大量作り置きと従魔の鞍
「ええと、後はもう一度ご飯を炊いたら、それはそのまま置いておく事にして……後は何をしようかな?」
揚げ物は、かなり作ったからしばらくは大丈夫だろう。今炊いているご飯が炊けたらやりかけている作業は全部終わる。
「ってか、そろそろ昼だよな。俺も何か食べよう」
机の上と足元の箱に、始めた時にはこれでもかって程に出されていた山盛りだった野菜もかなり減った。
葉物は全部洗って片付けたし、芋も下ごしらえは完璧。豆類も下茹で終了。他にあった野菜も、ほぼ片付いた。
スープも具や味を変えて何種類も作った。
「あ、ゆで卵や目玉焼きも作っておくか。朝飯の時にあれば使えるな」
フライパンと深めの鍋を取り出して、まずは鍋に卵を入れてゆで卵を作る。
「ええと、時間はどうすれば良いかな? ま、良いや。適当で」
とりあえず沸くまでは強火で良いだろう。
「キッチンタイマーはさすがに無いからな。皆どうやって時間を計ってるんだろうな?」
「時間を計りたいの? それならこれをあげるよ」
肩にいたシャムエル様が、俺の独り言に反応して何か出してくれた。
「あ、砂時計か、良いな。だけどこれで何分くらい何だ?」
渡されたのは、真ん中がくびれたガラス製で、上下に丸い木の板が当ててあり、細い棒で繋がっている。ガラスの中には細かな砂が入っていて、俺が知る砂時計と変わらなかった。わりと大きめの砂時計だが、どれくらいの時間なんだろう?
「ゆで卵を作るのなら、沸いてきたらそれが一回落ちる時間でちょうど良いよ。半熟にするなら少し早めにあげれば良いからね」
「おお、って事はだいたい10分だな。ありがとう。使わせてもらうよ」
ちょうど沸いてきたので弱火にして砂時計をひっくり返して机に置き、フライパンにオイルをひいて火にかけておく。
「ベーコンも買ってあるから、ベーコンエッグも作っておくか」
よし決めた。卵の仕込みもやってしまおう。
空いているコンロにもフライパンを置いて、同じくオイルをひいて火にかける。温まってきたら、卵を割り込んでまずは普通の目玉焼きを作る。味付けは塩と黒胡椒のみ。
「醤油があればなあ。俺、目玉焼きにも醤油派だったのに」
「それって何、醤油?」
シャムエル様の質問に、俺はちょっと考えてから答えた。
「俺のいた世界で使われていた定番の調味料だよ。ええと、確か豆を蒸したのと炒った小麦も使うはずだ。麹菌って言う小さな菌をそこに付けて発酵させるんだよ。それを長い時間をかけて熟成させて、それを絞ると醤油になるんだ」
「へえ、ごめん。そんな作り方は聞いた事がないね」
「まあそうだろうな。だけどチーズがあるんだから、発酵食品が無いわけじゃないんだし、似たような発酵食品が何処かにあるかもしれないからさ、世界を旅して、いろんな食べ物も見てみるよ」
「ああ、それは楽しそうだね。私も、個々の街の食べ物まではいちいち指定していないからね。行った先に何があるのか、見てみるのも面白いだろうね」
「だな、米だってあったんだから、もしかしたら味噌や醤油だってあるかもしれないぞ」
うん、せっかくだから希望は捨てないでおこう。まんま醤油じゃなくても、似たような調味料があるかもしれないもんな。
密かにそんなことを思っていたら、砂時計の砂がほとんど無くなってきた。
「あ、じゃあもう良いな。これは水で冷やすんですよ、っと」
水場へ持って行き、冷たい水を鍋に入れる。
「ええと、ロックアイス」
俺の手の中に、氷の塊が作られていく。
「砕けろ」
鍋の上でそう言うと、一気に砕けて玉子の上に氷が山になった。
「溶けたら完成っと」
取り出していた小さな机に、鍋ごと置いておく。
目玉焼きも、出来たものからどんどん皿に取ってサクラに預けていく。ベーコンエッグも同様にどんどん皿に取っていく。冷めないうちにサクラに渡していく。
「これは、俺の昼ご飯だよ」
最後のベーコンエッグを一つだけフライパンに残して、目玉焼きの上に分厚く切ったチーズを乗せておく。
適当に切った食パンにマヨネーズを塗って、チーズが柔らかくなったベーコンエッグを乗せ、残っていたレタスも一緒に挟む。
付け合わせに、作ったばかりのフライドポテトをちょっとだけ取り出してもらい、サンドイッチを半分に切ってコーヒーを入れたら、昼ご飯の完成だ。
「そう言えば、クーヘンの鞍は見つかったのかね?」
そう呟いて、チーズ入りベーコンエッグサンドを頬張った。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
俺の頬を尻尾で叩きながら、シャムエル様が肩の上でもふもふ回転ダンスを踊っている。
うん、良いぞそのもふもふ尻尾。けしからん、もっとやれ。
真ん中の、黄身とベーコンが入った部分を少し切り取って、小さなお皿に乗せる。フライドポテトも小さく切って添えてやり、レタスもちょっとだけ千切ってフライドポテトの横に乗せた。それからいつもの盃みたいな小さな器にコーヒーも入れてやる。
