ブラッシング開始!
「ううん、すごいすごい!」
思いっきり拍手をしながらそう言う俺の言葉に、ハスフェル達も頷いている。
ああ、我ながら自分の語彙力の無さが悲しいよ。こう、もっといい言葉でこの感動を伝えたいのに、すごい以外全然出て来ない。ごめんよ。
「いやあ、久し振りに歌って踊ったなあ」
「ああ、確かに久し振りだったけど、案外覚えているもんだなあ」
俺の拍手に照れたように笑ったオリゴー君とカルン君の言葉に、リナさんとアルデアさんも苦笑いしつつ頷き合っている。
「踊る事は魂が覚えているんだよ。音楽を聞けば、体がひとりでに動くんだよね!」
まだステップを踏んでいたドヤ顔のシャムエル様の言葉に、ボックスステップも踏めず、マイムマイムで自分の足を踏んだ俺はもう笑うしかなかったよ。
「いやあ、みんなすごい! こっち方面には壊滅的にセンスが無い俺には、もう何が何だかさっぱりだよ」
そう言いながら改めて拍手をすると、何故かアーケル君達と一緒にシャムエル様までそろって照れていたし。
「あはは、俺達でもケンさんに勝てるものがあったぞ!」
そして、これまた何故かそう言って大喜びしている草原エルフ三兄弟。
「どわあ!」
顔を見合わせてもう一度笑って拍手をしていると、いきなり背後から力一杯突き飛ばされて吹っ飛ばされた。
「おっと危ない」
当然のようにハスフェルの丸太みたいな腕で、しかも片手で軽々と止められてなんとか振り返る。
「おう、ありがとうな。おいおい、いきなり何するんだよ」
とりあえず助けてくれたハスフェルにお礼を言ってから、振り返って俺に頭突きをして来たマックスにそう言うと、尻尾扇風機状態のマックスがまたしても頭突きして来る。
「ご主人! ブラシはまだなんですか? もう、皆待ちきれないって言っていますよ!」
その言葉に、ここへ何をしに来たのか思い出したよ。
「あはは、ごめんごめん。アーケル君達のあまりに見事なダンスに、ちょっと見惚れていたよ」
笑いながら腕を伸ばして、マックスの耳の後ろの辺りをガシガシと掻くように力を込めて指を立ててやる。
「よし、お待たせ! それじゃあ始めるか! ええと、先に濡れタオルを取って来るからちょっと待っててくれよな」
まあ、タオルと言っても単なる大きな布だけどね。
俺の言葉に目を輝かせて良い子でお座りするマックスをもう一度撫でてから、この広いダンスホールに併設している通称メイド部屋へ向かった。そう、メイド部屋。メイド部屋! まあ、メイドさんはいないけどね。
要するに、単にリビングにあるキッチンなんかと同じで、水場があってキッチンになっている場所だ。だけど、ここの戸棚には大量の大判の布が保管されている。
前回のブラシの時にも使ったそれを、スライム達にも手伝ってもらい全員分の濡れタオルを量産しておく。
「はい、濡れタオル、取りに来てくださ〜〜い」
全員に渡してやり、俺も大判の布を手にまずはマックスのところへ向かった。
「よし! マックス。まずはお前からだ!」
「ワン!」
両手、じゃなくて両前脚を揃えてきちんと良い子座りをしたマックスの顔から首周りをまずは拭いてやる。
別にどこから始めるって決まりがあるわけでなし、足の先とお尻を最後にすれば、あとはどこからでも構わないよな。
嬉しそうに目を閉じるマックスの大きな顔を、広げた濡れタオルでガシガシと擦ってやる。
「おいおい、結構汚れているじゃんか」
白かったタオルが、全体に汚れて薄茶色っぽくなってる。
「俺のベッド役が、こんなに汚れていてはいけませんねえ。よおし、踏ん張れ〜〜〜!」
にんまりと笑った俺は、二枚めの濡れタオルを早速取り出して背中から腹回りをもっと力を入れて拭いてやった。
必死で脚を広げて踏ん張っているマックスが妙に可愛かったよ。
汚れたタオルは、アクアを先頭にスライム達がせっせと運んで新しいのを渡してくれる。
