歌と踊り
「だあ、もう! いくら嬉しいからって、お前らちょっとは加減しろよな。本気で息が止まるかと思ったぞ」
俺の身体に覆い被さるみたいにしてくっついてきている巨大化したティグの大きな顔を捕まえて頬の毛を引っ張ってやる。
それから両手を広げて、力一杯太い首元に抱きつく。
「これも異世界ならではだよなあ。このサイズの虎に遠慮なく抱きつけるなんてさあ……」
腹の底に響くみたいな太くて低いゴロゴロの音を聞きながら目を閉じる。
「ご主人大好き!」
ティグがもうとろけそうな甘えた声でそう言って、大きな顔を俺に擦り付けて来る。
「潰れる潰れる。わかったから起こしてくれって」
寝転がった状態で抱きついていたもんだから、のし掛かられたら息が止まるって。
笑いながらそう言って額を押し返してやると、俺が抱きついた状態のままで軽々とティグが起き上がってくれたので、何とか俺も立ち上がる事が出来た。
「はあ、嬉しいのは分かったから、まずはブラッシング用の部屋へ行くぞ」
って事で、テンションマックスな従魔達を引き連れて、通称ダンスホールへ向かう。
ブラッシングをすると聞いてスライム達も当然全員集合だよ。抜け毛の処理はお願いしないとな。
「とは言っても、前回ブラシしたところだからなあ。きっとそれほど抜けないと思うぞ。まだまだ寒いから、冬毛が抜けるにも早い時期だしな」
笑ってそう呟き、到着したダンスホールの明かりのスイッチを入れる。
頭上の巨大なシャンデリアに一斉に明かりが灯り、一気に部屋が明るくなる。
「ここで音楽でもかけたら、確かにダンスが出来そうだな。まあ俺は小学校の運動会で踊ったフォークダンスくらいしか踊れないけどさ」
きらきらのシャンデリアを見上げてそう呟き、マイムマイムで自分の足を踏んだのを思い出してちょっと遠い目になった俺だったよ。
「確かにここならダンスもし放題ですね」
不意に背後からアーケル君の声が聞こえて、俺は苦笑いしながら一緒に部屋に入った。
「じゃあ、せっかくだからちょっとだけお見せしましょうかね!」
笑ったアーケル君が、そう言ってそのまま部屋の中央へ歩いて行き、クルッと振り返って俺に向かって深々とお辞儀をした。
しかもその時に、足は片足を軽く引き、右手を大きく広げて胸元に回して当てるようにしたもんだから、すっごく芝居がかった優雅なお辞儀になった。
呆気に取られて見ていると、にっこりと笑って頭上で手を打ち合わせた。
「手拍子をお願いします!」
大きな声でそう言われて、何となく言われるがままに早めの手拍子を打つ。
すると、いきなりその場で軽々とまるでバレリーナのようにクルッと数回回ったアーケル君は、両手を大きく広げてステップを踏み始めた。
小柄とはいえスタイル抜群のイケメン少年が、まるでシャムエル様みたいに軽々とステップを踏んで踊っている。しかもそのステップは一定ではなく流れるみたいに次々と別の動きが入る。
俺のすぐ側に座ったマックスの頭の上では、大喜びのシャムエル様とカリディアが、アーケル君と全く同じステップを踏んで踊り始めた。ええ、二人してその場で完コピ? それとも実はこれって有名なダンスなのか?
驚きに声も無く半ば無意識で手拍子を打っていると、突然左右から誰かが飛び込んで来た。
「何だよ! お前だけ!」
「そうだそうだ! それは一族で踊るダンスだぞ!」
文句を言いつつも満面の笑みで飛び込んできてそう言ったオリゴー君とカルン君が、アーケル君の左右に駆け寄って並び、当然のように全く同じステップを踏んで踊り始める。しかし時々不意に左右対称の踊りが入り、目が離せない。
そして三人は声を揃えて歌い始めた。
「草原を吹きゆく風のように」
「空を駆けてゆくあの雲のように」
「愛しき世界は果てしなく続く」
「緑萌える木々の喜び」
「実りの秋の収穫と喜び」
「愛しき世界は果てしなく続く」
「我今ここに高らかに歌いあげん」
「愛しき世界の美しきことを」
アーケル君が歌うと、オリゴー君とカルン君が声を揃えて歌い返す。
これをなんて言うのかわからないけれども、三人で踊りながら交互に歌い交わすその歌詞は、大地と共に生きる草原エルフなのだと思える歌詞だった。
手拍子を続けながら感激して聞いていると、いきなりそこで、歓声を上げたリナさんとアルデアさんまでもが駆け込んで来て一緒になってステップを踏みながら歌い始めた。
「草原を吹きゆく風のように」
「空を駆けてゆくあの雲のように」
「我今ここに高らかに歌いあげん」
「愛しき世界の美しきことを」
「愛しき世界に祝福を!」
「愛しき世界に祝福を!」
「母なる大地と創造神へ」
「我らの感謝と祝福を!」
最後は一列に並んだ五人全員が手をつなぎ合って、大きく手を振り上げてそのまま下げて深々と礼をしてダンスが終わった。
「うわあ! すごいすごい! お見事でした!」
いつの間に隣に来ていたランドルさんやハスフェル達と一緒に、俺は自分の語彙力の無さにちょっと泣きそうになりつつも、この突然の素晴らしいダンスと歌に、もう手が痛くなるくらいにいつまでも拍手をしていたのだった。