「お待たせしました。はいどうぞ」
「ありがとう。わーい、今日はベーコンエッグサンドだ」
嬉しそうに目を細めて、ベーコンサンドを両手で持って食べ始めた。
それを眺めながら、俺も自分の分のベーコンサンドに大きな口を開けてかぶりついた。
午後からは、スクランブルエッグを作ったり、ふわふわオムレツやチーズ入りオムレツを作ったりした。
それから、もう一度ご飯を炊き、一息付いて休憩していた。
「あとは何を作ろうかな」
肉はその場で焼いた方が美味いから、無理に焼いておく必要は無い。
「薄切り肉が作れたら、冷しゃぶサラダとか出来るんだけどなあ」
思わず呟くと、足元にいたサクラがぴょんと跳ねて、椅子に座っていた俺の膝に乗ってきた。
「何それ?」
「ああ、冷しゃぶか? ええと、薄く切った豚肉を茹でて冷やしておくんだ。それでサラダと一緒に食べるんだよ。だけど、俺の持ってる包丁では薄切り肉が綺麗に作れないんだよな」
チーズ入りミルフィーユカツを作る時でも、薄切り肉を切るのにはかなり苦労したんだ。
「どれくらいの薄さ?」
伸び上がって尋ねるので、俺はハムの塊をごく薄く切って見せた。
「冷しゃぶにするなら豚肉をこれくらいに切らなきゃ駄目なんだよな。だけどちょっと無理っぽいから……」
「ええと、これで良い?」
いきなりそう言うと、サクラは机の端に置いてあった豚肉の塊をペロンと飲み込み、しばらくうんうん唸った後いきなり大量の薄切り肉を吐き出したのだ。
「うわあ、凄えぞサクラ。うん、ありがとう。これなら完璧だよ。じゃあ後で、色んな切り方の説明をするから、今度から肉を切るのはサクラに頼むからよろしくな」
思わず笑ってそう言うと、サクラは嬉しそうに伸び上がって多分胸を張った。
「うちのスライム達は凄いな」
アクアも足元にすり寄って来たので、交互に撫でてやり、立ち上がった俺は深めの鍋にたっぷりの水を入れて、火にかけておいた。
もう一つ取り出した鍋にも水を入れ、氷を砕いてぎっしりにしておく。
「箸が欲しいが、無いものはしょうがないよな」
トングで薄切り肉を湧いた湯の中に放り込んで、茹だったものから氷の鍋に放り込んでいく。軽く水を切ったら出来上がりだ。
これもどんどん皿に盛って、サクラに預けていく。
最後の肉を投入した時、廊下で足音がして、扉をノックされた。
「ケン、いるか?」
ハスフェルの声に、俺は鍋をかき回しながら返事をした。だけど、今は手が離せない。
「おう、まだ料理中だ。アクア、開けてやって」
俺の声に、足元にいたアクアが扉にすっ飛んでいき、鍵を開けてくれた。
「おかえり、それでうまく見つかったのか?」
最後の肉を取り出して氷の鍋に入れてから振り返ると、ハスフェルは笑って親指を立てて見せた。
クーヘンの後ろには、馬用の鞍を乗せたチョコがいる。
手早く残りの鍋を片付けて、お茶を入れる為の薬鑵を火にかけて、机の上に残っていた食材は一旦サクラに返した。
「それで、どうなったんだ?」
沸いたお湯で紅茶を入れてやり、まずは休憩だ。
「いや、思った以上に大変だったよ」
苦笑いするハスフェルがそう言い、隣でクーヘンも笑っている。
「俺の知り合いの腕の良い馬具屋に行ったんだが、鞍の大きさは大丈夫だったんだが、骨格の違いのせいで、背中に当たる背骨をなんとかしないと、鞍と擦れて従魔が痛い思いをすると言われてな、それで、どうしたら背骨を傷めずに鞍を乗せられるかで大騒ぎだったんだよ」
「大騒ぎ?」
意味が分からずそう言うと、二人は揃って吹き出した。
「あそこの工房は六人の職人を雇っている。皆、腕の良い奴らでな。まあ、作った事の無い物を注文したもんだから、要するに彼らの職人魂に火を付けちまったらしくて、ああでもない、こうでもないと大激論。もう俺達なんて、途中から完全にそこらの石ころ扱いだったな」
「ええ、本当にあの大激論は凄かったですね。私は、割と本気で彼らが喧嘩しているんだと思って、かなり怖かったですよ」
「結局、鞍の下に両側に分厚い綿を詰めたクッションを敷く事で解決したよ。ベルトは、さすがに簡単に作ってくれたな。で、馬銜をかけるかどうかでまた大激論。結局クーヘンがチョコに聞いて、首輪に手綱をつけるので手を打ったんだ」
物作りの職人って、どこの世界でも無茶振りされると燃えるのは同じなんだな。
何となく、彼らが疲れているのを見て、俺も吹き出した。
俺が大量の料理をしている間、彼らはかなりハードな買い物タイムだったみたいだ。
「おつかれさん。まあ少し休んだら、少し早いけど夕食にしよう。今日は肉を焼いてやるよ」
「おう、そりゃあ良いな。是非、分厚いのを頼むよ」
苦笑いしたハスフェルにそう言われて、俺たちは拳をぶつけ合ったのだった。