「じゃあ、まずはこれだな」
ジャーンって効果音がしてそうな気がする勢いで取り出したのは、長い柄のついた大きなデッキブラシだ。
まずはこれで、手が届きにくい背中周りを中心に遠慮なくガシガシと擦ってやる。すると、笑えるくらいにガッツリ毛が抜けたよ。
背中側を一通りデッキブラシでブラッシングしてやったあとは、家畜用の大型ブラシを手に脇腹からお腹に近い場所を中心にブラッシングする。
「おいおい、ついこの間あれだけ抜けたのに……まだこれだけ抜けるのかよ」
もう、そりゃあもうびっくりするぐらいに抜ける。擦れば擦っただけガンガン抜ける。
冗談抜きでハゲになるんじゃあないかと心配になるくらいだが、両足を広げて踏ん張るマックスはご機嫌だ。
「何だっけ。ああそうだ。世界を抜け毛で埋め尽くす計画、実行中だな」
笑ってそう呟き足元を見る。マックス一匹で、すでに足の踏み場がないくらいに抜け毛が落ちている。
もう一度柔らかいブラシで一通り擦ってから、最後にもう一度濡れタオルで全体を拭き、尻尾と足の裏とお尻周りも拭いてやる。
まあ、この辺りはいつもスライム達が綺麗にしてくれているから、ほとんど汚れていないんだけどな。
「じゃあ次はニニとカッツェだな」
並んでこちらも良い子座りしているニニとカッツェを順番に濡れタオルで拭いてから、これまたデッキブラシを取り出してブラッシングしていく。それが終われば柔らかい方のブラシタイムだ。
いやあ、カッツェも相当抜けたけど、さすがは長毛雑種! ニニの抜け毛はもう半端ない。そこらじゅうもふ毛の海になっているよ。
冗談抜きで、ニニが抜け毛で世界を埋め尽くす計画実行犯の主役級だろう! って言いたくなるレベル。
しかも長い抜け毛もこれだけあれば、マジでクッションの中綿に出来るぞ。しかも捨てるのが勿体無いレベルのふわっふわな手触りだぞ。
さっきのマックスの抜け毛の比じゃあないもの凄い量に、俺に物作りの才能と技術があればこれで何か作れるんじゃあないかと割と本気で考えたよ。まあ、そんな技術も知識も俺には無いから無謀な事はしないけどな。
そんな馬鹿な事を考えていると、嬉々として集まって来たスライム達があっという間に大量にあった抜け毛を食い尽くしてしまった。
「ありがとうな。これで動けるよ」
笑ってスライム達を撫でてやってから仕上げにもう一度濡れタオルでニニとカッツェを拭いてやり、尻尾と肉球とお尻周りも拭いてやる。最後に乾いたタオルで乾拭きすれば終了だ。
おお、ニニのもふもふさが当社比1,5倍くらいになってるぞ。素晴らしい。今夜が楽しみだよ。
「次はお前らか」
待ってましたとばかりに、オーロラグレイウルフのテンペストとファインが二匹揃って嬉々として俺の胸元に飛び込んでくる。とはいえ今は中型犬サイズだから、それほどの衝撃じゃあない。
捕まえて濡れタオルで一通り拭いてやってから、これまた硬いブラシと柔らかブラシを交互に使い、ガッツリと抜け毛を収穫した。
そう、もう気分は収穫である。
以前、小さかったニニにブラシをする時には、からかい半分で抜け毛じゃあなくて脱皮だよなあ。なんて言い方もしていた事がある。
だってそう言いたくなるくらいにシート状になった抜け毛がブラシから取れたんだからさ。
今の状況はあの時の数倍、いや数十倍レベルだ。ここでもスライム達のありがたみを思い知らされた俺だったよ。
「さて、じゃあ次は猫族軍団かな? って、待て待て! お前らどうして全員巨大化しているんだよ! ブラシの時は小さくなってくれって言ったじゃないか〜〜〜! ステイ〜〜〜! うぎゃあ〜〜〜!」
新しい濡れタオルを手に振り返った時、そりゃあもう凄い勢いで飛び掛かって来た巨大化した猫族軍団に、俺はなす術もなく押さえ込まれてそのまま床に押し倒されたのだった。