳き櫛で、優しく尻尾の毛を梳いてやる。おお、毛が抜ける抜ける。
「はい、終了!」
最後にカリディアをおにぎりにしてやってから、いつの間にか右肩に座っていたシャムエル様を見る。
「ええと……する?」
「べ、別にして欲しいなんて、思って……思ってないもん! 大事な尻尾の毛が、毛が、毛が抜けちゃうもん!」
プルプルと震えながらそんな事言われても全然説得力無いって。
苦笑いした俺は、新しい濡れタオルを手に、素早くシャムエル様を捕まえてやった。
「こういうのは、有無を言わさずにやるのが良いんだよな!」
ちょっと悪そうにそう言うと、まずはカリディアと同じように濡れタオルと乾いたタオルで順番に拭いてやり、柔らかいブラシでまずは全身をブラッシング。それから尻尾を梳き櫛でこれ以上ないくらいにそっとそっと撫でるみたいに櫛をかけてやった。
「おお、これだけそっとやってもやっぱり尻尾の毛は抜けたなあ。良いねえ。ふわふわじゃん」
櫛に引っかかっていた毛を外しながら笑ってそう呟くと、何故だかものすごい勢いで取り返された。どうやら、抜けたあとでも尻尾の毛は大事なものらしい。
「ええ、丸めて遊ぼうと思っていたのに取られちゃったよ」
残念そうにそう言った俺を見て、一瞬で抜け毛を収納してドヤ顔になったシャムエル様のもふもふ尻尾を俺はこっそり横から突っついてやったよ。
「フランマは、後で部屋に戻ってからな」
ごく小さな声でベリーの横で姿を隠しているフランマに向かってそう言ってやると、一瞬だけ影が揺らいで姿が見えそうになってすぐにまた消えた。
焦って周りを見たけど、皆自分達の従魔のブラッシングとその後のスキンシップに夢中で全然気付かれていなかったよ。
『嬉しくて一瞬術が消えかけちゃった。楽しみにしていますね』
苦笑いしたフランマからの念話が聞こえて、俺は笑いそうになるのを必死で我慢していたよ。
何だよ。興味ないのかと思っていたけど、実はフランマもブラッシングして欲しかったのか。そういう事なら、後でしっかりブラッシングして遠慮なくふもふな毛並みを堪能させていただくよ!
ふふふ、夜が楽しみだなあ〜〜〜!!